みかん小説
本棚

"父の死後、姉に追い出された私が嫁いだ農家の秘密" 第8話

脚の

帰りの軽トラックの内。 夕暮れの茜のが、窓面の田を黄に染めげていた。 ハンドルを握る輔さんの横顔は、朝の緊張が嘘のように解け、いつもの穏やかな笑顔に戻っていた。

「美咲さん、本当にってない?」 「もう、さっきからそればっかり」 私が吹きすと、輔さんは照れくさそうに首筋を掻いた。

「ねえ、輔さん」私は窓のの田んぼを見つめながら、静かに言った。 「私、昨の夜に言ったこと、取り消さないよ。農園に借の配がないと分かっても……私、田んぼの仕事を伝いたい。輔さんが切にしているを、私も緒に切にしたいの」

輔さんがハッと息を呑み、助席を振り返った。 「美咲さん……」 「それにね、帳簿の理なら私、絶対に役にてるとうの。確定申告、もうすぐでしょう?」

輔さんの顔に、今番の輝くような笑顔が広がった。 「ありがとう……! 実はさ、農園の確定申告、毎になると母さんとでを抱えてたんだ。ダンボール箱分の領収をひっくり返してさ」 「ふふっ、じゃあ今は、でを抱えましょう!」

自宅に戻ると、玄関からエプロン姿のさんがびしてきた。 「お帰り! どうだった、美咲さん? 輔、ちゃんと全部話したのかい?」 「はい、お母さん。全部見せていただきました」 私が々とをげて微笑むと、さんは胸を撫でろし、粒の涙をポロポロとこぼした。

広告

「ああ……良かった! この子は昔からだから、美咲さんにを尽かされたらどうしようって、私、朝から気が気じゃなかったのよ!」 「母さん、余計なこと言わなくていいから!」 赤面する輔さんを囲んで、母に温かな笑い声が満ち溢れた。

その夜の夕は、さんが腕によりをかけて作った牡丹鍋だった。 桃の柄の茶碗に、炊きたての米。 噛み締めるごとに、お米の力い甘みが全に染み渡っていく。 実で常に自分の居所を探し、顔を窺いながらえ切った事を流し込んでいた々が、い過ののようにえた。 ここが、私の本当の居所なのだ。

翌週から、私は本格に農園の帳簿理に取り掛かった。 居の畳面に広げられた領収を、付順、科目別に仕分けしていく。 肥料代、農薬代、軽油代、トラクターの消耗品費――元経理の腕の見せ所だった。 さらに私は、輔さんがさなメモ帳に殴りきしていた田んぼごとの作業誌を、エクセルで枚の分かりやすい『栽培履歴覧表』に作り替えた。 どの圃に、いつ、どの肥料を何キロ投入し、管理をどうったか。 ひと目でコストと作業数が把握できるその表を見た輔さんとさんは、目を丸くして嘆の声をげた。

「すげえよ美咲さん! 番田んぼにの倍もをかけてたこと、覚では分かってたけど、こうして数字で見せられると目瞭然だ!」

広告

「美咲さん、あんたはうちの宝物だよ!」 さんが私の背を何度もさすってくれた。 誰かの役にち、自分のをからんでもらえる――その実が、私の凍てついていたを完全に解き放っていった。

。解けが用を満たし、いよいよ農繁期が幕をけた。 私の朝は起きになった。 靴を履き、苗代(なわしろ)作りの伝いに奔する。と種籾を詰めた数百枚もの育苗箱を、腰をかがめてビニールハウスのへ並べていく作業は、全の筋肉が鳴をげる過酷さだった。 翌朝は起きがるのもやっとだったが、輔さんが淹れてくれたいお茶と、さんの「無理しちゃダメだよ」という言葉に励まされ、私はまみれになりながら笑顔でに向きった。

ゴールデンウィークには、待ちに待った田植えが始まった。 を張った鏡のような田んぼに、青空といが映り込む。 輔さんの運転する田植えが、寸分の狂いもなく然と苗を植え付けていく。私の役目は、田植えへの苗補と、械の入れない隅の『植え』だった。 裸で田んぼに入ると、ひんやりとしたが首を優しく包み込んだ。 歩踏みすたびにバランスを崩しそうになりながら、腰を折って苗を本本、のへと押し込んでいく。

「美咲さん、ここが『番田んぼ』だよ」

田植えの最終、輔さんが案内してくれたのは、母の裏を流れる清流沿いの角だった。 「親父が番切にしていた田んぼだ。が澄んでいて、毎番旨い米が獲れる。この田んぼだけは、昔から械を使わず、全部作業で植えて、の米とは絶対に混ぜずに保管するんだ」

だらけになって苗を植え付ける輔さんの横顔は、億円の企業を率いる社の顔ではなく、に祈りを捧げる純粋なのようだった。 私も無になってにを差し入れた。 指先から伝わるの温もりが、まるでき父の頑固な掌のぬくもりとなるようだった。

広告

おすすめ作品

リンクを共有

以下のリンクをコピーして友達と共有してください: