"消えたアナウンサー" 第1話
序章 ガラスの向こうの女
真紀がその写真を見たのは、午を回った編集部だった。
央テレビの報フロアには、夜勤のデスクと数のスタッフしか残っていない。窓のでは、に濡れた首都の灯りが細く流れていた。真紀は方議会の政務活費をめぐる原稿を閉じ、えたコーヒーにを伸ばした。そのとき、取材のカメラマンからメッセージが届いた。
〈これ、の野さんに似てませんか〉
添付されていたのは、欧州を巡回している体標本展の会写真だった。
透なケースのに、妊娠期とわれる女性の標本がっていた。皮膚は取り除かれ、筋肉と血管が精巧に保されている。腹部はかれ、胎児まで見えるよう処置されていた。
真紀は画面を拡した。
展示パネルには英語で、齢は代半、妊娠週数は推定週とかれていた。
に姿を消した気キャスター、野紗季も、失踪当歳だった。
そして、妊娠週だった。
真紀の指が止まった。
偶然だ、と最初はった。
体標本の顔は原形を留めていない。髪も皮膚もない。個を見分けることなどできるはずがない。
それでも、胸の奥で何かがたくいた。
写真の隅に、さな管理票が写り込んでいた。
〈MA-214〉
のない記号に見えた。
広告
なら、見過ごしていたかもしれない。
だが、今夜の真紀には、それがまるで名を奪われたの最の名札のように見えた。
野紗季が失踪する、真紀の携帯には本の着信が残っていた。
午零分。
紗季からだった。
真紀はなかった。
翌朝届いていたいメッセージにも、返事をしなかった。
〈真紀、しだけ会えない? 話したいことがある〉
当の真紀は、紗季が妻子ある政治と関係を持っていることをっていた。
報に携わるが、取材対象になり得る政治とそんな関係になるなんて。
失望していた。腹もっていた。
だから、会わなかった。
、野紗季は消えた。
真紀は、その着信履歴を消せずにいた。
そして今、ガラスケースの向こうにつ名のない女を見ながら、初めてった。
あの夜、紗季が話したかったのは、本当に恋のことだったのだろうか。
真紀は写真を保し、メッセージを返した。
〈この標本の所、調べられる?〉
送信したあと、彼女はもう度、さな管理票を拡した。
MA-214。
に消えた女の名を探すための、最初のがかりだった。
第章 の着信
「記事にするにはい」
翌朝、報局デスクの原は、写真を瞥して言った。
「妊娠週数と齢がいだけだろ。顔がない。DNAもない。そもそもの展示だ」
広告
「だから所を調べたいんです」
「勝に追うのは止めない。ただし、局の企画としてはまだかせない」
予していた答えだった。
真紀は端末を抱え、自分の席に戻った。
野紗季の名を社内アーカイブで検索すると、の映像が次々にてきた。
朝の報番組。選挙特番。災害現からの継。福祉施設の特集。
画面のの紗季は、いつもしだけ顎をげて笑っていた。
元央テレビのアナウンサー。にフリーに転し、報と報番組をまたいで活躍していた。当は名度もく、失踪は全国ニュースになった。
は都内の極駐に残されていた。自宅に争った跡はない。座はかず、パスポートも使われていない。
それでも事件性を裏付ける決定証拠はなかった。
週刊誌は、紗季と衆議院議員・黒川誠郎の関係をきてた。
当、黒川は代半ばの若力議員だった。医療政策にく、元・央県では次の臣候補とまで言われていた。妻の礼子は医療法と文化財団を束ねる黒川の実務を担い、政界と医療界の双方に太い脈を持っていた。
失踪から週、別の週刊誌がさらにいた。
〈野紗季、妊娠していた〉
妊娠週。
父親は黒川ではないか、とされた。
黒川は関係そのものを否定した。
紗季の族は沈黙した。
そして世は、つの物語を勝に作った。
政治との倫。妊娠。別れ話。逃。封じ。
真紀も、その枠のにられなかっただった。
広告
おすすめ作品
-
完結第15話
元夫の再婚式に招かれた私には、秘密がある
