"退職祝いは離婚届" 第4話
で笑った。
真由美は料理を作るのが嫌いではなかった。
ただ、自宅で38作ってきた料理とは違い、客から直接「おいしかった」と言われることが鮮だった。
最初の料はわずかだった。
それでも自分の座へ振り込まれた数字を見ると、久しぶりに会社員だった頃をいした。
俊夫からは毎のように連絡が来た。
《いつ帰る》
《婚は認めない》
《度話しおう》
真由美は最初の週、ほとんど返事をしなかった。
嫌いだからではない。
声を聞けば、また説しなければならないからだった。
俊夫はきっと言う。
俺も悪かった。
これから変わる。
旅へこう。
おの好きなことをすればいい。
全部、真由美が何度も像した言葉だった。
そして以の自分なら、その言葉を聞けば帰ったかもしれない。
今は帰りたくなかった。
真由美がをて週ほどした頃、由紀が言った。
「黒田さん、来てるよ」
厨で葱を切っていた真由美はを止めた。
「誰?」
「旦さん」
の窓からを見る。
本当に俊夫がいた。
紺のジャケット。
見慣れた鞄。
駐ので、へ入るかどうか迷っている。
真由美はため息をついた。
「所教えた?」
「教えるわけないでしょう」
「彩だ」
すぐ分かった。
俊夫はへ入ってきた。
由紀が客として席へ案内した。
「いらっしゃいませ」
真由美は普通に言った。
広告
俊夫が傷ついた顔をした。
「そんな言い方するなよ」
「仕事だから」
「今終わったら話せるか」
「しなら」
俊夫は定を注文した。
鶏肉と根菜の煮物。
俊夫のでも何度もべた料理だった。
べながら、々厨の真由美を見ている。
昔なら気づかなかった。
今は線が分かる。
仕事が終わった午3半。
はくの川沿いを歩いた。
初のがたかった。
俊夫が先に言った。
「帰ろう」
真由美はを見たまま答えた。
「帰らない」
「いつまでってるんだ」
「ってないって言ったでしょう」
「だったら何で」
俊夫の声に苛ちが混じった。
真由美は歩みを止めた。
「俊夫さん」
「何だ」
「私があなたを嫌いになったからたとってる?」
「違うのか」
真由美はし考えた。
「嫌いじゃないよ」
俊夫の顔が瞬るくなった。
その表を見て、真由美は胸が痛んだ。
「じゃあ」
「好きだったから、ずっと待てたんだとう」
俊夫の表が止まった。
「だった?」
「今も嫌いじゃない。でも、それと緒に暮らしたいかは別」
俊夫には、その違いが理解できていないようだった。
「旅ならこう。だって予約する。今でもいい」
真由美は首を振った。
「そういうことじゃない」
「じゃあ何なんだよ」
「にきたいんじゃなかったの」
俊夫は黙った。
「あなたと約束して、できたかったの。30に」
真由美はし笑った。
広告
「今はもう、でもける」
俊夫の顔が歪んだ。
「そんな言い方するなよ」
「事実だから」
はまた歩いた。
俊夫は何度か言葉を探していた。
「俺、そんなにひどい夫だったか」
真由美はすぐ答えなかった。
「ひどくはなかったよ」
「じゃあ」
「だから難しいの」
俊夫は妻を見た。
「暴力もない。浮気もない。活費も入れてくれた。彩のこともかわいがったし、私の母がくなったも葬儀に来てくれた」
「当たりだろ」
「そう。当たりのことは全部してくれた」
真由美は静かに続けた。
「でも、私と何かすることだけは、いつも最だった」
俊夫は何も言えなかった。
帰り際。
「婚届、いて」
真由美はもう度言った。
俊夫は首を振った。
「まだ無理だ」
「そう」
「くれ」
その言葉に、真由美はし笑った。
「また?」
俊夫はそのに気づいた。
何も言えなくなった。
俊夫が曇野から戻って週、枚の写真を見つけた。
真由美が始めたSNSだった。
彩から「お母さん元気だから配しないで」と送られてきたページを、何となく何度も見るようになっていた。真由美自はほとんど投稿しないが、堂の由紀が写真を載せている。
そのの枚。
ので、真由美がの男と笑っていた。
60代くらい。
背がく、に焼けた顔。
作業着。
投稿文には、
《古い縁側を直してくれた浩君。の同級3、40経っても喧嘩は同じ》
とあった。
俊夫の胸がざわついた。
浩。
聞いたことのない名だった。
の同級。
真由美は昔の友について、ほとんど話さなかった。
広告
おすすめ作品
-
完結第15話
風呂を禁じた義母と、家を出た嫁の反撃
