みかん小説
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"床下の学級日誌" 第1話

19954。福岡の沖に浮かぶ相島では、菜の垣の隙まで黄く染め、潮を含んだが細いを吹き抜けていた。本と島を結ぶ連絡に数便しかなく、が荒れれば簡単に欠航する。島に暮らす々にとって、が止まるということは、世界との境目がだけに引かれるようなものだった。

その、島で唯さな分に、の若い教師が赴任してきた。

藤野理子、26歳。

肩までの髪をろで束ね、きなボストンバッグを両で抱えて連絡からりてきた理子を、港では分の子どもたちと数の島民が待っていた。全児童は11しかおらず、1から6までがつの教で学ぶ複式学級だったため、理子は国語も算数も図も体育も、ほとんどで受け持つことになる。

「藤野理子です。分からないことばかりですが、よろしくお願いします」

げる理子を見ながら、港の堂「浜乃」を切り盛りするは、隣にいた漁師へ声で言った。

「真面目そうな先やねえ」

島の々は、最初から理子を歓迎していたわけではなかった。都会から来た若い教師は、島の便さに耐えられず、1か2で本へ戻ってしまうことが珍しくなかったからだ。買い物をするなく、夜になれば灯のないは真っ暗になり、が続けばすら来ない。

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若いにとって、島の暮らしは決して楽なものではなかった。

ところが理子は、赴任したその週から島民たちの予を裏切った。

授業が終わると、軒ずつ子どもたちのへ挨拶に回った。畑仕事をしている祖母を見つければ坂り、「いつもお孫さんに助けてもらっています」とげ、漁から戻った父親には港で魚を運ぶのを伝った。島の言葉が分からず聞き返すこともかったが、分からないまま笑ってごまかすことはしなかった。

「先、そげんだらけにならんでもよかとに」

ある、畑の取りを伝う理子に老婆が呆れたように言うと、理子は額の汗をの甲で拭いながら笑った。

「子どもたちが毎このを歩いて学まで来てるんですから、私もこれくらい歩かないと」

そんな性格だった。

の朝はい。理子は子どもたちが登する30分以には窓をけ、机を拭き、黒板をきれいにしてから、そのの教材を分並べた。1し算を教えるに6には文章題を解かせ、3が漢字練習をしている横で5の理科を確認する。慣れない頃は昼休みになっても教材を抱えてり回っていたが、議と子どものでは苛った顔を見せなかった。

分からない問題をに泣きそうになった子がいれば、理子は子の横へしゃがみ、目のさをわせた。

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「できないんじゃないよ。まだ分からないだけ」

そう言って、同じ問題を違う方法でもう度説した。

6だった賀健太は、そんな理子をよく覚えている。

11歳だった健太は、児童のでは最で、の世話を任されることがかった。父親は漁師で、学が終われば網の入れを伝わされるため、本の同代の子どもよりびていたが、理子のでは相応のに戻れた。

「健太君、先がいないは頼むね」

「また俺?」

「だって番頼りになるもん」

そんなことを言われると、文句を言いながらも嬉しかった。

放課、理子は子どもたちを連れてよく浜へた。貝殻を拾ったり、流を集めて作をしたり、潮だまりにいるさな蟹を観察したりした。教科だけが勉ではないというのが、理子の癖だった。

子どもがきれいな貝を見つけて持ってくると、理子は必ずを止めた。

「先、これ!」

「わあ、本当にきれい。に透かすとし桃だね」

ただ「きれいね」と答えるのではなく、その子が見つけたものを緒に見ようとした。そのさな違いが、子どもたちには嬉しかった。

島の々も、いつのにか理子を「都会から来た先」と呼ばなくなった。

浜乃の澄は、理子が仕事帰りにへ顔をすたび、煮魚や漬物を持たせた。

「先やろ。

ちゃんとべよると?」

べてますよ」

「昨の晩は?」

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