"手書きの時刻表" 第3話
次の、勤した田は、が無駄を踏んだことをると、すぐにの事務所へ話をかけた。変更された催を確認し、待の掲示板へきな文字できす。
「正式な鉄報ではありませんよね」
はわずにした。
「そうだな」
「それでも駅に貼るんですか?」
「のために列へ乗るがいる。なら、この駅には必な報だ」
田はを置き、を見た。
「刻だけが正確でも、目へ着いてすることがなければ、そのにとっては役にたん」
は反論できなかった。
けれど、それでも田の方法を認めたわけではない。
利用者の事をすべて覚えるなど、1の駅員に依しすぎている。田がいなくなれば、その仕組みは終わる。
はむしろ、だからこそ械化と統が必なのだと考えた。
その考えが揺らぎ始めたのは、梅に入った頃だった。
川町を流れる川がで増し、の部が通止めになった。バスは運休し、列にも遅れがた。
午4過ぎ、待へ学のが駆け込んできた。
「駅員さん、母ちゃんが帰ってこないんです」
の母は、隣町ので働いていた。通常なら午338分の列で戻るが、そのはのため本線との接続が乱れている。
は本部へ話し、運状況を確認した。
「次の列は、到着刻が未定です」
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正確に答えたつもりだった。
だがは、さらにそうな顔をした。
「母ちゃん、向こうの駅で待ってるんですか?」
「こちらでは分かりません」
その、奥から田がてきた。
「健太、お母さんは製材所のたちと緒だ。へ話して確認した。央駅の待で待っているから配するな」
の顔から、緊張が消えた。
田はきのノートをき、別の線と臨バスの報を確認した。
「午6の代バスへ乗れるそうだ。川へ着くのは7半頃になる」
が本部の刻表を見ると、その代バスはまだ記載されていなかった。田は央駅の旧の駅員へ直接話し、現の状況を聞いていたのだ。
は何度もをげ、へ戻っていった。
「君」
田はノートを閉じた。
「『未定です』が正しいもある。だが、正しい言葉だけでは、のはなくならんこともあるんだ」
はに濡れたホームを見つめた。
その初めて、田のき刻表に記されているものが、単なる数字の写しではないことを識した。
7になると、川駅には休みをにした学たちのるい声が響いた。都会へ学した若者が盆に帰るための切符を買いに来る方、町をたことのない老は、複雑な乗り換えを田へ尋ねた。
田は切符を渡すだけでは終わらない。
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どの駅でり、どの階段を使い、何番ホームへ向かうのか。必であればへきな文字でき、相の着のポケットへ入れた。
「なくしたのために、同じものを鞄にも入れておきます」
そう言って、2枚用することもあった。
は、その対応を非効率だといながらも、以ほどややかには見なくなっていた。
あるの昼休み、田が堂へかけた隙に、机のへ置かれたノートがでいた。
は閉じようとして、そこにかれた文字へ目を止めた。
〈野さん 夜勤けは居眠り注。に声かけ〉
〈川由紀 曜は部活。最終列に乗ることがある〉
〈トヨさん 籠がいは、反対ホームまで伝う〉
〈田フミさん 病院のは帰りに疲れている。子を空けておく〉
列の刻だけではなかった。
利用者の活と、駅員が気を配るべきことが、細かな文字で並んでいる。
そのに、自分の名も見つけた。
〈君 京から赴任。械と計算にい。無理に急がせず、川のやり方を自分で見つけてもらう〉
は急いでノートを閉じた。
自分が見していた老は、の考えを否定するのではなく、理解しようとしていた。
田が戻ってくると、は何も見なかったふりをした。しかし午の業務も、ノートにあった言葉がかられなかった。
「田さんは、いつからあのノートを作っているんですか?」
仕事が段落した頃、は尋ねた。
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