由香は出版社で働きながら、無職になった夫・正斗を支え、家計も家庭も一人で背負っていた。 しかし、義母・松恵が突然同居を始めると状況は一変する。家事や生活費を押し付けられ、深夜帰宅した由香に対して「文句があるなら稼いでから言え」と言い放つ義母。 限界を迎えた由香は、静かに決断する。 「では今後は、すべて夫に払わせますね」 その一言を境に、崩れかけていた家族の関係が動き始める。 さらに、義母が持ち込んだ大量の段ボールの中から発見された怪しい情報商材。そして隠されていた家族の秘密。 由香が離れたことで、夫は初めて自分が逃げ続けていた現実と向き合うことになる。 奪われた時間、壊された信頼、そして明らかになる義母の本当の目的――。 一人で耐え続けた妻が、自分の人生を取り戻すために選んだ静かな反撃が始まる。怒り|嫁姑|夫婦|修羅場2.2万字5 618 -
完結第17話
夫と実母に裏切られたので、静かに二人との縁を切りました
夫の不倫を知った香織に、実母・静が突きつけたのは慰めではなく、「あなたが離婚すれば丸く収まる」という残酷な言葉だった。母は、自分が暮らすマンションの家賃を今後も払うという夫の約束と引き換えに、娘を切り捨てたのだ。 十七年間信じた夫と、長年支えてきた母。二人の密約を知った香織は、その場で離婚届に判を押し、母とも絶縁する。そして自分名義だった母の部屋を解約し、家族を支えてきた金と信用を静かに引き揚げていく。 ところが七日後、元夫の代理人弁護士から一本の電話が入る。夫は香織の同意を偽り、離婚後も彼女に契約責任を背負わせようとしていたばかりか、亡き父から相続した預金にまで手を伸ばしていたという。 消えた三百万円、不倫相手と設立された会社、そして母がどうしても香織名義の部屋を手放せなかった理由。裏切った二人が守ろうとしていた秘密を調べるうち、香織は、夫と母さえ互いの本当の目的を知らないまま手を組んでいたことに気づく。 娘を犠牲にすれば、すべて丸く収まるはずだった――。しかし香織が契約と通帳を一つずつ整理し始めた瞬間、その歪んだ同盟は内側から崩れ始める。嫁姑|夫婦2.6万字5 1215 -
完結第12話
寝室のベッドの下に隠されていたもの
寝室のベッドの汚れが気になり、清掃業者を呼んだ高島怜奈。 ところが、六年間動かしていなかったベッドの裏から見つかったのは、枕元へ向けられた小型カメラとマイク、そして謎の装置だった。 さらに奥には、叔母から相続した一億八千万円の財産資料と、怜奈の日常を細かく記した〈生活能力観察記録〉が隠されていた。 頭痛、物忘れ、薬を飲んだ時間、夜中に起きた回数――。 半年間、自分でも「最近おかしい」と感じていた症状まで、なぜかすべて記録されている。 そして最後に残されていたのは、夫の筆跡による一文だった。 〈本人が自己管理不能と認めた段階で、委任状へ署名させる〉 十二年間信じてきた夫の優しさは、本当に愛情だったのか。 ベッドの下から始まった小さな違和感は、やがて怜奈の財産、仕事、そして「自分の記憶」さえ奪おうとする長年の計画へとつながっていく。夫婦|裡の顔2.2万字5 169 -
完結第20話
50歳の再婚、披露宴で知った夫の嘘
「玲子さん、仕事は辞めて、明日から私の介護をよろしくね。息子がそう約束してくれたの」 五十歳で迎えた再婚披露宴。 姑が満面の笑みでそう告げると、親族から拍手が起きた。 隣の夫は否定せず、青ざめた顔で目をそらした。 私は何も問い詰めず、マイクを握り、夫から届いたメッセージを読み上げた。 《仕事は絶対に辞めなくていい。母との同居も介護の押しつけもしない》 その夜、私は新居へ行かず、自分のマンションへ戻った。 翌朝、勤務先から連絡が入る。 夫の会社が、私の退職証明と「親族介護専従手当」を勝手に申請していたのだ。 さらに区役所で確認すると、私の住民票は偽造委任状によって新居へ移され、書類上、私はすでに“無職の被扶養者”にされていた。 その直後、姑から電話がかかってきた。 『玲子さん、助けて……正人が、私の五百万円を全部持っていったの』嫁姑|夫婦|介護2.1万字5 426 -
完結第18話
夫は私を最低な妻として配信していた
夜勤明け、同僚から見せられた動画には、家族へ暴言を吐く“私”が映っていた。 《看護師の妻、夜勤後に家族へ八つ当たり》 再生回数は百二十万回。投稿者は夫だった。 私の言葉は前後を切り取られ、十四歳の娘まで台本を読まされていた。 帰宅して問い詰めると、夫は悪びれずに言った。 「動画を公開されたくなければ、娘の親権を争わないと約束してくれ」 家を調べると、台所や廊下から四台の隠しカメラが見つかった。 さらに夫は、虐げられた父親を演じ、広告や寄付で一年に一千三百万円以上を得ていた。 そして次回予告には、私が娘へ暴力を振るった“決定的証拠”を公開すると書かれていた。 しかし、削除されたメモリーカードを復元すると、映っていたのは泣く娘へ台本を渡す夫の姿だった。 「もう一度。今度は『お母さんに叩かれた』と言って」夫婦|裡の顔2.4万字5 346 -
