みかん小説
本棚

毎日のおすすめ

もっと見る +
売らなかった紙

売らなかった紙

昭和48年、オイルショックの不安が日本中を包み、商店街から次々と日用品が消えていった。 大阪の小さな乾物屋「丸福商店」にも、ある日、待ち望まれていたトイレットペーパーが入荷する。店先にはたちまち人が集まり、誰もが一つでも多く手に入れようとした。 ところが店主・福田源蔵は、奥に在庫があるにもかかわらず、こう貼り出す。 「本日、トイレットペーパーは販売いたしません」 客たちは怒り、源蔵を責めた。値上げするつもりなのか、隠しているのか、商売人としてひどいのではないか――。長年の常連までもが、冷たい言葉を残して店を去っていく。 それでも源蔵は、最後まで売らなかった。 その夜、店のシャッターが下りた後、彼は誰にも言わず、自転車の荷台に白い包みを積み始める。 売らなかったのは、儲けるためではなかった。 あの夜、源蔵が本当に守ろうとしていたものは、棚の商品ではなく、この町に残る小さな信用だった。
「奧にあるのに売らないのか」と責められた店主は、最後まで一包も棚に出さなかった。 けれど閉
ATM扱いされた父の正体

ATM扱いされた父の正体

クリスマスイブの雪の夜、明子と夫の博人は、3歳の孫にプレゼントを届けるため、息子夫婦の家を訪ねた。 しかし玄関の扉はチェーンをかけたまま、わずかに開いただけだった。 「プレゼントだけ置いて帰って」 息子の冷たい言葉に続き、嫁は明子の介護職を見下し、孫を預かってきた3年間さえ「当たり前」のように切り捨てる。さらに息子は、両親に向かって言い放った。 「もう家族じゃないと思ってくれていい」 その夜、普段は誰よりも穏やかな夫・博人の表情が変わる。 帰宅後、彼が静かに取り出した黒いファイル。そこには、明子さえ知らなかった夫のもう一つの顔と、息子夫婦の生活を支えていた“見えない力”が記されていた。 親の支えを「当然」と思い込んだ息子夫婦が、翌朝知ることになる真実とは――。 これは、家族に軽んじられた老夫婦が、自分たちの尊厳を取り戻していく物語。
雪の日の明子
墓前の偽息子

墓前の偽息子

夫の命日、文子は一人息子の誠と並んで墓前に手を合わせていた。 その時、文子の携帯に「誠」から電話がかかってくる。 しかし、本物の誠は今、すぐ隣で父の墓に手を合わせていた。 電話口の男は、息子のふりをして言った。 「母さん、仏間の金庫の暗証番号を教えてくれないか」 相手は、文子の家に金庫があることも、最近暗証番号を変えたことも知っていた。さらに電話の向こうから聞こえてきたのは、誠の妻・和子の声だった。 これはただの詐欺なのか。 それとも、家族の中に裏切り者がいるのか。 亡き夫が残した言葉を胸に、文子は慌てず、静かに確かめることを選ぶ。 そして家へ戻った母子が見たのは、想像もしなかった妻の本性だった――。
桜坂ふみ
義母ATM、ハワイへ消ゆ

義母ATM、ハワイへ消ゆ

67歳のみち子は、息子夫婦と孫たちを迎えるため、今年も静かに正月の準備を始めていた。 ところがクリスマスの朝、嫁の歩美から突然告げられる。 「今年は15人で行きますから」 食事、寝具、お年玉、観光費まで、すべて義母であるみち子が用意する前提。さらに歩美は、SNSでみち子を「ATMみたい」と笑い、長年の援助まで馬鹿にしていた。 37年間働き、息子夫婦に2500万円以上を援助してきたみち子は、その日ようやく気づく。 自分は家族に大切にされていたのではない。都合よく使われていただけだったのだ。 そして12月29日。 15人が玄関前に集まった時、家の鍵は開かなかった。 その頃みち子夫婦は、すでに日本にはいなかった――。
みち子の湯のみ
ETCに残らない白バイ

