"北アルプスの0.5秒" 第2話
坂本と桜は、の会員からしれた所へ移していた。
最初は周囲にも聞こえない程度の声だった。
しかし突然、坂本の鳴り声がの静けさを破った。
「今、俺をからかってるのか!」
休んでいた々が斉に振り向いた。
桜の顔が張っている。
「あなた、やめて。みんな見てるわ」
「見ていようが関係あるか!」
坂本がさらに声を荒らげる。
「別れるなんて言ったら、ただじゃおかないって言っただろう!」
桜は歩がった。
「ここで話すことじゃないでしょう」
「俺がどれだけおにを使ったとってる!」
その言葉に、周囲の空気が気にえた。
数の登客が携帯話を取りした。
当の携帯話は今ほど撮性能がくなかったが、それでも坂本の異常な剣幕を残しておこうと考えた者がいた。
桜は周囲の線に気づき、顔を赤くした。
「やめてって言ってるでしょう!」
「逃げるな!」
坂本が腕を掴もうとした。
桜は体をひねって避けた。
その拍子に坂本のが肩へ当たり、彼女はよろめいた。
「桜さん!」
鈴次郎がちがった。
だが桜は誰の助けも待たなかった。
突然、登をれ、々のへ延びる細い獣へりした。
「桜さん!」
鈴は追いかけようとした。
その腕を横から掴んだ男がいる。
坂本の専属運転、健だった。
40代半。
坂本の会社で働き、運転だけでなくの回りの雑用まで任されていた男だった。
広告
「さん、してください」
鈴が振りほどこうとする。
は落ち着いた声で言った。
「社の性格はごじでしょう。今、俺たちがに入ったら余計にこじれます」
「でも桜さん、1で森へ入っていきましたよ」
「すぐ戻ってきますよ」
の声には妙な確信があった。
鈴は迷った。
そのわずかなに、坂本も桜が消えた方向へりした。
「待て、桜!」
鳴り声が森のへ吸い込まれていく。
残された登会のメンバーたちは、誰もすぐにはけなかった。
の男女関係に入りすべきではない。
それ以に、坂本の嫌を損ねたくない。
その空気が全員を縛っていた。
「……丈夫でしょうか」
若い会員が呟いた。
は腕計を見た。
「社なら丈夫です」
その、は予定通りを続けることになった。
だが午になっても、坂本と桜は戻ってこなかった。
午5。
が傾き始める。
の気温は急速にがり、森のには暗さが広がっていた。
「もう予定刻を1も過ぎてますよ」
会員の1がそうに言った。
鈴は何度も坂本の携帯へ話をかけた。
繋がらない。
桜の携帯にもかける。
い呼びし音だけが続いた。
「やっぱり探しにった方がよかったんじゃ……」
鈴がにすると、は静かに言った。
「もう暗くなります。素がへ入った方が危険です」
広告
確かにその通りだった。
しかし鈴は落ち着かなかった。
刻は午7。
午8。
そして午9を回った頃。
駐の向こうから1の男がふらつくように歩いてきた。
「社!」
坂本だった。
登の袖は破れている。
ズボンには。
にも擦り傷があった。
そしてづいた瞬、い酒の臭いがした。
鈴は顔をしかめた。
「社、桜さんは?」
坂本は目を逸らした。
「らん」
「らないって……緒に森へ入ったでしょう?」
「途で見失った」
「じゃあ、まだのに?」
坂本が苛ったように睨む。
「先にしたんじゃないのか」
「でもバスには戻ってません」
「俺に聞くな!」
坂本はそれ以何も答えず、乱暴にバスへ乗り込んだ。
鈴は桜の携帯へまた話をかけた。
繋がらない。
午11を過ぎた頃、携帯話は完全に源が切れた状態になった。
翌朝8。
桜の姉が警察へ失踪届を提した。
当初、警察は登の遭難事故を疑った。
しかし数もしないうちに、の休憩所にいた登客から次々と通報が入った。
「あの男が女性に鳴っていました」
「殺してやるみたいなことまで言っていたんです」
「女性を追って森へ入っていきました」
証言はどれも坂本へ向かっていた。
単なる遭難。
そう考えられていた失踪は、わずか半のうちに殺事件の疑いへと姿を変えた。
警察は直ちに捜索本部を設置した。
担当となったのは捜査課の本輔だった。
広告
おすすめ作品
-
完結第23話
白線の先の女たち
昭和三十九年、女子競輪が終わりを迎えようとしていた。三十四歳の佐伯久美子は、最後の地元決勝で優勝する。しかし彼女が真っ先に求めたのは、花束でも拍手でもなく、次の出走表だった。返ってきたのは、もう走る場所はないという答え。そんな久美子の前で、十九歳の新人・夏子は「私は来年も勝ちたい」と訴える。仕事、家族、怪我、そして失われた競走の舞台。走ることを諦められない女たちは、それぞれの暮らしを背負いながら、新しい一歩を探し始める。時代|歴史|昭和|ミステリー3.0万字5 198 -
