"手書きの時刻表" 第2話
机の隣には、本部から届いたばかりの印刷刻表が置かれている。活字は読みやすく、列の到着刻も発刻も正確に理されていた。
「田さん、まだきで刻表を作っているんですか?」
「ああ」
「正式なものが本部から届いていますよ。き写しても同じではありませんか」
田は鉛を止めなかった。
「同じではない」
「どこが違うんです?」
「これは駅のために作っているものじゃないからな」
田はようやく顔をげ、しだけ笑った。
「ここを使うのための刻表だ」
は、が分からなかった。
刻表は列を利用するのためにある。印刷されたものも田のきも、数字が同じなら役割は変わらないはずだった。
古い習慣を捨てられないだけではないか。
はそう考えたが、にはさなかった。
田のノートの余には、そのも列とは関係がないように見える言葉がき加えられていた。
〈513 田フミさん、病院〉
〈518 トヨさん、朝〉
〈524 川正、模擬試験〉
がその文字のをるのは、まだ先のことだった。
が川駅へ来て1かが過ぎる頃には、のもほとんど消えていた。駅舎の裏では蕗が伸び、ホーム脇の桜が遅いを咲かせている。
仕事に慣れたは、川駅の非効率な部分が目につくようになった。
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切符の庫は田が古い帳面へきしている。利用者からの問いわせも、ほとんど記録に残さずので処理していた。
待の掲示板には、田が墨でいた乗り換え案内が貼られている。本部から送られた美しい印刷物があるのだから、張り替えればよいのにとった。
「田さん、これも古い報ですよね」
は掲示板のを指した。
そこには、本線の乗換駅で売へ寄るは、次のホームまで7分必だとかれていた。正式な乗り換えは4分とされている。
「本部の案内では4分です。利用者が迷いますから、直した方がいいのではありませんか」
「階段をれるなら4分だ」
田は切符を数えながら答えた。
「だが川から町へるには、の悪い寄りもい。荷物を持って階段を渡れば7分は見た方がいい」
「それなら、個別に説すれば済みます」
「説できるばかりではないだろう」
は納得できなかった。
駅員の仕事は、正確な報を公平に伝えることだ。利用者ひとりの事へわせて数字を変えれば、かえって混乱を招くとった。
そのの午、国鉄支局から駅務代化の担当者が察に来た。
担当者は事務を見回し、古い帳簿やきの掲示物へ難しい顔をした。
「川駅でも、今は本部の式へ統してください。
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利用者報を駅ごとに独自管理すると、担当者が交代したに引き継げません」
は、その見に頷いた。
田は反論しなかった。
ただ、きのノートだけは机の引きしへしまい、察が終わったも処分しなかった。
「田さんも、変えるべきところは変えた方がいいですよ」
が言うと、田は窓のへ目を向けた。
ホームでは、トヨがきな籠を抱えて列を待っていた。籠には朝採った蕨や筍が入っている。
「君、あのがどこへくか分かるか」
「り列で央駅でしょう。切符を見れば分かります」
「何のためにく」
「そこまでは、駅員の仕事と関係ありません」
田はさく息を吐いた。
「そうかもしれんな」
その返事にはりも失望もなかった。
はかえって居の悪さを覚えた。
翌週、田が非番のに、トヨが駅へ来た。
いつものように籠を背負い、午912分の列へ乗ろうとしている。は切符を渡し、通り改札を通した。
ところがそのの午、は予定よりい列で戻ってきた。
「へかれたのではないのですか?」
が尋ねると、は疲れた顔で首を振った。
「今は休みだったよ。今から催が変わったんだとさ」
「それは残でしたね」
「田さんなら、先週教えてくれたんだけどねえ」
は責めるようには言わなかった。
しかし、の胸にはさな棘が残った。
田はの催まで覚えていたのか。それとも、本から事に聞いていたのだろうか。
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