"空っぽの弁当箱" 第1話
午5になるし、佐々はる子は目を覚ました。枕元のスマートフォンが震えるより先に目がくのは、もう3続いている習慣だった。
布団からをろした瞬、膝の奥に鈍い痛みがった。の夕方、清掃パートの帰りにスーパーへ寄り、牛乳や米を抱えて坂をったせいか、昨夜からし腫れている。
「今もやらないとね」
誰に聞かせるでもなく呟き、はる子は両で膝をさすった。
廊へると、のはまだ暗かった。息子の健、嫁の美、1の孫・陸、学1の芽は、それぞれの部で眠っている。
台所の照をつけ、炊飯器の蓋をけた。予約しておいたご飯からい湯気ががり、それを見ただけで、はる子の体はいつもの順番をいした。
まず卵を4個割る。汁と砂糖を加え、角いフライパンへ流し込む。
隣では鮭を焼く。別の鍋ではブロッコリーを茹で、細く切った赤いパプリカを炒めた。
弁当は4つだった。
健のものには肉をめに入れる。以、「午3になると腹が減る」とこぼしていたからだ。
美の弁当には、赤、緑、黄を識する。職で同僚に見られるから「茶ばかりだと恥ずかしい」と言われていた。
陸は野球部だった。練習のあるはご飯をきめに詰め、唐揚げもつ増やした。
芽の弁当には、やの形に抜いた参やチーズを入れる。
広告
友達と見せうからくしてほしい、と頼まれていた。
パプリカもミニトマトもブロッコリーも、計用として渡している5万円とは別に、はる子が自分の財布から買うことがかった。族用の財布からせばよかったのだが、りなくなるたびに美がため息をつくので、そのうち黙って払うようになった。
卵焼きの端を切れだけ皿へ避けた。
それが、はる子の朝だった。
の噌汁と卵焼きの端を、シンクのにったままへ入れる。座ってべるはなかった。
6を回る頃、4つの弁当箱が並んだ。
最に芽の弁当に型のチーズを乗せた、背で音がした。
美が眠そうな顔で台所へ入ってくる。
「おはよう。美さんのは鮭の照り焼きにしたよ」
美は返事をせず、自分の弁当箱の蓋をけた。を度見て、し眉を寄せる。
「また卵焼きと魚ですか?」
はる子はを拭きながら振り返った。
「今はパプリカも入れたよ。しるく見えるでしょう」
「そういうことじゃなくて。にも言いましたよね。もっとそうに見えるものにしてほしいって」
「そうに?」
「職で見られるんですよ。周りの、デパみたいなお弁当持ってくるもいるし」
はる子は瞬返事に迷ったが、すぐに笑った。
「じゃあ次はし考えてみるね」
美は弁当箱を閉じると、換気扇を見げた。
広告
「あと、ここの油汚れがちょっと気になって。今、洗濯と拭きのついでにお願いします」
「分かったよ」
その、健がネクタイを締めながら入ってきた。
「母さん、俺のは?」
「そこ。今は唐揚げも入れてあるから」
健は弁当箱を持ちげながら、美との会話を聞いていたらしい。
「母さんは毎5万円しか入れてないんだからさ。ここにませてもらってるんだし、のことくらいちゃんとしてくれよ」
はる子の指が止まった。
毎5万円しか。
先週、芽の通学用靴を買ったのは自分だった。陸の部活用ソックスとスポーツ料代をしたのも自分である。
だが健はらない。
言えばいいのかもしれない。
「実はこれも私が払っているのよ」と。
けれど、はる子は言わなかった。
「持っていくの忘れないでね」
健はスマートフォンを見ながら「うん」とだけ答えた。
ほどなく陸と芽もりてきた。
陸は自分の弁当箱を持ちげ、を確認する。
「唐揚げ4つだけ?」
「今は夕飯にも使うから。はもうし入れるね」
「部活あるんだけど」
「じゃあ、おにぎりも作っておくよ」
芽は参を見た。
「今はハートじゃないんだ」
「今はにしてみたの」
「友達に見せるから、ハートの方がよかった」
「ごめんね。はそうするね」
2はそれだけ言って、弁当を鞄へ入れた。
「ありがとう」とにした者はいなかった。
7過ぎ、4がをた。
はる子は玄関を閉めると洗濯を回し、換気扇のへ踏み台を置いた。
広告
おすすめ作品
-
完結第11話
息子に捨てられた母の逆転
「お母さん、今日は少し外へ出ませんか」 息子夫婦に誘われ、70歳のはる子は雪の降る夜、車の後部座席へ乗った。 ところが車は町を離れ、山沿いの介護ホームの前で止まった。 「数日だけ、ここで休んでください」 そう言われた時、トランクから自分のスーツケースが出てきた。 荷物はいつの間にか詰められ、携帯電話は嫁に取り上げられた。 息子は「また来るから」と言い残し、母を301号室へ置いて帰った。 翌日、嫁は面会に来るなり尋ねた。 「通帳はどこですか? 実印は?」 さらに、見覚えのない白い錠剤を「いつもの薬」として渡してきた。 はる子は黙って薬を受け取り、認知症のふりを始めた。 そして翌日の病院で、嫁が電話口で話す声を聞く。 「診断が出たら、家も通帳も動かしやすくなるでしょう」 はる子はその会話を、コートの内側に隠した一本の録音機へ残していた。因果応報|人生逆転|嫁姑|絶縁|親子関係|介護|金銭問題1.7万字5 2 -
完結第11話
義母に通帳を渡さなかった妻
「これからは私が家計を管理してあげるわ」 月給25万円の夫にそう言われ、月収100万円を超える私は黙って義母を見た。 結婚前に自分で買ったマンションなのに、給与口座のカードと暗証番号を渡せと言う。 夫は止めるどころか、「母さんは金の管理が得意だから」と賛成した。 さらに義母は、夕食、洗濯、外食の回数まで書いた「林家の新しい生活ルール」を作っていた。 その翌日、共同口座から100万円が消えた。 振込先は、夫の弟だった。 「家族なんだから、100万円くらいで騒ぐなよ」 夫はそう言い、義母も「女は夫を立てるもの」と笑った。 私はその夜から、自分の分だけ洗濯し、夕食も作らなくなった。 3日後、帰宅した夫が「飯は?」と聞いた時、私は寝室のキャリーケースを指さした。 「そんなにお義母さんが正しいなら、これからはお義母さんの家で暮らして」 夫が固まった直後、私はもう一枚の書類をテーブルへ置いた。夫婦|第二の人生|金銭問題|修羅場1.7万字5 1 -
完結第11話
母が残した最後の住所
母を亡くした14歳の俺には、頼れる人が誰もいなかった。 父は幼い頃に亡くなり、母は朝から夜まで働き続けていた。 葬儀の後、親戚にも「うちでは面倒を見られない」と断られた。 一人になった部屋で母の遺品を整理していると、古い桐の箱から一枚のメモが出てきた。 《本当に一人になった時だけ、この場所へ行きなさい》 書かれていた住所は、隣の市の山手にある大きな屋敷だった。 俺は制服のまま、片道2時間近くかけてその場所へ向かった。 石造りの門柱には、母が一度も口にしたことのない名字が刻まれていた。 帰ろうとした、その時。 重い門がゆっくり開き、黒い服の老人が現れた。 老人は俺の顔を見るなり、深く頭を下げた。 「坊っちゃま、お待ちしておりました」 母が隠していたのは、いったい何だったのか。 (続)人生逆転|相続|第二の人生|金銭問題1.7万字5 1