離婚から五か月後、元夫が若い再婚相手を連れ、結婚式の招待状を届けに来た。だが由美が抱く生後二か月の男児を見た瞬間、元夫の笑顔は凍りつく。 由美は離婚時、すでに妊娠していた。さらに彼女の手元には、元夫の裏切りと消えた夫婦の財産を示す証拠も残されていた。 捨てられた妻が過去を暴くだけでなく、息子とともに自分の人生と安心して帰れる家を取り戻す再生の物語。夫婦|親子関係|不倫2.6万字5 18 -
完結第10話
13年前に消えた娘が、元隣人のSNSにいた
2009年、自宅から忽然と消えた四歳の娘・くるみ。母のえみは、娘の部屋を十三年間そのまま残し、帰りを待ち続けていた。 失踪から十三年後、元隣人のSNSに十七歳の少女が写る。成長した娘に似た顔、同じ三日月形のあざ、そして少女の名前も「くるみ」だった。ミステリー|夫婦|真実|真相|親子関係1.6万字5 86 -
完結第16話
雪の空港で消えた四人と第七格納庫
1989年のクリスマスイブ、北海道の空港から四人の客室乗務員が姿を消した。車には荷物と靴だけが残され、手掛かりのないまま35年が過ぎる。 2024年、解体中の旧格納庫で隠し部屋が発見され、事件は再び動き始めた。浮かび上がったのは、空港内部を熟知し、彼女たちを密かに監視していた元整備士だった。ミステリー|真実|真相1.9万字5 129 -
完結第14話
七年後、屋上で見つかった妻の秘密
1993年、鹿児島。自治会の帳簿を整理していた主婦・ミキは、過去の火災復旧費に不自然な水増しを見つける。調査を始めた直後、彼女は遺書とバッグだけを残して姿を消した。 投身とされた事件から七年後、マンション屋上の封鎖された旧貯水槽から、ミキと一致する人骨が発見される。ミステリー|真相|行方不明2.1万字5 215 -
完結第12話
二十六年目の告白
余命わずかな夫・浩司は、妻ゆみに衝撃の告白をする。二十六年前、ゆみが産んだ息子と愛人の子を、病院で密かにすり替えたというのだ。 だが、ゆみはすべてを知っていた。夫の行動を目撃し、名札を元へ戻していたため、浩司が愛人の子だと信じて溺愛してきた誠は、紛れもなくゆみの実子だった。夫婦|真相|親子関係|修羅場|不倫1.7万字5 1353 -
完結第13話
成人式に消えた母と十三着目の振袖
2014年の成人式当日、貸衣装店から母・奈津子が消えた。店の960万円もなくなり、共に姿を消したカメラマンとの逃避行が疑われる。娘の紗季に残されたのは、「今日は署名をしないで」という謎のメモだけだった。 10年後、閉店する店の倉庫から、記録にない「13着目の振袖」が見つかる。その裾には、若い女性たちの名義で作られた高額ローン契約書と、母が隠した証拠が縫い込まれていた。ミステリー|真実|行方不明2.3万字5 269 -
完結第18話
昭和38年、つなぐなと言われた救急電話
昭和38年、山間の電話交換所で働く澄子は、診療所から県立病院への緊急電話を受ける。重傷の17歳を救うための連絡だったが、主任は「その電話だけは絶対につなぐな」と命じた。 少年が亡くなった後、澄子の判断ミスとして処理されようとする。しかし記録を調べると、救急回線が止められていた時間にも、工事会社と本社、町役場の間では電話がつながっていた。時代|歴史|昭和|ミステリー2.3万字5 149 -
完結第10話
31年間、母が捨てなかったマットレスの秘密
31年間、両親が頑なに使い続けてきた古いマットレス。中央は大きく沈み、父の腰痛も悪化していたが、母はなぜか買い替えを拒み続けていた。 息子のデイヴィッドは、両親を旅行へ連れ出した隙に新しいものと交換しようとする。ところが搬出業者から、「お母様を寝室へ入れず、まず一人で確認してください」と切迫した電話が入る。 マットレスの下から現れたのは、古い手紙や小さな靴、写真、ぬいぐるみ。そこには両親が31年間、息子にさえ存在を明かさなかった幼い娘・グレースの記憶が封じられていた。 娘を失った悲しみから逃げるため、名前すら口にしなくなった父。そして誰にも見つからない場所で、毎年娘へ手紙を書き続けた母。古い寝台が取り払われた日、沈黙の下に閉じ込められていた家族の時間が、ようやく光の中へ戻り始める。ミステリー|真実|真相|親子関係1.5万字5 773