"家族席から外された弟" 第3話
表の角が折れ、何ページかに透な付箋が貼られている。柚子鶏そぼろのページには、コピーのガラスに押しつけたような黒い筋が残っていた。
「母さんは、私の留守に鍵を使って入ったのか」
母は線を落とした。「族なんだから、棒みたいに言わないで」
「鍵は由佳が入院した、澪を迎えるために渡した。今返して」
「章平!」と兄が机を叩いた。「舗にはも駅ビルも関わっている。いま揉めれば違約がる。おまえに払えるのか」
「契約したのは誰だ」
「会社だ。おまえは従業員なんだから従え」
兄は、来週からシフトを週に減らすと言い残した。母は鍵を置かなかった。私はが帰ったあと、管理会社へ連絡して鍵の交換を依頼した。
午、域の労働相談窓へった。相談員は、族経営でも雇用の実態があれば労働や賃の問題は別に考えられるが、過の全を直ちに認めさせられるとは限らないと説した。証拠を理し、まず会社へ勤務記録と雇用条件の示を求めることになった。
帰宅すると、澪が青いノートを読んでいた。妻の字の横には私の字があり、そのに幼い澪が描いた柚子の絵がある。
「お母さんの、取られちゃうの?」
私はすぐに「取られない」とは言えなかった。料理の材料や順だけなら、同じようなものは世のにいくらでもある。
広告
レシピそのものを、簡単に自分だけの権利だと言い切ることもできない。
「は、だけでできていない。でも、誰が作ったかを嘘にさせない方法は探す」
その夜、駅ビル運営会社のウェブサイトを確認すると、《MUSUBI KITCHEN》の者紹介が公されていた。発責任者の欄には兄ではなく、私の名があった。
瀬章平――名会社で商品発を経験し、現は株式会社よし取締役兼統括料理。
どちらも事実ではなかった。私は会社に勤めたが、商品発ではなく現の調理主任だった。そして《よし》の取締役になった覚えは度もない。
翌、私は兄へ話せず、法の登記事項証を取得した。そこに取締役として記載されていたのは、兄の雅と兄嫁の恵理だけだった。父は相談役という名目で、法な役員ではない。駅ビルの紹介文が単なる誤記なのか、審査資料にも同じ経歴が使われているのか、それだけでは分からなかった。
私は担当者へメールを送った。自分の氏名と経歴が本の確認なく掲載されているため、どの提資料に基づく記載か確認したいと簡潔にいた。族の争いを訴える文章にはしなかった。
返事はそのの夕方に来た。担当者は驚いた様子で、掲載を止し、事業者へ事実確認をすると答えた。
広告
ただし契約内容は会社との守秘義務があり、私へそのまま示できないという。当然の対応だった。
同じ頃、では混乱が続いていた。久美子によれば、兄は凍品を増やして数を揃えたが、介護施設か所から煮物がいと連絡があった。私は配達先へ勝に接触しなかった。辞めてもいない従業員が会社の顧客を奪うようなをすれば、問題の焦点がずれる。
その代わり、過の資料を理した。与細では週分しか支払われていないに、私の帳では百を超えていた。ただし父の通院付き添いや自宅での試作まで労働と扱えるかは別問題で、すべてが未払い賃になるわけではないと相談員にを押された。
「気に全部取り返そうとすると、かえって話がくなります。勤務を命じられた、会社が把握していたから分けましょう」
私は悔しさを数字へ変える作業を始めた。朝に兄へ送った炊飯完の写真、配達の運記録、業務用チャット、警備会社の入退履歴。分は残っていなかったが、直分だけでも、帳簿の勤務との差は確だった。
、父から話があった。言葉がにくい父は、「に、来い」とだけ言った。私は営業にで向かった。
父は厨の子に座り、兄と母がにっていた。
兄嫁の恵理は事務所で誰かと話している。テーブルには《職務経歴確認》とかれたが置かれていた。
広告
おすすめ作品
-
完結第15話
妻の葬儀で老犬が暴いた秘密
