"判を押さなかった妻" 第2話
茶碗が揺れ、噌汁の表面にさな波紋が広がったが、私は反射に布巾を取りにくこともしなかった。
「38、あなたが私に任せてきたのは、そのおの話よ」
私は自分でも驚くほど静かに答えた。修司が料を入れれば、宅ローン、費、保険、費、固定資産税、母親の施設費まで、すべて私が振り分けてきた。彼は蔵庫をけば品があり、期限が来れば税が支払われ、母親の施設費まで自然に振り込まれるとっていた。
「佳代、俺は婚の話をしてるんだ。昔のを掘り返す話じゃない」
「私も婚の話をしているの」
私は婚届へ目を落としたあと、ペンには触れなかった。
「でも、今は判を押さない。あなたが何をしてきたのか全部分かるまでは、婚しません」
修司はしばらく私の顔を見つめ、それからく笑った。私がまだ彼をしているから婚できないのだと、そう理解した顔だった。
「好きにしろ。し考えれば分かるだろ。おだってになるより、このにいた方が楽なんだから」
そう言って修司は婚届をつ折りにし、胸ポケットへ入れた。私はその姿を見ながら、彼がきな勘違いをしていることに気づいていた。
私は婚したくないのではない。
むしろ写真を見た瞬から、婚することだけは決めていた。
ただし、修司が決めた条件で、修司だけが都よく「しい」
広告
へ移れるとわれるのが嫌だった。
修司が寝へ入ったあと、私は押し入れの段から古い類箱をろした。茶の段ボール箱には、の通帳、カードの利用細、保険関係の類、宅ローンを完済したの資料まで度別にまとめてあった。18に会社を辞めても、数字と類を理する習慣だけは抜けなかった。
私は学をてから約20、元の建設会社で経理をしていた。派な仕事ではなかったが、数字がった瞬のが好きだったし、帳簿を追っていけば会社の状態が見えることにも面さをじていた。修司はそんな私を「細かすぎる」と笑うことがあったが、計についてはすべて任せきりだった。
18に私が仕事を辞めたのは、修司の母・澄が暮らしを続けるのが難しくなった頃だった。まだ施設へ入るで、通院や買い物の付き添いが増え、修司から「俺は仕事が忙しいから、佳代がし見てやってくれないか」と頼まれた。私にも迷いはあったが、夫婦として助けうなら今は私の番なのだとい、20く続けた仕事を放した。
修司はその、「老は俺が責任を持つ」と言った。宅ローンも残っていたし、私自のがそこで途切れることも気になったが、夫婦で築いてきた貯蓄があり、修司も定まで働くと言うので信じることにした。
広告
私は自分の収入を失う代わりに、このの運営を引き受けたつもりだった。
ところが、その計簿のに別の庭が隠されていた。
最初に目についたのは、20164から始まった毎8万5000円の振込だった。相先は個名ではなく産管理会社の座で、私は修司から「仕事関係のな替」と説され、帳簿には「族費」とだけくよう言われていた。
今考えれば、それ自体がおかしかった。修司は仕事の替なら会社から戻るはずなのに、返を度も確認していない。それでも当の私は、取引先との付きいでに借りている部か何かだとい、問い詰めることはしなかった。
次にてきたのは産婦科の領収だった。2016の、カードで約50万円の支払いがあり、計簿には修司の指示で「健康診断等」といていた。その数かから、ベビー用品や子どもの利用が増えている。
2019になると幼稚園らしい名目の振込が始まり、2022には私学への支払いが加わった。ランドセル、自転、タブレット端末、習い事とわれる謝まであり、私はのにてくる子どもの成を追うような気持ちになった。
10歳。
数字は嘘をつかなかった。
私は修司が見せた写真をいした。は笑っていたし、その子自には何の罪もない。
悪いのは、まれた子どもに責任を持ったことではなく、その責任を私たち夫婦の共財産から隠れて負担し、同に自分の母親への支まで削った修司だった。
広告
おすすめ作品
-
完結第10話
七〇二号室の秘密
入籍12日目、初めて義実家を訪れた遥香は、豪華なすき焼きの陰で、義姉・真帆が水をかけた冷や飯だけを食べさせられている姿を目撃する。 真帆から託された住所を訪ねると、そこには夫・直樹がいた。彼は義姉の避難部屋を用意しながら、兄と母を恐れて救出を先延ばしにしていたのだ。兄弟姉妹|嫁姑|夫婦|真実|裡の顔|修羅場2.0万字5 241 -
完結第15話
姉の身代わりで嫁いだら、冷酷当主の本命でした
家族に冷遇され、姉の身代わりとして“冷酷な当主”のもとへ嫁がされた澄乃。しかし初対面で、偽りの花嫁だと見抜かれてしまう。 追い返される覚悟をした澄乃に、静は「お前で構わない」と告げる。さらに帳簿を読む彼女の才能と、恐れながらも嘘をつかなかった誠実さを認めていく。歴史|昭和|ミステリー|夫婦|第二の人生2.0万字5 360 -
