"判を押さなかった妻" 第1話
箸の先が茶碗の縁に触れ、乾いたさな音をてた。壁際の振り子計は午7をし回ったところで、いつものように規則正しくを刻んでいた。結婚して38、数え切れないほど繰り返してきた夕のだったが、その夜だけは夫の修司がほとんど箸をつけず、何かを待つように私の顔ばかり見ていた。
私の名は宮本佳代、65歳。向かいに座る修司は68歳で、3に会社を退職してからは週に2だけ以の取引先で顧問の仕事をしていた。私は18までさな建設会社で経理をしていたが、修司の母・澄の活を伝う必がてきたことをきっかけに仕事を辞め、それ以来ずっと計とのことを任されてきた。
噌汁をみ終えた頃、修司が突然ちがった。斎から戻ってきた彼は、私のに1枚の写真と、折り目のない婚届を並べた。写真には10歳くらいの男の子が写っていて、の差しの、アイスクリームを片に歯を見せて笑っていた。
その笑い方を見た瞬、胸の奥が妙にえた。男の子の眉の形も、笑ったにの角だけしがる癖も、私は38向かいに座ってきた男の顔で何度も見ていたからだ。修司の顔を確認する必さえなかった。
「俺の子だ。10歳になる」
修司はそう言って、写真の隣にペンを置いた。婚届にはすでに自分の欄が記入され、几帳面な彼らしく印まで押されていた。
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空いているのは私の署名欄だけで、ペン先はこちらへ向けられていた。
「相とは11から付きっている。悠斗という。俺ももう68だし、残りのくらい自分の好きにきたい」
私は写真から目をさなかった。相の女性について尋ねることも、なぜ38も緒にいた私を裏切ったのかと責めることもしなかった。その代わり、修司はし苛った様子で子に座り直した。
「何も言わないのか」
たぶん彼は、私が泣くとっていたのだろう。なぜ、どうして、私の何が悪かったのと取り乱し、ではきていけないから考え直してほしいと縋る姿まで像していたのかもしれない。しかし、その夜の私ので最初に目を覚ましたのは、捨てられる妻ではなく、18まで数字を扱っていた経理担当者の方だった。
写真の背景にあるアイスクリームを、私はっていた。県境の温泉へ向かう途にある、だけ営業するさなで、修司と結婚25周の旅をしたにもち寄った所だった。そして、写真の男の子が10歳だと聞いた瞬、もうつの記憶がはっきり浮かんだ。
2016。
あのから、がの計には説のつかない変化が始まっていた。
「その子は、本当に10歳なの?」
私が尋ねると、修司の眉がわずかにいた。「そうだ。それがどうした」と返す声には、先ほどまであった余裕がしだけ失われていた。
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「いつからおをしているの?」
「まれたからだ。父親なんだから当たりだろう」
「そのおは、どの座からしたの?」
そこで初めて、修司が黙った。ほんの数秒だったが、私はその沈黙だけで分だった。彼は私に婚を通告する準備はしていても、その婚に至るまでの10を説する準備まではしていなかった。
私はさらに尋ねた。
「お義母さんの施設費を、2016から2万5000円減らした理由は何だったの?」
修司の肩がわずかに張った。
澄は転倒を繰り返すようになり、12から介護付きの施設で暮らしていた。だけではりない分をがから補い、以は毎8万5000円を私が振り込んでいたが、2016の、修司から「これからは6万円でいい」と突然言われたことがある。
理由を尋ねると、「個でなくてもいい」「どうせ母さんもし認症がてきているから分からない」と言われた。私は気になりながらも、実の息子である修司が施設側と話したのだろうとい、言われた通り額を変更していた。
毎2万5000円。
1なら30万円。
10くなら、それだけで数百万円になる。
写真の男の子の齢と、支が変わったがなった。
「お義母さんに使っていたおを減らして、この子に使っていたの?」
「の話をするな」
修司の声が急にきくなり、のひらが卓を叩いた。
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