ETCに残らない白バイ

2003年春、千葉県の高速道路を巡回していた女性白バイ隊員・水島舞が、サービスエリアで忽然と姿を消した。 監視カメラには、彼女が白バイを降りて建物へ入る姿が残されていた。だが、その18分後、白バイに乗って走り去ったのは舞ではなく、ヘルメットで顔を隠した見知らぬ男だった。 舞本人も、白バイも見つからない。料金所の記録にも、ETCログにも、その後のはっきりした足取りは残っていなかった。 結婚を控えていた婚約者、娘の帰りを待ち続ける両親、そして答えを出せないまま止まった捜査。 10年後、古い監視映像を最新技術で解析した時、画面の隅に映っていた“あるもの”が、事件を再び動かし始める。 白いバイクは、どこへ消えたのか。 そして水島舞が最後に見た人物とは――。
春霞パトロール
消えなかった500円

消えなかった500円

昭和42年、町工場で働く佐々木正雄は、給料日のたびに茶色い封筒から500円だけを抜いていた。 家計を預かる妻・春江にとって、その500円は決して小さな額ではなかった。米代、学校の集金、娘の靴、毎日の食卓。10円、20円を切り詰めて暮らす中で、夫が理由も言わずに毎月同じ金額を消していくことが、春江にはどうしても許せなかった。 酒なのか、競馬なのか。それとも、妻には言えない誰かのためなのか。 問い詰めても、正雄はただ「俺の小遣いだ」としか答えない。夫婦の間に小さな疑いを残したまま、500円の謎は長い年月の中へ埋もれていった。 やがて時代は流れ、娘たちは巣立ち、正雄もこの世を去る。 遺品整理の途中、春江は押し入れの奥から一冊の古い大学ノートを見つける。そこに残されていたのは、昭和42年から何年も続く「500円」の記録だった。 夫が最後まで語らなかった、その金の行き先とは。 20年以上たって初めて明かされる、不器用な父の小さな秘密。
春江の家計簿

みんなが読んでいます

人気ランキング

もっと見る +
足柄サービスエリア失踪事件

足柄サービスエリア失踪事件

1991 年春、東名高速足柄 SA で起きた未解決だった悲劇。 大阪へ新婚旅行に向かう途中、「トイレへ行く」と言った妻が跡形もなく消えた。 夫は毎月現場を訪ね、テレビの人探し番組にも出演し、私立探偵まで雇い 11 年待ち続けた。 時が流れ老朽化した SA の改修工事で、ロッカーの隙間から古い財布が出土。 進化した科学捜査が財布から犯人の指紋を検出し、長年隠されていた殺人の事実が白日の下に晒される。 一方的な執着は愛ではない、拒絶を受け入れられない歪んだ欲望が一人の女性の人生を奪った実話。
秋田 悠真
元嫁の15枚返し

元嫁の15枚返し

離婚から3日後の午前5時。佐藤恵子の携帯に、元姑から突然電話がかかってきた。 「今すぐ来て、法事の料理を用意しなさい」 12年間、家事も介護も金銭の穴埋めもすべて背負ってきた恵子。だが夫は秘書と関係を持ち、姑と義妹は彼女を使用人のように扱い、最後には荷物同然に家から追い出した。 それでも彼女たちは、恵子がいなくなって初めて、自分たちの生活が何によって支えられていたのかを知ることになる。 恵子名義の15枚のカード。 義父が病室で密かに残した遺言。 そして、10億円のペントハウスの本当の所有者。 元嫁を見下していた家族が、最も頼り切っていたものを一つずつ失っていく中、恵子は静かに告げる。 「あなた方は、もう私とは何の関係もない人たちです」 これは、“良い嫁”でいることをやめた女性が、自分の名前で人生を取り戻すまでの物語。
朝焼けの手帳
止まったカードと空の家

止まったカードと空の家

夫の正文が「会社の旅行」と言って家を出た朝、私はすべてを知っていた。 行き先で待っているのは会社の同僚ではなく、高校時代からの親友・美津。しかも夫は、私名義のクレジットカードを勝手に使い、親友との食事や買い物にまで手を出していた。 泣いて問い詰めることはしなかった。証拠はすでにそろっている。娘も、父親の異変に気づいていた。 「引っ越すよ」 夫が浮気旅行を楽しんでいる間に、私は娘と新しい家へ向かった。そして夫のカードを止め、彼の荷物を“ある場所”へ送りつける。 旅行先で支払いができなくなった夫。荷物を受け取った親友の家。そして、空っぽの部屋へ戻ることになる裏切り者。 夫と親友を同時に失った私が、娘と本当の人生を取り戻すまでの物語。
舞の新居ノート
午前三時の逃走

