"息子に捨てられた母の逆転" 第1話
「お母さん、今はしへませんか。最ずっとにいたでしょう」
夕方6をし過ぎたころ、息子の健が珍しくるい声でそう言った。台所で夕の皿を洗っていたはる子はを止め、振り返った。
そのろから、嫁のさやかも顔をした。
「たまにはドライブもいいですよ。の空気を吸った方が気分転換になりますから」
がそろって誘ってくることなど、最はほとんどなかった。はる子はしにったものの、息子夫婦とのに流れていたい空気を変えられるなら、それも悪くないとった。
「そうね。じゃあ、着替えてくるわ」
寝へ戻り、買った黒いダウンジャケットを羽織った。財布と携帯話をバッグへ入れ、のためハンカチとさな薬入れも持った。
窓のでは、細かながり始めていた。
を運転したのはさやかだった。助席には健、はる子は部座席へ座った。
最初の10分ほどは、いつもの町並みが窓のを流れていった。ところがは駅を通り過ぎ、そのまま郊へ向かってり続けた。
20分。
30分。
のかりがなくなり、やがて宅さえ途切れ始めた。
「健」
はる子はを見ながら声をかけた。
「どこまでくの?」
健はバックミラー越しに瞬だけ母を見た。
「もうすぐだよ」
「どこへくのかって聞いてるの」
広告
「いいところだから。配しなくていいよ」
い返事だった。
さやかはハンドルを握ったまま、何も言わない。
その横顔を見た瞬、はる子の胸の奥に、説のつかないたさが広がった。
が止まったのは、沿いのに面した4階建ての建物のだった。
玄関脇に照で照らされた板がある。
《介護ホーム 希望の里》
その文字を見た途端、はる子の臓がきく鳴った。
「……どういうこと?」
健は無言でをりた。
さやかが部座席のドアをける。
「お母さん、とりあえずへ入りましょう。寒いですから」
「どうして介護ホームに来たの?」
「では話せませんから」
「私はそんな話、度も聞いてないわよ」
さやかの笑顔が、わずかに固くなった。
「数だけです。検査が終わるまで、ここでゆっくり休んでいただくだけですから」
「何の検査?」
返事はなかった。
その、健がトランクをけた。
からきなスーツケースを取りす。
はる子は息をのんだ。
「それ……誰の荷物?」
健は答えなかった。
さやかが代わりに言った。
「お母さんのです。必なものは入れてあります」
「いつ用したの?」
また返事がない。
らないにを選ばれ、荷物を詰められ、自分だけが何もらされないままここまで連れてこられたのだ。
玄関を入ると、温かい空気と消毒液の匂いがはる子を包んだ。
広告
受付にいた50代くらいの女性職員がちがり、すでに話を聞いていた様子でをげた。
「はる子様ですね。お待ちしておりました」
自分の名までられている。
はる子は健を見た。
「説して」
健は目をわせない。
さやかは透なファイルを受付へ差しした。
「事にお話した件です」
職員が類を確認していく。
本の健康状態。
緊急連絡先。
入所理由。
持病。
族の向。
そこには、はる子本が度も答えていないことまでかれていた。
「こちら、ご族の署名をお願いします」
職員が差ししたペンを、健が受け取った。
ほんの瞬だけ、息子のが止まった。
はる子は見逃さなかった。
「健」
呼んでも振り向かない。
やがて健はへ自分の名をいた。
その瞬、はる子ので何かが静かに切れた。
「本から、ひとまず期利用という形になります」
職員の説が続いた。
はる子はさやかを見た。
「私は帰るわ」
「お母さん」
「私は自分ので歩けるし、自分で事もできる。薬の管理だって自分でしてる。ここへ入るなんて同してない」
「だから、ほんの数ですって」
さやかはそう言うと、はる子のからバッグを取ろうとした。
はる子は反射に引き寄せた。
「何をするの」
「携帯話はこちらで預かっておきます。なくしたら変ですから」
「自分で持っているわ」
「お母さん、最物忘れもありますし」
「ないわよ」
「のためです」
さやかの指がバッグの持ちをく引いた。
はる子が抵抗すると、健が初めてをいた。
広告
おすすめ作品
-
完結第18話
3年ぶりの帰省、弟嫁がゴミ箱を漁っていた理由
32歳の玲奈は、3年ぶりに実家へ帰り、弟の妻・南が別人のように痩せていることに驚く。夕食の席でも南の前には料理がなく、家族は誰も気に留めない。その深夜、台所で物音を聞いた玲奈は、ゴミ箱を漁る南の姿を目撃する。「食べられるものを探していました」――その言葉をきっかけに、母と弟が南に強いていた異常な暮らしが明らかになっていく。さらに、南が隠し持っていた手帳には、翌朝に迫る恐ろしい約束が記されていた。玲奈は弟嫁を守るため、信じていた家族と向き合う決意をする。因果応報|人生逆転|兄弟姉妹|嫁姑|夫婦|修羅場2.4万字5 37 -
完結第18話
夜勤明けに鍵を替えられた私
看護師長として働く千歳は、後輩に昇進で追い抜かれ、仕事を休みがちになった夫・徹を支えようとしていた。ところが徹は次第に横柄になり、家事を押しつけ、「妻なら夫に従え」と言い始める。そんなある朝、夜勤を終えて帰宅した千歳は、玄関の鍵が替えられていることに気づく。「ダメ嫁への躾だ。謝れば入れてやる」と笑う夫に、千歳は「あっそ。さようなら」とだけ告げて立ち去った。妻が本気で戻らないと知った徹は、どんな行動に出るのか。自分の人生を取り戻そうとする女性の再出発を描く物語。人生逆転|嫁姑|夫婦|金銭問題2.6万字5 99 -
完結第10話
もやしと消えた仕送り
フリーランスのデザイナーとして働く里見は、一人暮らしの母・春江に毎月10万円を仕送りしているつもりだった。ところが、久しぶりに訪ねた実家で目にしたのは、冷やご飯ともやしだけの寂しい食卓。母は仕送りなど一度も受け取っていないと言う。家計を任せていたのは、優しく頼りになる夫の久し。疑念を抱いた里見が夫のスマホを確かめると、そこには信じがたい送金記録と、妻をあざ笑うメッセージが残されていた。さらに、夫が隠していた給与明細にも不可解な数字が……。信じていた家族の裏切りを知った里見の反撃が始まる。裏切られた|嫁姑|親子関係|金銭問題1.5万字5 67 -
完結第10話
「中卒女に現場は無理」職人10人が辞めた結果
中学卒業後、十五歳で職人の世界に飛び込んだ堀江千夏。三十二歳で工務店の現場責任者に抜擢されるが、古参の職人頭・岩木は「中卒の女に現場が回せるか」と嘲笑う。やがて岩木を含む十人が一斉に退職。大型介護施設の改修工事は納期目前なのに、残された職人はわずか三人だった。しかし千夏には、十七年間積み重ねてきた技術と、二十冊を超える黒い手帳があった。仲間とともに現場の立て直しに挑む千夏。その一方で、手帳に記された資材の数字が、会社に隠された不審な事実を浮かび上がらせていく。職場逆転|因果応報|人生逆転|修羅場1.3万字5 67