"名前のない弁当箱" 第7話
「それでも、俺に返すために無理をしているなら受け取れん」
すると志津が静かにをいた。
「まだ恩返しだとっているんですか」
源郎が顔をげると、志津は古い弁当箱をつ、作業台のへ置いた。
「私たちは本さんへ返しに来たのではありません。こので今働いているたちへ渡しに来たんです。本さんが昔、そうしろと言ったんでしょう」
その言葉に、源郎は反論できなかった。
かつて自分は、助けを受けたら次の誰かへ渡せと言った。ところが、いざ自分が助けられるになると、それを拒もうとしていた。受け取らないことが潔さだとっていたが、それでは若い社員たちへ届くはずのものまで止めてしまう。
源郎はくをげた。
「分かった。仕事として受ける。ただし、品質でつでも問題をしたら、慮なく切ってくれ」
「もちろんです、社」
は笑った。その呼び方を聞いた源郎の肩が、さく震えた。
納期までの3週、は昼夜を問わずき続けた。正が程を組み、戸が完成品の音を確かめ、若い社員たちが交代で械を回した。源郎も作業台へ戻り、何ぶりかに徹夜をした。
志津たちは毎晩、数分の夜を届けた。今度は名を隠さなかった。弁当箱の蓋には、作った者の名とい言葉が添えられていた。
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『修。昭21、3ぶりにべた芋のを今も覚えています』
『田辺芳雄。娘がをした夜、社が薬代を置いていきました』
『野寺正。字の読めなかった私に、澄さんが毎晩教えてくれました』
そのに、川の娘・由美子が作った弁当もあった。志津から事を聞いた由美子は、父がかつてを持ちしたことを初めてった。それでも、を読み終えたに言ったという。
「父は悪いことをした。でも、悪いことをした度だけで、そのの全部が決まるわけじゃないでしょう」
由美子の弁当には、父が好きだったという姜の入った卵焼きが詰められていた。蓋の裏には『川の娘』とかれていた。
源郎はその文字をく見つめた、べた。
「うまいな」
それだけ言うと、目元を作業着の袖で拭った。
納期の、2000個の部品はすべて検査を通過した。良品はつもなかった。の会社はそのも正式な取引を続け、本鉄所は危を越えた。
だが源郎は、この来事を美談として語ることを嫌った。
「助けたから助けられた、という話にするな」
社員を集め、源郎はそう言った。
「親切には、返事が来ないこともある。裏切られることだってある。それでも、困っているを見捨てていい理由にはならん。助けた相が返してくれることを期待するんじゃない。
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自分のらないところで、そのが次の誰かを助ければ、それでいい」
正は父の隣で、その言葉を聞いていた。
弁当箱が伝えていたのは、何越しの単純な恩返しではなかった。度差しされた事が、別ののを通り、形を変えて次の世代へ届いていく。その流れを止めないための約束だった。
昭43、源郎はを正式に正へ譲った。引退のにも特別な式は望まず、いつもの作業着で朝番にへ来た。
使った机の引きしを理し、図面や印鑑を正へ渡した。最に残ったのは、表の擦り切れた1冊の帳面だった。
「これは、おが持っていろ」
正がくと、昭21からの記録が続いていた。社員の名、族の数、病気、子どもの齢、苦なべ物、悩んでいた期。の売りげや貸した額はつも記されていない。
川のページには、からき加えた文字があった。
『昭25没。妻志津、娘由美子。との約束は、娘が派に育ったことで完』
修の欄には、『昭36、を救う仕事を持参。ただし借りとして数えない』とある。戸徳治の欄には、『ではなく、体全体で音を聞く。若い者へ残すべき技術』とかれていた。
「父さんは、これを何のためにいていたんだ」
「忘れないためだ」
「社員の事を?」
「を数字にしないためだ。
がきくなると、名より先に料や能率が見えるようになる。だが、調子が悪い者にも理由がある。
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