完結第15話
姉の身代わりで嫁いだら、冷酷当主の本命でした
家族に冷遇され、姉の身代わりとして“冷酷な当主”のもとへ嫁がされた澄乃。しかし初対面で、偽りの花嫁だと見抜かれてしまう。 追い返される覚悟をした澄乃に、静は「お前で構わない」と告げる。さらに帳簿を読む彼女の才能と、恐れながらも嘘をつかなかった誠実さを認めていく。歴史|昭和|ミステリー|夫婦|第二の人生2.0万字5 689 -
完結第12話
昭和44年、終電後に消えた駅員――28年目に見つかった記録
昭和44年、長野県の小さな駅で働く杉原修一は、最終列車を見送った夜、8万6,400円の現金とともに姿を消した。父を泥棒と呼ばれながら育った娘の美緒は、28年後、取り壊しが決まった駅舎で古い駅務日誌を発見する。そこには、父が終電の55分後、赤いランプを持って七号橋へ向かったという不可解な記録が残されていた。運休したはずの貨物列車、書き換えられた帳簿、沈黙を守る関係者たち。父はあの夜、何を知り、なぜ帰ってこなかったのか。昭和の小駅に封じられた28年間の謎を追う、家族と真実の物語。時代|歴史|昭和|ミステリー|真実2.9万字5 335 -
完結第12話
雨宮停留所の黄色い傘
私は六十二歳。幼いころから、ときどき人には見えない姿や声を感じることがある。 山梨の小さな町で叔母の家を片づけていたある雨の日、廃止された停留所の水たまりに、黄色い傘を差した少年が映った。 そこで出会った老女は、四十年近く前に失踪した息子を今も待ち続けているという。 「まだ帰れない」 少年が残した言葉を手がかりに調べ始めると、破り取られたバスの運行日誌、隠された手紙、そして家族が長年伏せてきた秘密が浮かび上がる。 あの少年は、いったい何を伝えようとしているのか。日常ホラー|ミステリー|真相|親子関係2.2万字5 329 -
完結第13話
疎開から戻った娘が、再び村へ帰りたがった理由
昭和二十年の秋。戦争で夫と家を失った文江は、集団疎開から戻った十二歳の娘・幸子と、焼け跡の東京でようやく再会した。 ところが三日後、娘は突然「あの村へ帰りたい」と言い出す。母との暮らしを喜んでくれると思っていた文江は、深く傷ついた。 やがて娘の行李から見つかった一通の手紙。そこには、長野の農家で暮らす九歳の少女・千代との、切実な約束が隠されていた。 自分たちの生活さえ苦しい母娘は、その約束にどう向き合うのか。戦後の厳しい暮らしの中で、家族の絆と本当の居場所を見つめ直す、心温まる物語。時代|歴史|昭和|ミステリー|親子関係2.8万字5 262 -
完結第10話
13年前に消えた娘が、元隣人のSNSにいた
2009年、自宅から忽然と消えた四歳の娘・くるみ。母のえみは、娘の部屋を十三年間そのまま残し、帰りを待ち続けていた。 失踪から十三年後、元隣人のSNSに十七歳の少女が写る。成長した娘に似た顔、同じ三日月形のあざ、そして少女の名前も「くるみ」だった。ミステリー|夫婦|真実|真相|親子関係1.6万字5 248 -
完結第16話
雪の空港で消えた四人と第七格納庫
1989年のクリスマスイブ、北海道の空港から四人の客室乗務員が姿を消した。車には荷物と靴だけが残され、手掛かりのないまま35年が過ぎる。 2024年、解体中の旧格納庫で隠し部屋が発見され、事件は再び動き始めた。浮かび上がったのは、空港内部を熟知し、彼女たちを密かに監視していた元整備士だった。ミステリー|真実|真相1.9万字5 1188 -
完結第14話
七年後、屋上で見つかった妻の秘密
1993年、鹿児島。自治会の帳簿を整理していた主婦・ミキは、過去の火災復旧費に不自然な水増しを見つける。調査を始めた直後、彼女は遺書とバッグだけを残して姿を消した。 投身とされた事件から七年後、マンション屋上の封鎖された旧貯水槽から、ミキと一致する人骨が発見される。ミステリー|真相|行方不明2.1万字5 425 -
完結第13話
成人式に消えた母と十三着目の振袖
2014年の成人式当日、貸衣装店から母・奈津子が消えた。店の960万円もなくなり、共に姿を消したカメラマンとの逃避行が疑われる。娘の紗季に残されたのは、「今日は署名をしないで」という謎のメモだけだった。 10年後、閉店する店の倉庫から、記録にない「13着目の振袖」が見つかる。その裾には、若い女性たちの名義で作られた高額ローン契約書と、母が隠した証拠が縫い込まれていた。ミステリー|真実|行方不明2.3万字5 379