午前三時の逃走

深夜3時、75歳の田中節子のもとに、海外出張中の息子・優一から一本の電話がかかってきた。 「母さん、今すぐ逃げて」 半年間まともに連絡が取れなかった息子の声は、切迫していた。玄関ではなく勝手口から出ること。荷物は持たないこと。絶対に振り返らないこと。 夫が遺した世田谷の家で、節子はいつの間にか孤立していた。嫁の美香とその両親は、優しい顔で家に入り込み、台所を奪い、電話を取り上げ、外出を制限し、節子を“認知症の老人”に仕立て上げようとしていた。 そしてある夜、節子は壁の向こうから聞いてしまう。 「実印さえ手に入れば、いつでも動ける」 狙われていたのは、亡き夫が節子のために残した家と財産だった。 息子の電話を信じ、節子は深夜の家を抜け出す。だが、逃げた先で待っていたのは、さらに大きな真実だった。 夫は生前、すべてを見越していたのか。 閉じ込められた老女が、失われかけた人生を取り戻すために立ち上がる、静かな逆転の物語。
梅庭せつこ
名刺一枚の逆転縁談

名刺一枚の逆転縁談

美容師として働く藤井まなみは、恋人・桜庭優馬からプロポーズを受け、結婚を決意する。 しかし、優馬の両親は最初からまなみを見下していた。服装、髪色、職業、そして実家のことまで決めつけ、「うちの息子とは釣り合わない」と一方的に別れを迫ってくる。 迎えた両家顔合わせの日。 港区のタワーマンション暮らしを誇る優馬の父は、まなみの父が「スーパーで働いている」と聞いた途端、露骨に笑った。 「スーパー勤めのお父さんでは、家柄がねぇ」 その場で結婚をなかったことにしようとする桜庭家。まなみは悔しさに言葉を失うが、父は最後まで穏やかな表情を崩さなかった。 そして静かに、1枚の名刺を差し出す。 それを受け取った瞬間、優馬の父の顔色が変わった。 見下していた“スーパー勤めの父”の本当の正体とは。 家柄や肩書きで人を判断した家族が、たった1枚の名刺で言葉を失う――痛快な逆転劇。
まなみ
愛人旅行の代償

愛人旅行の代償

定年の日、美和は36年間支えてきた夫・秀治のために、好物の夕食を用意して待っていた。 しかし帰宅した秀治が連れてきたのは、見知らぬ若い女性だった。 「退職金で香織と海外旅行へ行く。帰ってきたら離婚届に判を押せ」 夫はそう言い放ち、さらに美和に家を出て行くよう命じる。長年守ってきた家庭も、妻としての時間も、すべてなかったもののように扱われた美和。 だが、彼女は泣かなかった。 旅行へ向かう夫と愛人を静かに見送り、ただ一つだけ確認する。 「この家のことは、私が決めていいのね」 数日後、海外旅行から戻った秀治を待っていたのは、見慣れた玄関ではなく、ロープで囲まれた更地と「売却済み」の看板だった。 夫が知らなかった、この家の本当の持ち主。 そして美和が36年の結婚生活の最後に下した、静かな決断とは。
美和の湯気日記

毎日更新

もっと見る +
壁の中の13年

壁の中の13年

平成3年、埼玉の小さな町で、妊娠8か月の美智子が突然姿を消した。 財布も出産準備の品も家に残されたまま。昼にはスーパーで買い物をし、公衆電話から誰かへ電話をかけ、その後、背の高い男と歩く姿を目撃されたのを最後に、彼女の行方は分からなくなる。 夫の誠、東京にいたはずの兄・茂、そして美智子を追い詰めていた山田家の沈黙。 警察は夫を疑い、町は噂に揺れたが、決定的な証拠は見つからないまま、事件は13年の時に埋もれていく。 しかし平成16年、再開発で古い家が解体された時、寝室の壁の内側から、長年隠されていたものが見つかった。 あの日、美智子は誰に電話をかけたのか。 そして、壁の中に封じられていたのは、彼女の行方だけではなかった――。
十一月の記録
10年目のゲームボーイ

10年目のゲームボーイ

1991年、8歳の誕生日会の最中に、篠原恵美の息子・直樹は忽然と姿を消した。 公園には多くの親子がいた。ほんの数分前まで、直樹は青いゲームボーイを手に友達と遊んでいたはずだった。だが、気づいた時にはどこにもいない。目撃者も、手がかりも、残された物もなかった。 それから10年。 息子を見失った母の時間だけが、あの日のまま止まっていた。 そんなある日、友人に連れられて訪れたフリーマーケットで、恵美は古い玩具の山の中から一台の青いゲームボーイを見つける。そこには、直樹が自分で貼ったはずの3枚のシールが、記憶のまま残されていた。 それを売っていたのは、かつて地域で信頼されていた元警察官の男。 なぜ、消えた息子の持ち物が10年後にそこへあったのか。 そして男が思わず口にした「息子」という言葉が、隠されていた10年の闇を少しずつ暴き始める――。
秋野しずく
捨てた料理の代償