完結第18話
ただの経理パート
「君の仕事は誰にでもできる。今日で辞めてもらう」 結婚二十八年。夫は社員全員の前で、私を“週三日の経理パート”として解雇した。 代わりに経理責任者となったのは、夫が連れてきた三十四歳の女性顧問。 私は退職届に署名せず、会社の鍵だけを置いて帰った。 ところが翌朝、売上の六割を占める主力取引先三社が、一斉に新規発注を停止した。 夫は私の報復だと騒いだが、通知に書かれていた理由は―― 《安全監査資料の重大な欠落》 新しい顧問が、都合の悪い事故記録を削除していたのだ。 さらに調べると、私は会社案内だけでなく創業者名簿からも消され、二千万円を出資した記録まで書き換えられていた。 役員を外す書類に残された私の署名。 その作成日、私は手術を受け、病院から一歩も出ていなかった。職場逆転|夫婦1.8万字5 403 -
完結第12話
娘の就職祝いで夫は私を泥棒と呼んだ
「会社から二千万円を移しました。見つかる前に、帳簿も処分します」 娘の入社祝いの席で、夫は“私の声”が入った録音を再生した。 義母にはワインを浴びせられ、夫からは離婚届を突きつけられた。 「今日署名すれば、警察には届けない」 録音日時は三月十四日、午後八時十二分。 けれどその時、私は病院の手術室で全身麻酔を受けていた。 さらに翌朝、娘の携帯には、私のアカウントから送られた覚えのないメッセージが残っていた。 調べると、消えた二千万円の送金先には義母名義の会社があり、入社したばかりの娘まで五千万円の補助事業の責任者にされていた。 そしてある夜、娘が突然姿を消す。 会社の経理室に残されていたのは、娘の実印が押された一通の自白書だった。 《二千万円の送金は、すべて母の指示で行いました》夫婦|金銭問題1.3万字5 318 -
完結第13話
妹に夫を譲れと言われた結婚式の翌朝
同窓会で再会した幼馴染の秋と結婚したありさ。だが、昔から姉を敵視する妹・百合は「秋は本当は私と両思いだった」と言い張り、父まで巻き込んで二人の結婚を妨害し始める。 そして結婚式の翌朝、百合は突然「秋の子を妊娠した」と告白。父はありさに離婚して夫を妹へ譲れと迫る。ところが妊娠時期を聞いた瞬間、ありさと秋は揃って大爆笑した。その二か月前、秋には百合の主張を根底から覆す、決定的な医療記録が残っていたのだ――。兄弟姉妹|夫婦|真相2.0万字5 1624 -
完結第11話
両親を亡くした私が旅行から帰ると、実家が消えていた
両親を相次いで亡くした美穂に、夫・雅也が突然、一週間の温泉旅行を贈った。初めて見せた思いやりを信じて家を空けた美穂だったが、帰宅すると、思い出の詰まった実家は跡形もなく解体されていた。 雅也は土地を売り、その金で義実家を二世帯住宅にするつもりだった。しかし美穂が遺産を相続したというのは、三人の勝手な思い込みだった。名義変更前の家を無断で壊し、所有者の承諾書まで偽造した疑いが浮上する中、美穂は両親の思い出を奪った夫と義両親への反撃を始める。因果応報|嫁姑|夫婦|金銭問題1.7万字5 987 -
完結第12話
浄水器の異物から、夫の秘密が暴かれた
八か月前から原因不明の頭痛と吐き気に悩まされている美央。病院を巡っても異常は見つからず、夫・公平と義母・悦子は、仕事を辞めて療養するよう優しく勧めていた。父から相続した自宅と賃貸ビルの管理も夫に任せればいい――二人の気遣いを信じ、美央は自分の心が弱いせいだと思い始めていた。 ところがある日、交換したばかりの浄水器が異常を知らせる。点検に訪れた作業員が内部を開けると、正規のカートリッジは別物とすり替えられ、飲料用ではない物質が詰め込まれていた。さらに玄関の開錠記録と防犯映像から、美央の出張中に工具袋を持った義母が二時間近く家へ入っていたことが判明する。 安全な場所へ避難した途端、八か月続いた症状は急速に消えていった。分析で検出されたのは、長期間摂取すれば臓器に障害を残す危険のある特殊な工業薬品。その入手記録には、妻を心配し続けていたはずの公平の署名が残されていた。 多額の借金を抱えた公平は、美央の判断力を奪い、父の遺したビルを処分するための委任状まで準備していた。しかし押収された端末を調べると、計画は財産だけでは終わっていなかった。生命保険の受取人変更まで相談していた相手は、美央が体調不良について最も信頼し、何度も助けを求めていた人物だった。夫婦|真実|真相|修羅場1.8万字5 487