"消えた交換手と鳴らなかった電話" 第8話
初は、そのに夫が寝込んだ夜を話した。灯油缶が空にく、隣へ分けてもらおうとしたが、そこにも残りはなかった。翌朝、夫はバスまでりて役へ話した。担当者は「配達済みの記録がある」と繰り返し、夫は缶の底を見て泣くほど悔しがったという。
枝は、母がなぜ自分の勤め先である交換局の記録まで調べたのか理解した。灯油の盗みを証するのは数量だけではない。々が訴えた刻と、その声が役へ届かなかった事実を残さなければ、町の帳簿ではいつまでも「配達済み」のままだった。澄子は、仕事でにした声を仕事ので証言するという難しい選択をしていた。
その週末、良太が京から帰省した。枝が集めた類を見ると、「母さんがそんなことをしていたなら、なぜ俺たちには言も言わなかった」と問い返した。枝には答えられない。母が勇気をしたことと、子どもたちへ説しなかったことは、同じ来事のに並んでいた。
姉弟は町の坂を歩いた。良太は、母のいない最初の、枝が弟に自分の分のみかんを渡していたことを覚えていた。姉は覚えていなかった。子どもだったが互いに守ろうとしたさなだけが、父の語らなかったを支えていた。
母の取りを追うには、片桐が借りた配送のを調べるしかなかった。
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佐久によれば、は峠を越え、県境くの駅で油していた。古い運表は燃料を継いだ甥が保しており、そのに限って片桐の署名ではなく、《代配・公務》と記されている。
役の張旅費簿には片桐の名がなかった。公務といたのは、経費を説するための実だろう。しかし同じ付に、町役から仙台の聞社へ報が打たれていた。依頼主は佐藤澄子、文面は《灯油帳簿ヲ調ベテクダサイ。証拠ハ私ガ持参》。聞社に届いたかどうか、控えには配達結果がない。
枝は仙台の聞社を訪ね、古い縮刷版を読み、当の支局員にもをいた。返事をくれた元記者は、澄子の名を覚えていなかったが、昭50の初め、匿名の女性から帳簿の改竄を告発する資料が届いたと話した。記事にはならなかった。数値を証する原本がなく、本に連絡が取れなかったからだ。
「資料のに、その女性の所はありませんでしたか」
「返信用の封筒が通あった。庄の宿先だったとう。ただ、調べにった若い記者は、そこにそのはいなかったと言っていた」
元記者は当の帳を貸してくれた。宿先の所の横には、《名は野幸、宿帳は別名。末、肺炎で入院》とある。澄子が病気で入院した女性になりすましたのか、別の女性が資料を送ったのか。
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枝は町の図館で庄の古い宅図を探した。
宿はもうなかったが、所の雑貨の主が宿の娘、佳代をっていた。佳代は内のクリーニングで働いている。枝が訪ねると、代になった佳代は澄子の写真を見て、すぐに頷いた。
「うちに来た。でも、野幸というではなかった。がひどい朝、片桐さんが連れてきて、数預かってくれと母に頼んだのよ」
片桐は、澄子を隠していた。佳代の母には、澄子が夫から暴力を受けて逃げてきたと説していた。澄子は晩滞し、聞社へ資料を郵送したあと、をたという。
「連れ戻しに来たのは片桐さんでしたか」
「違う。若い男の。名乗らなかったけれど、澄子さんはっていたみたいだった」
佳代は、澄子が発に残した属製のボタンを保管していた。制に付くような平たいのボタンで、裏には鉄会社の刻印がある。枝が持ち帰って清へ見せると、父はしばらく黙り、「その制は俺のじゃない」と言った。
若い男は、父以の鉄職員だった。
俊の妻、美鈴は夫の無実を主張しなかった。「若いころのは、兄に逆らえなかったと自分へ言い聞かせることもある。でも、それでのに何が起きたかは別」と言った。美鈴がる俊は、娘の弁当を作る優しい父でもあり、清の名で受領印を押したでもあった。
枝はその両方を聞いておきたかった。
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