妻の葬儀から3日目の夜、元自衛隊三佐の石田隆は、老犬・小太郎の異様な行動に息をのんだ。 後飾り祭壇へ飛びかかった小太郎。その拍子に倒れたろうそくの火が白布へ燃え移り、祭壇の下に隠されていた不自然な床板が露わになる。 そこから見つかったのは、妻・幸子が大切にしていたはずの花瓶と、身に覚えのない不動産書類だった。 階段からの転落事故として片づけられた妻の死。だが、弟夫婦との金銭トラブル、土地を巡る不可解な要求、そして幸子が亡くなる直前に残していた「大丈夫」という言葉が、少しずつ別の意味を帯びていく。 妻は本当に事故で亡くなったのか。 老犬が暴いた床下の秘密をきっかけに、隆は妻が最後まで守ろうとしていた家と、葬儀の陰で隠された真実を追い始める――。夫婦|真相|金銭問題2.2万字5 241 -
完結第19話
「姉は他人」と治療費を拒んだ夫――姑の救急搬送で800万円を求められた私は、通帳を閉じた
48歳の佐藤由美は、病に倒れた実姉・直子の治療と生活のため、夫婦で貯めた口座から120万円を出そうとする。だが夫の浩司は「他人に使う金はない」と一蹴。さらに由美が通帳を確認すると、800万円のうち500万円が、見知らぬ不動産会社へ送金されていた。残る300万円を守った5日後、姑が救急搬送され、浩司は「あの貯金を使ってくれ」と泣きつく。由美が静かに拒むと、夫と姑は直子の家まで売らせようとするが、通帳、LINE、契約書、録音、そして5年前の領収書が、彼らの嘘を次々と暴いていく。夫婦|金銭問題2.4万字5 1382 -
完結第18話
離婚した5日後、私が92億円の都心ビルを相続したと知った夫
父の葬儀が終わった直後、由美は夫・浩司から離婚届を突きつけられた。「介護にかまけて、社長の妻として何もしてこなかった」。さらに夫のそばには、会社の広報を担当する若い女性の姿。28年間の結婚生活を否定されても、由美は泣かなかった。父が亡くなる3日前、病室で託された銀色の鍵と、「浩司君が何を選ぶか黙って見ていなさい」という言葉があったからだ。由美が迷わず離婚届に判を押すと、夫は勝ち誇ったように去っていく。その直後、父の顧問弁護士が現れ、銀色の鍵で小さな金属箱を開こうとする。そこには、父が娘にだけ残した“最後の意思”が隠されていた――。夫婦|金銭問題2.3万字5 6655 -
完結第11話
質屋で知った夫の嘘
離婚の日、元夫・慎介は私の手に結婚指輪を握らせ、冷たく言い放った。 「売って生活しろ」 その一言を憎みながら、私は3年間、貧しい暮らしの中でも指輪だけは手放せずにいた。けれど貯金が尽き、ついに古い質屋へ持ち込んだ日、店主は指輪の内側を見て顔色を変える。 「奥様、お待ちしておりました」 そこには、私の知らない小さな印が刻まれていた。 なぜ元夫は、離婚前にこの質屋を訪れていたのか。なぜ私を突き放しながら、指輪だけを持たせたのか。 憎しみ続けた別れの言葉の裏に、3年間隠されていた真実が少しずつ明らかになっていく――。夫婦|真実|第二の人生|金銭問題1.7万字5 916 -
完結第12話
3万円を払った元タクシー運転手
雨の月命日、64歳の笠原和子は、夫の墓参りへ向かうため一台のタクシーに乗った。 目的地まではわずか5kmほど。ところが運転手はメーターを動かさず、遠回りをした末に、霊園の前で「料金は3万円です」と告げる。 相手は足の悪い高齢女性。文句を言えず、泣き寝入りするとでも思ったのだろう。和子はその場では静かに3万円を支払い、何も言わずに車を降りた。 しかし、運転手は知らなかった。 後部座席に座っていたその“おばあちゃん”が、40年間タクシーとハイヤーの運転席に座り続けてきた元プロの運転手だったことを。 そして彼の声も、名前も、車両番号も、すべて記録されていたことを。 翌日、和子が正式に動き出した時、悪質な運転手と会社が隠してきた過去が少しずつ明らかになっていく――。真相|金銭問題1.8万字5 614 -
完結第20話
遺産は腐った倉庫だけ
