"泥まみれの客と黒塗り5台" 第2話
その声にはらかな嘲りがあった。
美咲は唇を噛んだ。
それでも何も言わず、駐へ向かった。
自分の担当に乗り込み、バックミラーを調する。ダッシュボードの隅には、結が折ってくれたさな黄いが貼ってあった。
「ママ、お仕事頑張ってね」
結の声をいす。
美咲はハンドルを両で握った。
会社から見れば、成績最位の運転。
黒田から見れば、商売の分からない領の悪い女。
それでも、美咲には美咲なりのやり方があった。
乗ってくれたを全に目まで送り届ける。
困っているがいればを貸す。
それだけは捨てたくなかった。
だが、そのさなが、自分自をさらに追い詰めることになるとは、このの美咲はまだらなかった。
数、型の台が関へ接した。
夕方から脚が急激にまり、夜になる頃にはワイパーを最速でかしても方が見えにくいほどの砂りになっていた。
の窪みにはが溜まり、歩を歩く々は傘を差していても肩からまで濡れている。
美咲は慎にハンドルを握りながら都内をっていた。
普段なら憂鬱になる候だったが、このばかりは違った。
駅にはタクシーを待つい列ができている。
の遅延もなり、流しでっていても次々とががった。
広告
「今は稼げる」
美咲は計を見る。
末まではもうほとんどがない。
今しでも売を伸ばせれば、まだノルマに届く能性がある。
最初の客は駅からくの宅までだった。
次は病院までの女性。
その次も距だった。
メーターの数字を見ながら、美咲は焦りをじ始めていた。
客がい。
だが、距ばかりではったほど売は伸びない。
駅へ戻った、美咲のを1台のタクシーが勢いよく追い抜いていった。
見慣れた番だった。
黒田だ。
「また……」
黒田は駅でをげている々を注く見ながら、キャリーバッグを持ったスーツ姿の男性のだけでした。
いかにも方へ向かいそうな客だった。
客が乗り込むと、黒田のはすぐに発する。
すれ違いざま、運転席の黒田がこちらを見て笑ったように見えた。
美咲が駅へ着いた頃には、残っていたのは距の客ばかりだった。
「お願いします。ここから2駅くらいなんですけど」
「もちろんです。どうぞ」
美咲はいつものように笑顔で答えた。
客を送り届けた、メーターを空に戻す。
「これじゃ、まだりないな……」
ため息が漏れた。
次の客を探すため駅へ戻るか、それとも繁華へ向かうか。
し迷った末、美咲は通りをれて別のへ入った。
そのを選んだことに、特別な理由はなかった。
広告
ただ混雑を避けたかっただけだった。
暗いを数百メートルった、美咲は歩脇につに気づいた。
齢の男性だった。
70代くらいだろうか。
作業着姿で、から元までずぶ濡れになっている。
しかもズボンと靴には量のが付着し、着にも茶い汚れが広がっていた。
事現か何かで作業をしていた帰りなのかもしれない。
老はへ向かってをげていた。
から空のタクシーが来る。
老が歩へた。
しかしは速度を落とさず、そのまま通り過ぎた。
次のタクシーも同じだった。
老は何度もをげる。
それでも止まらない。
美咲はすぐに理由を察した。
あれだけだらけなら、部座席は確実に汚れる。
清掃のために営業を断しなければならないかもしれない。
さらに、老の装だけを見れば額の運賃が期待できそうにも見えない。
皆、避けているのだ。
その、反対線から1台のタクシーがづいてきた。
黒田のだった。
老は必にをげた。
黒田のタクシーがし速度を落とす。
「止まる?」
美咲はわず内から見守った。
ところが黒田はしなかった。
老の横まで来たところで窓をけただけだった。
「ちょっとさ」
音の向こうから黒田の声が聞こえた。
「あんた、自分の格好見てる?」
老は戸惑ったように自分のを見る。
「すまない。現で転んでしまってな」
「そので乗られたらシート駄目になるんだけど」
広告
おすすめ作品
-
完結第14話
一杯の鍋が変えた人生
柏優太は、職場でのパワハラが原因で心を壊し、半年間ほとんど誰とも話さず部屋に閉じこもっていた。 そんなある日、隣に引っ越してきた母子3人の姿を見かける。 「何も買えなくてごめんね」と泣く母親と、空腹を我慢する子供たち。 過去に大切な友人を救えなかった後悔を抱えていた優太は、思わず声をかける。 「よかったら……うちで鍋しませんか」 一杯の鍋をきっかけに、孤独だった男と傷ついた母子の人生が少しずつ変わり始める。 しかし、温かな時間の裏には、母親が隠していた過去と、子供たちを取り戻そうとする元夫の存在があった。 誰かを救おうとした優太が、実は自分自身も救われていた――。 小さな優しさから始まった、再生と家族の物語。人生逆転|第二の人生|親子関係2.2萬字5 93 -
完結第11話
一つの証拠が暴いた8年間の嘘
八年前、誰にも期待されず、孤独な海外勤務へ送られた男――朝倉洋一。 灼熱のインドで技術を磨き、ただひたすら努力を重ねた彼は、八年ぶりに日本へ帰還する。 しかし、待っていたのは栄光ではなく、同僚からの侮辱と冷たい視線だった。 そんな彼の前に現れたのは、かつて突然姿を消した初恋の女性・七瀬美咲。 「契約の鬼」と恐れられる彼女が、なぜ一介の技術者である朝倉だけを選んだのか――。 やがて社内で発生した機密情報流出事件。 犯人に仕立てられ、すべてを失いかけた朝倉を救ったのは、遠い異国で築いた一つの友情だった。 裏切り、嫉妬、そして八年越しの想い。 忘れられた男の本当の価値が、今、世界を変える。因果応報|人生逆転1.7萬字5 80 -
