みかん小説
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"置き去り後27分" 第2話

の「共同座」という防壁

歩すらない暗い脇の砂利を、パンプスの踵で踏みしめながら、私はこれまでの結婚活を静に振り返っていた。

夫の健事は、械部品メーカーに勤務する技術営業職。 几帳面で真面目、では当たりが良いが、内面にはい承認欲求と、母親に対する絶対な依を抱えている男だった。 息子は数に学を卒業して自し、方のIT企業で庭を構えている。夫婦だけの活に戻ってから、私たちは見すると穏やかな、何の問題もない熟夫婦のように見えていた。

私たちには、結婚目から以にわたって守り続けてきた、厳格な計のルールがあった。 それは、活費専用の「共同座」を作ること。

毎の料になると、私の座から万円、夫の座から万円を、その共同座へ械に自送する。 計万円のから、賃貸マンションの賃、費、々の費、用品代、夫婦共通の命保険料まで、活を維持するために必な切の固定費・変費を支払う。 そして、残りの料は、互いに切干渉しない「個財産」として、それぞれの名義で管理・貯蓄する。

私の取りは、医療法の事務職としておよそ万円。 共同座へ万円を入れ、残りの万円のから、自分の類代、化粧品代、友との交際費を賄い、残りを将来のための個預としてコツコツ積みててきた。

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方、夫の取りは約万円。 万円を共同座へ拠し、残りの万円は夫の遣いや趣のゴルフ代、の維持費に消えていた。

「お互いの個の財布にはをさない」 この侵条約があったからこそ、私たちはきな銭トラブルを起こすこともなく、という歳を波てずにやり過ごすことができたのだ。 経理という職業柄、私は数字が然と致している状態にいを覚える。自分が汗流して働いた対価を、自分の名義の通帳で把握し、自分の志で管理すること。それは、私が社会のでの独したとしてし続けるための、ささやかだが決して譲れない誇りだった。

だが、その均衡が音をてて軋み始めたのは、、夫の実父がくなってからのことだった。

神奈川県の古い宅にある夫の実には、義母の富子(とみこ・当歳、現歳)がで取り残された。 義父は元公務員で、い遺族と築の持ちを残してくれていた。の活に困るような経済困窮など、どこにもない。 それでも、配偶者を失った齢の母親がで暮らすは、像に難くなかった。

『親父もいなくなったし、母さんじゃ何かと細いだろうからさ』 義父のを終えた夜、夫は神妙な面持ちで私に切りしてきた。

『俺の遣いと個貯のから、毎万円を実に仕送りしようとうんだ。……いいよな?』

私は即座に頷いた。 「ええ、もちろんよ。健事さんのおなんだから、お義母さんのために使ってあげて。息子として当然の気遣いだとうわ」

共同座への万円の拠さえ維持されるのであれば、夫が自分の取り分のからいくら母親に渡そうと、それは彼の自由であり、責任だった。 夫婦とはいえ、親への経済支援は各自の独した財力でうべきだ――そう考えていた私の認識は、しかし、義母と夫の底れぬ「共依」のさを完全に見誤っていたのだ。

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