父・正一を8年間介護した次男の浩司。しかし遺言で、兄の裕二には家、田畑、預金、車が渡され、浩司に残されたのは荒れ果てた倉庫と、4時20分で止まった腕時計だけだった。兄夫婦に家を追い出され、娘の大学入学金82万円さえ用意できない浩司。四十九日にも仏壇へ入れてもらえず、家族で倉庫に父を供養した時、作業台の奥にある西壁から不自然な音が響く。壁の中から現れた鉄扉と巨大な金庫。父が時計に隠した暗号を解いた時、兄が見下した遺産の本当の価値と、20年前から封じられていた家族の秘密が動き始める。親子関係|介護|金銭問題3.0万字5 436 -
完結第10話
仕送り10万円の行方
父が毎日お茶漬けばかり食べていると知り、美幸は胸がざわついた。 毎月10万円、父のために仕送りしているはずだった。けれど父は、不思議そうな顔でこう言う。 「仕送り? 俺は一円ももらってないぞ」 慌てて銀行へ確認しようとしたその瞬間、そばにいた夫・武志が青ざめ、ガタガタと震え出した。 消えていた毎月10万円。 父の口座ではない振込先。 そして、夫と姉が密かに会っていた理由。 ただの仕送りトラブルだと思っていた出来事は、やがて夫の失職、姉の借金、義母の裏切り、そして家族ぐるみの嘘へとつながっていく。 信じていた家族の本当の顔を知った時、美幸が選んだ答えとは――。夫婦|親不孝|孤獨|金銭問題1.5万字5 1133 -
完結第13話
「異物が入ってる!」老舗そば屋を潰した“32秒の嘘”
東京・深川で「柚香庵」を30年間守ってきた72歳の高瀬澄子。ある日、5人組の客から「そばに異物が入っている」と怒鳴られるが、正体は自家製の柚子薬味に残った種だった。ところが、男たちの目的は食事ではない。1億2000万円相当の土地を1800万円で奪うため、1分41秒の映像を32秒に切り、店主が異物混入を笑ってごまかしたように拡散したのだ。店の評価はわずか2時間で4.7から2.1へ。さらに保健所へ金属片の写真が届き、午前2時17分、閉店後の裏口に人影が現れる。30年分の信用を奪われかけた澄子は、孫とともに記録を残し始めた。職場逆転|金銭問題1.8万字5 349 -
完結第11話
夫から届いた23年分の請求書
23年ぶりに働き始めた51歳の晴美は、初めての給料日を少し誇らしい気持ちで迎えていた。 しかし夫の隆司が食卓に並べたのは、祝福の言葉ではなく、12枚の「生活費精算案」だった。結婚してから自分が支払ってきた生活費の半額、合計1140万円を、これから返してほしいというのだ。 家事も育児も、義母の通院も、家族の予定管理も、すべて「養われていた時間」として扱われるのか。 納得できない晴美は、自分がこの家でしてきたことを記録し始める。すると押し入れの奥から、夫が密かに動かしていた800万円の明細が見つかった。 夫が本当に隠していたものは何だったのか。 そして、23年間の夫婦生活は「借金」だったのか。 一枚の請求書をきっかけに、家族の中で見えないまま積み重なっていた不公平が、静かに崩れ始める――。夫婦|第二の人生|金銭問題1.6万字5 586 -
完結第10話
預けた通帳が消えた日
六十七歳の山田静は、膝の手術費を用意するため、息子夫婦に預けていた通帳を返してほしいと頼んだ。 しかし嫁の美香は、薄く笑ってこう言った。 「お母さん、私たちにお金なんて預けましたっけ?」 夫と二人で魚屋を営み、三十年かけて貯めた老後の資金。息子を信じて渡した通帳も印鑑も、いつの間にか静の手元から消えていた。さらに息子の健一まで、母をかばうどころか「知らない」と目をそらす。 不安を抱えた静が耳にしたのは、預金を使い切ったあと、彼女を認知症扱いして施設へ入れようとする恐ろしい計画だった。 家族を信じ続けた母が、ようやく気づいた真実。 奪われたのはお金だけではなかった。 自分の人生そのものを取り戻すため、静は亡き夫との思い出が残る藤沢へ向かい、静かな反撃を始める――。怒り|親不孝|親子関係|介護|金銭問題1.5万字5 519