捨てた料理の代償

義母・美智子と同居しながら、穏やかに暮らしていた奈々子。 ところが、お盆になると義妹の杏奈夫婦が突然帰省してくる。連絡もなく家へ上がり込み、食事を当然のように食べ、手伝いもせず、さらには義母へ金まで借りようとする二人。注意されるたび、杏奈は奈々子を「他人」扱いし、実家を乗っ取った嫁のように責め続けていた。 そして迎えたお盆の夕食。 食卓に並んだ料理を見た杏奈は、皆の前で言い放つ。 「他人が作った食事なんて、汚くて食べられない」 さらに翔太まで調子に乗り、料理を捨てようとする。 しかし、その料理には杏奈夫婦が知らない“ある秘密”があった。 閉じられていた和室の襖が開いた瞬間、杏奈の顔色は一変する。 翌朝、この家を出ていくことになったのは、「他人」と呼ばれた奈々子ではなかった――。
ななこの台所
新郎が消えた結婚式

新郎が消えた結婚式

親に捨てられた私を育ててくれたのは、血のつながらない兄・航太だった。 両親が借金を残して消えた日、大学生だった兄は「俺が何とかする」と言い、働きながら私を支えてくれた。高校を中退した私を責めることもなく、ずっと本当の家族として守ってくれた。 そんな兄が、ようやく結婚することになった。 私は心から祝福するつもりで式場へ向かった。けれど式の直前、エリートの兄嫁は私に笑顔で言い放つ。 「毒親の連れ子なんでしょ?中卒のクズは参列しないで」 兄の幸せを壊したくなくて、私は黙って帰ろうとした。 しかし、その言葉を兄は聞いていた。 「分かった」 そう言った兄が次に選んだ行動で、華やかな結婚式場から人が次々と消えていく――。 血のつながりではなく、苦しい時に誰が隣にいてくれたのか。本当の家族の意味を描く、涙と因果応報の物語。
ちかの木漏れ日
22年目の母席

22年目の母席

7歳の時から、美緒を育ててきた高瀬京子。 血のつながりはなくても、熱を出した夜にそばにいたのも、弁当を作ったのも、卒業式や成人式に付き添ったのも、すべて京子だった。美緒もまた、いつしか彼女を「お母さん」と呼ぶようになっていた。 しかし結婚式を前に、22年間ほとんど姿を見せなかった実母・麗子が現れる。 実の母親という分かりやすい肩書。結婚祝いの200万円。そして、相手方の家族が求める“普通の形”。 やがて美緒は、京子に告げる。 「今回は、麗子さんにお願いしたい」 さらに結婚式当日だけは、自分を「京子さん」として扱ってほしいと頼まれた京子。22年間積み重ねてきた日々は、たった一言で母親の席から外されてしまう。 本当の母親とは、産んだ人なのか。それとも、そばに居続けた人なのか。 娘の結婚式を前に、京子が初めて自分の傷と向き合う、静かな家族の物語。
古いアルバムの端
余ったパンの嘘

余ったパンの嘘

昭和43年、東京近郊の古い木造小学校。 5年生の担任・村上昭一には、子どもたちが気になって仕方ない習慣があった。給食の時間になると、牛乳とおかずは食べるのに、コッペパンだけは毎日ほとんど口にしない。そしてそれを紙に包み、古びた革鞄の中へそっとしまうのだ。 「先生、今日も持って帰るの?」 子どもたちが尋ねても、村上はただ「腹いっぱいなんだよ」と笑うだけだった。 けれど、毎日続くその行動には、誰にも言えない理由があった。 ある放課後、どうしても気になった3人の男子は、先生の後をつけることにする。黒い自転車で工場町を抜け、川沿いの砂利道を進んだ先にあったのは、河川敷に建つ小さな家だった。 そこで子どもたちは、先生がなぜ「余った」と言い続けていたのかを知る。 1本のコッペパンに込められていたのは、ただの親切ではなかった。相手の誇りまで守ろうとした、静かな優しさだった。
煤けた黒板