"福嫁の逆転茶屋" 第3話
昨まで祝言の嫁だった女が、今朝は袖をえ、髪を簡単にまとめ、すっかり台所のの顔をしている。
ふくよかな指が、驚くほど細やかにいていた。
湯の温度を見る。
急須を温める。
茶葉を入れる。
湯を注いで、きちんとを待つ。
無駄なきがない。
宗介が黙って見ていると、福は気づいて微笑んだ。
「おはようございます」
「ああ」
「ちょうどお持ちしようとっておりました」
さな盆のに茶とい菓子が置かれた。
宗介は座敷へ戻り、向かいに座った福を見た。
「おにいますかどうか」
茶をんだ。
宗介の目がわずかにいた。
うまい。
茶葉そのものは、泡で普段使っているものだった。
それなのにりがまるで違う。
苦みをしすぎず、から甘みが追ってくる。温度もちょうどよく、みしたで微かに柚子のりがへ抜けた。
「どうでございますか」
宗介は「うまい」と言いかけた。
だが、なぜか素直ににできなかった。
「悪くない」
福はしだけ笑った。
「ありがとうございます」
次にい菓子をに取った。
見た目は実にだった。
のようにいだけで、細もなければ箔もない。
べる。
豆の柔らかな甘み。
柚子。
ほんのわずかな塩気。
い甘さではない。
それでもみ込んだ、胸のどこかへゆっくりと残った。
宗介はわず菓子を見つめた。
広告
「これは」
「はい」
「名はあるのか」
福はし恥ずかしそうに答えた。
「『母待ち』といたしました」
「母待ち?」
「母を待つ。または、母が待っていてくれた頃をいす、というでございます」
宗介はのの菓子を見た。
確かに議だった。
ただ甘いのではない。
どこか懐かしい。
子供の頃、父が仕入れにたの、母とで番をした記憶がふと浮かんだ。
母はもうくなっている。
宗介はその記憶を追い払うように茶碗を置いた。
「悪くはない」
それだけ言って、の方へていった。
福は残された菓子を見つめ、しだけ俯いた。
けれど泣かなかった。
泣いている暇などない。
泡が苦しいことは、嫁入りから父に聞いていた。
そののうちに福は台所の棚、材料置き、仕入れ帳までつずつ見ていった。
余っている砂糖。
くなりかけた寒。
売れ残りの豆。
湿気を含み始めた干菓子。
普通なら捨てるものでも、福はすぐには処分しなかった。
指で触り、匂いをかぎ、しだけ舌に乗せる。
「これはまだ使えます」
「こっちは?」
の女が尋ねる。
福は首を横に振った。
「これは駄目です。酸がております」
そして、残った豆を見ながらさく呟いた。
「この子たちは、まだ働けますね」
たまたま台所のを通った宗介が、その言葉を聞いた。
菓子の材料を、まるでのように呼ぶ。
広告
妙な女だ。
そうった。
だが数、その「妙な女」が泡の菓子をきく変えることになる。
福が嫁いできてから、泡の菓子はしずつ姿を変えた。
これまでの泡が切にしてきたのは、目見て美しいと分かる菓子だった。鮮やかな餡を使い、や鳥を細かく形作り、器へ置くだけで客が「これは見事だ」と声をげるようなものがかった。
ところが福の作る菓子は、どれも見すると控えめだった。
。
い。
胡麻をまぶした黒。
淡い茶。
宗介は初めて作を並べて見せられた、わず眉をひそめた。
「これを客へすのか」
「はい」
「すぎないか」
福はるでもなく、つのい菓子をに取った。
「宗介様」
「何だ」
「今の戸で、々は華やかなものを嫌っているのでしょうか」
「倹約の代だ。嫌われても仕方あるまい」
福は静かに首を横に振った。
「私は、違うようにいます」
宗介の顔がし険しくなる。
「何が違う」
「皆様は贅沢が嫌いになったのではありません」
福は菓子を掌へ乗せた。
「見られることを恐れているのです」
宗介は黙った。
「は、美しいものも甘いものも好きでございます。ただ、価な器を見せびらかしたり、豪華な菓子を並べたりすれば、『贅沢をしている』との目に映ります」
「それはそうだ」
「ならば、からは目たなくても、にしただけが分かる贅沢にすればよろしいのではないでしょうか」
福はい菓子をつに割った。
から淡いの餡が現れた。
広告
おすすめ作品
-
完結第13話
エレベーターの7時間