完結第13話
余命半年からの再出発
余命を告げられた日、夫は離婚届を置き、息子も「必要なことがあったら連絡して」と距離を置いた。 58歳の桐谷佳代子は、病気だけでなく、33年間築いてきた家族まで同時に失った。 誰もいない台所で一人分の味噌汁を作りながら、絶望の中にいた佳代子だったが、病院で出会った人々との縁をきっかけに、少しずつ自分の人生を取り戻していく。 治療、離婚、家を失う危機。 それでも彼女は、針と糸を手に取り、病気と向き合う人のための帽子作りを始める。 家族に必要とされることでしか自分の価値を感じられなかった女性が、人生のどん底から見つけた本当の生き方とは――。人生逆転|夫婦|第二の人生2.0萬字5 180 -
完結第14話
返されなかった合鍵
25年間、誰にも知られず借り続けられていた203号室。 夫の葬儀の日、見知らぬ女性から渡された一本の合鍵が、妻・千鶴の人生を大きく揺さぶる。 亡き夫はなぜ、家族に隠れて古い部屋を借りていたのか。 そこに残されていたのは、31本のカセットテープと、一人の少女の思い出だった。 最初は裏切りだと思った秘密。 しかし調べるほどに明らかになる、夫が25年前に背負った約束と、誰にも話せなかった苦悩。 守ることと、信じること。 家族を思う気持ちと、誰かを救おうとする気持ちは、時にすれ違ってしまう。 一つの合鍵から始まった真実の先で、千鶴が見つけたものとは――。人生逆転|相続|修羅場2.0萬字5 53 -
完結第12話
200円の家族
23歳の大学生・高橋翔太は、感情を捨てたように生きていた。 友人の誘いも断り、食事も会話もすべてを「合理的かどうか」で判断する日々。そんな彼が、ある日ファミレスで会計できずに困っている母子と出会う。 所持金は300円。小さな娘を連れた母親は、夫に貯金を持ち逃げされ、住む場所さえ失っていた。 翔太は不足分の200円を支払い、さらに母子を自分の部屋へ連れて帰る。最初はただの合理的な判断。そのはずだった。 しかし、温かい手料理、少女の「ありがとう」、そして夜中に聞こえた小さな泣き声が、5年間閉ざしていた翔太の心を少しずつ揺らしていく。 なぜ彼は笑わなくなったのか。 なぜ「感情は判断を誤らせる」と言い続けるのか。 助けたはずの母子との出会いは、やがて翔太自身が封じ込めてきた過去を呼び覚ましていく――。因果応報|人生逆転1.9萬字5 4 -
完結第12話
一万八千円の飯
自分の家族が経営する5つ星ホテルで、何気なく注文した一品の炊き込みご飯。 メニューでは1,800円に見えたはずなのに、会計明細には「18,000円」と記されていた。 帰国したばかりの後継者・小川優馬は、単なる表示ミスだと思い責任者を呼ぶ。だが、レストラン責任者は「社長が承認した価格です」と言い切った。 父が守ってきたホテルで、なぜ一杯のご飯が10倍の値段になっているのか。 優馬が調べ始めると、異常な価格変更、不可解な仕入れ、法人客への不自然な請求、そして継母・里見の影が浮かび上がっていく。 やがてその小さな違和感は、20年前に亡くなった実母・秋子の死、奪われた母方の財産、腹違いの弟の秘密、そして恋人だと思っていた女性の正体へとつながっていく。 始まりは、たった一杯の炊き込みご飯だった。 だが、その18,000円の明細は、運海ホテルに隠された20年越しの闇を開く鍵だった――。因果応報|修羅場1.7萬字5 0 -
完結第12話
寿司屋で暴かれた嫁
68歳の田村節子は、息子の再婚相手である嫁・美咲を、ずっと“よくできた人”だと思っていた。 亡き夫を失い、1人暮らしになった節子の家へ通い、手料理を届け、病院の送り迎えまで申し出てくれる優しい嫁。近所の人たちからも羨ましがられ、節子自身も本当の娘のように感じ始めていた。 しかし、美咲は少しずつ、家の権利書や預金、保険の受取人について尋ねるようになる。 そんなある日、節子は美咲に誘われ、馴染みの寿司屋へ向かった。ところが店主は、美咲の顔を見た瞬間、血相を変えて叫ぶ。 「節子さん、その人から早く逃げてください」 店主の父を騙し、財産を奪った女と同じ顔――。 信じたい気持ちと、拭えない違和感。やがて節子は、嫁の荷物の中から決定的なものを見つけてしまう。 優しい嫁の正体は何者なのか。 そして節子は、息子と家を守るため、静かに反撃を始める。因果応報|相続|親子関係1.7萬字5 2 -
完結第12話
復讐とんかつの逆転便
とんかつ弁当を注文した堀川琢磨の前に現れたのは、高校時代に自分を見下していた金持ち令嬢・柏木綾音だった。 かつて高級ブランドを身につけ、貧しい琢磨を笑っていた彼女は今、実家のとんかつ店を守るため、配達員として頭を下げていた。 「お前が配達?令嬢なのに?」 復讐心に火がついた琢磨は、自分の成功を見せつけるため、何度もとんかつ弁当を注文し続ける。 だが、届く弁当の味は想像以上だった。 そしてある日、綾音が差し出した冷凍とんかつの試作品が、琢磨の運命を大きく動かしていく。 過去の屈辱、消えない傷、落ちぶれた令嬢の謝罪。 復讐のつもりで始まった注文は、やがて小さな老舗店を救い、琢磨自身の孤独な人生まで変えていく――。因果応報|人生逆転|修羅場1.7萬字5 2