"60万円の命の値段" 第7話
「おいおい、バイト警備員が気な利くんじゃねえよ。俺は帝都産業の営業課代理、佐々達也だぞ? うちの貧乏な親父の葬式だからって、見栄張ってこんな派な式借りやがって……。どうせ借まみれのくせによ!」
SPたちは美央からの事の指示通り、過度に取り押さえることはせず、あえて顔を変えずに歩がった。まるで猛獣を罠の奥へと誘導するように、メインホールの両きの扉のをけてみせる。
「チッ、最初からそうすりゃいいんだよ」
達也は勝ち誇った笑みを浮かべ、扉のの取っにをかけた。
彼の脳内には、都の良い絵図が来がっていた。親をくして涯孤独になり、貯も尽きて泣き崩れている無力な妻。そこに「流商社マンの寛な夫」である自分が颯爽と現れ、慈を与えて連れ帰る。そして腰の骨を折って寝たきりになった母親のオムツを替えさせ、事全般を無でやらせる。文句を言えば「誰のおかげで根のあるにめるとっている」とすればいい。
ドォン!
乱暴に押しけられた扉が、壁に激突して鈍い音をてた。
読経の声がピタリと止まった。
堂内に満ちていた百以の参列者が、何事かと斉に入を振り返る。
「おい、美央! いつまでグズグズしてんだ! 迎えに来てやったぞ!」
広告
達也の声が、いドーム状の井に甲く反響した。
彼はで赤い央の絨毯を踏みしめ、悪びれもせずに歩きした。両脇に並ぶ参列者たちのが、自分のスーツとは比べ物にならないほど質であることや、並んでいる輪の送り主が「内閣総理臣」「本総裁」「馬グループ各社」であることなど、彼の節穴の目には全く入っていなかった。
「の程らずに見栄ばっかり張りやがって。こんな無駄なにいくら使ったんだ? どうせ親父の遺産なんて雀の涙だろ! おい、美央、聞こえねえのか!」
達也は祭壇のまでズカズカとみた。
その瞬、彼の界の端に、信じがたい物がび込んできた。
最列の央。般若のような形相で自分を凝している、見慣れた初老の男。
「……え? し、社……?」
達也のが、ピタリと止まった。
「なんで……うちの社が……こんなところに……?」
達也の喉から、の抜けた掠れ声が漏れた。
帝都産業代表取締役社・塚義男。社内では絶対な権力者であり、達也が普段、廊ですれ違うだけで直になってをげるののだ。その塚が、なぜか最列の、もっとも格式のい席に座っている。
しかも塚だけではない。その隣に座っているのは、経済ニュースでしか見たことのない巨財閥のトップたちだった。
広告
「な、なんで……おら、誰だ……?」
達也が狼狽えて周囲を見渡した、そのだった。
カツン、カツン。
凛としたヒールの音が、静まり返った祭壇から響いた。
喪主席から、の女性が静かにちがり、焼台のへと歩みてきた。
漆黒の最級シルクに包まれた、完璧な姿勢の美女。徹なを湛えた瞳、切の揺をじさせない威厳。
「み……美央……?」
達也は目を擦った。そこにいるのは、毎ボロ布のようなエプロンを着け、特売のチラシを握りしめ、自分の顔を窺って怯えていたはずの妻だった。しかし、その纏う空気は、完全に別世界の支配者のそれだった。
美央は達也の歩でち止まり、え切った線で男を見ろした。
「初めまして、佐々達也さん。……いえ、戸籍の夫、と呼ぶべきかしら」
「な……何を言ってんだ、美央! その格好は何だ! どうしておがそこにってんだよ!」
「あなたが『貧乏な親父』と嘲笑い、延命処置の万円を惜しんで見捨てた私の父……」
美央は祭壇の央の遺を、そっと仰ぎ見た。
「そのこそが、馬グループ先代総帥・馬総郎です」
「……は?」
達也の脳髄が、の理解を拒絶した。
「そ、総帥……? 馬……? 嘘だろ……おはただの……貧乏な庭の……」
「私は分を隠してをていました。あなたと普通の、穏やかな庭を築けると信じて。ですが、あなたが守りたかったのは族の絆ではなく、自分よりいの形をいたぶり、支配する浅ましい優越だけでした」
美央は背に控える黒田に線を送った。
広告
おすすめ作品
-
完結第13話
お湯を奪われた嫁
真冬の夜、義母から「安月給の嫁には水で十分」と風呂を禁じられた真理子。三年間、家計と家事を支えながら侮辱に耐えてきた彼女は、その日を境に生活費の負担をすべて停止する。 月九万円と無償の家事が消え、夫と義母の暮らしはたちまち崩れ始めた。そんな中、真理子は床下から亡き義父の黒革の手帳を発見する。 そこには、彼女の生活を守るために遺された二千万円の信託と、虐待があれば義母の居住権を失わせる誓約書が隠されていた。しかも夫は、その金を三年間にわたり遊興費へ流用していた。 お湯さえ惜しんだ親子に突きつけられる、凍結された口座と刑事告訴の可能性。沈黙を捨てた真理子は、奪われた金だけでなく、自らの尊厳と人生を取り戻すため、静かな清算を始める。因果応報|嫁姑|修羅場1.9万字5 7 -
完結第12話
産後5日、家を売られた私の人生やり直し
出産から5日後、生まれたばかりの娘を抱いて帰宅した美緒を待っていたのは、家具も家電も消えた空の部屋だった。夫はマンションを売り、妻の預金860万円を持ち出し、愛人との新生活へ逃げていた。さらに、美緒の署名を偽造した離婚届まで提出されていた。 結婚指輪を売って実家へ帰る切符を買った美緒は、駅で妻の最期に間に合わないと嘆く老人へ、その切符を譲ってしまう。 数日後、老人は企業グループの創業者として美緒の前に現れた。しかも夫が盗んだ金で設立した会社は、老人の会社へ1億2000万円の出資を求めていた。 すべてを奪って勝ったつもりの夫は、まだ知らない。自分の会社の命運が、捨てた妻の手元に集まり始めた証拠によって左右されることを夫婦|裡の顔|金銭問題1.7万字5 16 -