5月7日。 東京の大型デパートで突然の停電が発生した。 妊娠6か月の雪は、8人の乗客とともにエレベーターへ閉じ込められる。 救助が来るまでの7時間、彼女は自分の命よりも先に、高齢者や子供たちを守り続けた。 しかし、扉が開いた瞬間―― 救助隊長である夫・明が最初に抱き上げたのは、妻ではなく元恋人の桜だった。 「私と赤ちゃんは、もう彼を待たない」 意識を失う直前、雪が救助隊員へ託した結婚指輪と最後の言葉。 その日から、夫婦の関係は完全に崩れ始める。 なぜ明は、命の危険にある妊娠中の妻より、別の女性を選んだのか。 そして、10年間信じ続けていた桜との“過去”には、誰も知らない秘密が隠されていた。 救助記録と証言が明らかにした真実。 それは、雪が失ったのは夫だけではなく―― 自分を守るはずだった家族そのものだった。夫婦2.0萬字5 6 -
完結第11話
追い出された私が離婚届を渡した日、夫の人生は崩れ始めた
新築の我が家に突然押しかけてきた義両親一家。 七人もの親族に家を占領され、家事も生活費もすべて押し付けられる日々。さらに夫・進は「養ってやっている」と私を見下し、ついには「お前は赤の他人だ」と言い放った。 限界を迎えた私は、静かに離婚届を差し出す。 しかし、彼らはまだ知らなかった―― 私が本当に失うものなど何もないことを。 そして、夫が隠していた重大な秘密と、一族を待ち受ける衝撃の結末を……。 これは、踏みにじられた妻が、自分の人生を取り戻すまでの逆転劇。兄弟姉妹|嫁姑1.7萬字5 109 -
完結第13話
優しい彼の家族計画
父の死後、支えになってくれた男性・健司と出会う。 彼は優しく、私の悲しみを理解してくれる人だと思っていた。 しかしある日、健司は泣きながら頼んできた。 「姉が夫の暴力から逃げてきた。少しだけ家に置いてほしい」 私は母と相談し、幼い娘を連れた彼の姉を受け入れる。 だが、それは始まりにすぎなかった。 姉は家事も生活費も負担せず、冷蔵庫を勝手に使い、家のことを調べ始める。 そして健司は突然言った。 「姉も家族になる。結婚したら、この家で一緒に暮らそう」 違和感を覚えた私は、姉の過去を調べ始める。 そこで知ったのは―― 彼女はDV被害者ではなかった。 以前にも同じ方法で他人の家に入り込み、生活を支配していたのだ。 さらに健司も、姉を助けるためではなく、最初から私の家を利用する目的で近づいていた。 信じていた優しさは、すべて計算だった。 家を奪われかけた私は、母とともに証拠を集め、法的手段へ進む。 「人を助けたい」という善意につけ込んだ家族の嘘。 失ったものを取り戻すため、私は本当の敵と向き合うことになる――。嫁姑2.0萬字5 33 -
完結第11話
退職金より失ったもの
「退職金は俺が39年間働いて得た金だ。お前には1円も渡さない」 定年を迎えた夫の一言で、39年間家族を支えてきた妻・佳代の心は静かに壊れた。 夫は、家事も育児も介護も、妻がしてきた全てを「家にいただけ」と言い切った。 しかし翌朝、佳代が残した青いファイルを開いた夫は、初めて知らなかった事実を目にする。 そこには、39年間の家計の記録と、誰が何を支えてきたのかを示す証拠が残されていた。 「では、全部清算しましょう」 妻が選んだのは、夫の退職金を奪うことではなかった。 夫婦として積み重ねてきた時間、その価値をもう一度問い直すことだった。 2760万円の退職金よりも先に、夫が失った本当のものとは――。夫婦|退職金|金銭問題|熟年離婚1.7萬字5 189 -
完結第12話
DNA鑑定が暴いた元夫の大きな間違い
出産直後、山野リサは義母から「生まれた娘は本当に息子の子なのか」と身に覚えのない不貞を疑われ、さらに夫・ただしからも信頼を裏切る言葉を浴びせられる。DNA鑑定で親子関係が証明されても、二人は過ちを認めず、リサと幼い娘カナを家から追い出してしまう。 絶望の中、実家へ戻ったリサは両親の支えを受け、母として娘を守る決意を固める。努力を重ねてキャリアを築き、カナと共に幸せな人生を歩んでいた。 8年後、華やかな企業パーティーで再会したのは、落ちぶれた元夫と元義母だった。一方、成長したカナは優秀な少女へと成長し、リサには新たな人生を共に歩む大切な存在がいた。 かつて母娘を捨てた二人は後悔し、許しを求める。しかし、リサは過去に向き合い、毅然と決別する。 愛する娘を守り抜いた一人の母が、傷を乗り越え、本当の家族と幸せを手に入れる再生の物語。嫁姑|真相1.8萬字5 41 -