完結第13話
三年前に署名させた離婚届
「息子は金髪美女と再婚するのよ」――玄関先で勝ち誇る義母が突きつけてきたのは、一方的な離婚届だった。大手商社勤務の夫に裏切られ、三ヶ月の海外出張中にも不貞の影に苦しめられていた妻のナナ。だが、見下され続けた妻は取り乱すどころか、冷ややかに微笑んだ。義母も夫も知らなかったのだ。三年前に署名させた一枚の用紙と、水面下で集められた決定的な証拠の存在を。鳴り止まない何十件もの着信を前に、彼女は静かに告げる。「離婚届なら、とっくに提出済みですよ」嫁姑|夫婦2.0万字5 182 -
完結第15話
元夫の再婚式に招かれた私には、秘密がある
離婚から五か月後、元夫が若い再婚相手を連れ、結婚式の招待状を届けに来た。だが由美が抱く生後二か月の男児を見た瞬間、元夫の笑顔は凍りつく。 由美は離婚時、すでに妊娠していた。さらに彼女の手元には、元夫の裏切りと消えた夫婦の財産を示す証拠も残されていた。 捨てられた妻が過去を暴くだけでなく、息子とともに自分の人生と安心して帰れる家を取り戻す再生の物語。夫婦|親子関係|不倫2.6万字5 434 -
完結第18話
出産の日に捨てられた私の逆転
身分を隠し、愛する夫との平凡な幸せを選んだスー・ジーイェン。 しかし出産を目前にした日、夫のティンフォンは別の妊婦に付き添い、破水した妻を病院で見捨てた。 「俺が戻るまで勝手に産むな」 助けを求めても冷たく突き放され、絶望の中で彼女が押したのは、七年前に父から渡された銀色のペンダントだった。 その五分後、病院の空気が一変する。 身寄りのない女だと見下されていた彼女には、誰も知らない秘密があった。 夫の裏切りから始まった悲劇は、やがて病院全体を揺るがす巨大な不正へとつながっていく――。夫婦|第二の人生|親子関係|修羅場|不倫2.1万字5 1052 -
完結第20話
昼寝ばかりの嫁が、潰れかけの餅屋を救うまで
借金四千三百万円を抱え、閉店寸前の老舗餅店。家族が寝る間も惜しんで働く中、嫁の美穂だけは店の隅で昼寝を続けていた。 ところが大口注文で二百万円を売り上げても、残ったのは六十万円の赤字。美穂は帳簿を分析し、赤字商品や無料配達、掛け売りを次々と整理していく。因果応報|人生逆転|嫁姑|親子関係|修羅場2.6万字5 287 -
完結第20話
愛人と帰国した夫、30分の猶予
「この後彼女が来るから早く出て行けよ」 南の島から愛人と帰国した夫と義母は、日焼けした顔で私に吐き捨てた。十六年間、生活費を一銭も入れず寄生してきた挙句、亡き両親が遺した百坪の豪邸を乗っ取り、私を追い出す算段だ。届いた内容証明郵便を「慰謝料の小切手」と勘違いし、ハイタッチで完全勝利を確信する二人。 だが、愚かな親子はまだ知らない。十六歳の息子が密かに仕掛けたボイスレコーダーと、十五年前のベビーモニターが捉えた戦慄の記録を。そして、迎えに来た黒塗りの高級車の正体を。 「あと三十分後に消えます、ご安心を」 私が冷たく微笑んだその時、玄関のインターホンが鳴り響いた――。嫁姑|夫婦3.0万字5 389 -
完結第20話
妻の事故と、五歳の娘が見抜いた嘘
事故で下半身不随になった妻を前に、夫・大介は「僕が君の足になる」と誓う。ところが五歳の娘・春だけは冷たく「帰る」と言い、父に病室の毛布の下を見るよう促した。 そこに隠れていたのは、事故当時に妻と一緒にいた浮気相手。家族を置いて密会していた妻は、事故の賠償や介護まで夫に押しつけようとする。 幼い娘の一言で裏切りを知った父が、離婚と親権確保を決断し、娘と二人で新しい生活を始める物語。夫婦|真実|真相|親子関係2.0万字5 1442 -
完結第10話
13年前に消えた娘が、元隣人のSNSにいた
2009年、自宅から忽然と消えた四歳の娘・くるみ。母のえみは、娘の部屋を十三年間そのまま残し、帰りを待ち続けていた。 失踪から十三年後、元隣人のSNSに十七歳の少女が写る。成長した娘に似た顔、同じ三日月形のあざ、そして少女の名前も「くるみ」だった。ミステリー|夫婦|真実|真相|親子関係1.6万字5 178 -
完結第20話
月30万円の親孝行は、誰の財布から?
夫から突然告げられた、義母への「毎月三十万円」の仕送り。妻・美奈子は反対せず、静かに「いいよ」と答えた。 三日後、銀行で残高四万円を知らされた夫は激怒する。だが美奈子は、二十二年間で家計へ補填した一千二百万円超の記録を並べ、「その三十万円、誰の収入から出すつもりだったの?」と問い返す。嫁姑|夫婦|介護|金銭問題2.8万字5 879