完結第16話
夫の不倫相手の娘を9年育てた私の離婚
「離婚します。息子2人は連れていきます」 そう告げた雪に、夫と義母は11歳の理子まで連れて出ろと言い放った。だが理子は、雪の親戚の子ではない。夫が不倫相手との間にもうけ、9年前に雪へ押しつけた実の娘だった。 血のつながらない理子を母として育ててきた雪。ところが夫は、再び理子の実母と関係を持ち、3人の子どもをすべて雪に背負わせて「自由」になる計画を進めていた。 しかし二人は知らなかった。雪と理子の間に法的な親子関係がないことが、彼らを逃げ場のない立場へ追い込む最大の切り札になることを。嫁姑|夫婦|真相|ATM扱い|親子関係2.4万字5 337 -
完結第20話
置き去り後27分
給与口座の通帳と暗証番号を義母へ渡すよう迫られた美和。拒絶すると、夫は彼女を真冬の国道へ置き去りにし、「怖い思いをすれば折れる」と走り去った。 美和は泣いて追いすがらず、900メートル先のファミレスで夜を明かす。翌朝、夫から届いていたのは41件の着信と、「すぐに戻った」という釈明だった。 だが店を出ようとした美和を、見知らぬトラック運転手が呼び止める。彼のドライブレコーダーには、夫が戻ったのは27分後だったこと、さらに義母との電話で置き去りの目的を語る肉声まで残されていた。 口座を守るための夫婦喧嘩だと思っていた夫。しかし映像が暴いたのは、妻を恐怖で屈服させようとした計画的な支配だった。美和は金だけでなく、自分の人生を決める権利を取り戻すため、24年間の結婚に静かに決着をつける。夫婦|第二の人生|ATM扱い|金銭問題2.2万字5 0 -
完結第15話
午前2時17分、亡き妻が病室を訪れる
午前2時17分。夜勤看護師の由衣は、面会時間を過ぎた病棟で黒いコートの女性を目撃する。 女性が立ち止まったのは、家族との連絡を拒み続ける71歳の患者・久世修一の病室前。だが受付記録にも防犯カメラにも姿はなく、乗り込んだエレベーターからも忽然と消えていた。 修一は女性の特徴を聞くと顔色を変え、10年間疎遠だった娘へ連絡してほしいと頼む。やがて判明したのは、黒いコートが10年前に亡くなった妻・美佐子のものと同じだったこと。そして彼女が息を引き取った時刻も、午前2時17分だった。 妻の最期に間に合わなかった父と、その父を許せなかった娘。再び同じ時刻にエレベーターが開く夜、10年間止まっていた家族の時間が静かに動き始める。ミステリー|夫婦|真実|真相1.4万字5 1 -
完結第20話
妻のスマホに残っていた半年先の「2名様」
妻の美和を亡くして半年。直人は解約できずにいた妻のスマートフォンから、6日後に迫ったレストランの予約を見つける。 予約したのは、亡くなる12日前。日時は何の記念日でもない土曜日の夜で、人数は「2名」。相手を知らされていなかった直人は迷った末、店へ電話をかける。 そこで告げられたのは、美和が封筒を預けていること、そして彼女が来られない場合も、直人だけで料理を食べてほしいという願いだった。 最初の一皿を食べ終えた時、ようやく渡された妻の手紙。そこに記されていたのは別れの言葉ではなく、残される夫が一人でも暮らしていけるように用意された、最初の「練習」だった。夫婦|真相1.9万字5 12 -
完結第11話
夫に4千円を頼んだら、4千万円振り込まれた
母の検査代に必要な四千円すら用意できず、加奈は夫の勇人へ震える声で助けを求めた。ところが直後、口座へ振り込まれたのは四千円ではなく、四千万円。町工場で働き、擦り切れた靴を履き続ける夫が、なぜこれほどの大金を持っているのか。 帰宅した勇人が差し出したのは、十六年前に受け取った未公開株と、巨額買収を証明する書類だった。しかし、手続きは三か月も前から進んでいた。母の病気に苦しむ加奈へ、なぜ彼は何も話さなかったのか。 不信を募らせる加奈の前で、病床の母が静かに告げる。 「この子の秘密は、あんたと結婚する前から知っていたよ」 四千万円より重い、母と夫だけが抱えてきた十六年前の約束とは――。夫婦|親子関係|介護|金銭問題1.6万字5 262 -
完結第13話
兄夫婦を亡くした日、5歳の双子を家族にした
医師の美緒を育て、医学部まで送り出してくれた兄夫婦が、突然の事故で同時に亡くなった。残されたのは5歳の双子。16年前、自分を引き取ってくれた兄への恩を返すため、美緒は二人を育てると決め、婚約者の蓮へ一方的に別れを告げる。 「子供を育てることが、借金返済なのか」 蓮の言葉にも、美緒の決意は変わらなかった。ところが兄夫婦が残した《もしもの時》というファイルには、美緒を最初の相談相手に指定すると同時に、意外な一文が記されていた。 《美緒に一人で決めさせないこと。必ず桜井蓮にも相談する》 受け取った愛情を返すため、自分の幸せを諦めることは本当に正しいのか。二人の子供と婚約者、そして周囲の手を借りながら、美緒が「犠牲ではない家族」の形を探していく物語。兄弟姉妹|夫婦|第二の人生|修羅場2.0万字5 485