完結第16話
閉ざされた玄関の暗証番号
田園調布の豪邸で暮らす田中勇気と妻・桜。勇気は一人暮らしになった母・澄子を思い、妹の弓とともに同居を始める。しかし、その優しさは次第に家族の境界線を曖昧にしていった。 勇気が海外出張中、桜は高熱で倒れながらも義母の来客対応を強いられる。初めて「できません」と拒んだ彼女に、澄子は怒りを募らせ、桜本人の意思を無視して荷物をまとめ、家から追い出してしまう。 夫に心配をかけまいと黙って耐える桜。しかし異変を感じた勇気は急いで帰国し、隠されていた真実を知る。 妻を守れなかった自分の過ち、そして母が家族への感謝を「支配する権利」と勘違いしていたことに気づいた勇気は、家族の在り方を見直す決断をする。 本当の家族とは何か。愛情と依存の違いを描く、再生と絆の物語。嫁姑|第二の人生|修羅場2.4萬字5 10 -
完結第13話
余命半年からの再出発
余命を告げられた日、夫は離婚届を置き、息子も「必要なことがあったら連絡して」と距離を置いた。 58歳の桐谷佳代子は、病気だけでなく、33年間築いてきた家族まで同時に失った。 誰もいない台所で一人分の味噌汁を作りながら、絶望の中にいた佳代子だったが、病院で出会った人々との縁をきっかけに、少しずつ自分の人生を取り戻していく。 治療、離婚、家を失う危機。 それでも彼女は、針と糸を手に取り、病気と向き合う人のための帽子作りを始める。 家族に必要とされることでしか自分の価値を感じられなかった女性が、人生のどん底から見つけた本当の生き方とは――。人生逆転|夫婦|第二の人生2.0萬字5 167 -
完結第15話
消えた実印
嫁が実印を隠した本当の理由。 姑が泥棒だと思った相手は、家を守るために動いていた。 70歳の誕生日を前に、仏壇から消えた大切な実印。 前日に家へ来ていたのは、長男の嫁・香織だけだった。 家の売却を調べていた嫁。 勝手に印鑑を持ち出した嫁。 文江は、すべてを裏切りだと思っていた。 しかし、弁護士から届いた一通の書類によって、隠されていた真実が明らかになる。 母の家を売ろうとしていた本当の人物は誰なのか。 そして、嫁が命をかけて守ろうとしていたものとは――。嫁姑|親不孝2.3萬字5 88 -
完結第12話
朝5時の鬼電話
朝5時。 橋本日向のスマートフォンに、義母・京子から鬼のような電話がかかってきた。 「息子と0歳児の娘を放置して朝帰り? あなた、母親失格よ」 しかし日向には、何の覚えもなかった。 生後6か月の娘を育てながら、毎日夫の弁当を作る彼女に、夜遊びする時間など存在しない。 それなのに近所では、 「幼い子供を置いて遊び歩く妻」 という噂が広がっていた。 夫・大輝は妻を信じ、真相を確かめるため実家へ向かう。 そこで見つけたのは―― 日向と同じ服。 日向と同じバッグ。 そして、自分たちの写真を改ざんした証拠。 すべての裏にいたのは、夫の妹・明里だった。 なぜ彼女は義姉になりすまし、人生を壊そうとしたのか。 兄への歪んだ執着。 家族だから許されると思い込んだ狂気。 朝5時の一本の電話から始まった騒動は、やがて夫婦が本当に守るべきものを明らかにしていく。 愛情と執着を履き違えた家族の嘘が、静かな日常を崩していく――。嫁姑1.8萬字5 12 -
完結第13話
実印を押さない母
3年前、「半年だけ」という約束で始まった息子一家との同居。 夫を亡くし、一人暮らしだった67歳の佐伯佳代子は、息子夫婦と孫たちを自宅に迎え入れた。最初は賑やかで温かな暮らしだったが、いつの間にか食事、洗濯、孫の送迎、生活費の負担まで、すべてが佳代子の“当然の役目”になっていく。 そんなある日、息子が何気ない口調で切り出した。 「母さん、この家さ。そろそろ俺の名義にしない?」 家族だから。どうせ将来は相続するから。リフォームのためだから。 そう説明されながらも、佳代子の胸には小さな違和感が残る。そして偶然見つけた一枚の書類には、名義変更後の家の売却と、佳代子を高齢者住宅へ移す計画が書かれていた。 家族のために黙ってきた母が、初めて自分の人生を選び直す。 名義変更の日、佳代子が判子を押したのは、家を渡す書類ではなかった――。嫁姑|親子関係|金銭問題2.0萬字5 10