"返されなかった合鍵" 第1話
夫の葬儀が終わる直、見らぬ女が鍵を差しした。
「これで、203号をけられます」
野寺千鶴は、黒い袋をはめた女の顔を見つめた。齢は50歳だろうか。肩までの髪をろでまとめ、化粧はく、喪の襟元にはさな真珠のブローチがっていた。
「どちらさまでしょうか」
千鶴が尋ねると、女はすぐには名乗らなかった。祭壇に飾られた夫・雅夫の遺へ目を向け、くをげてから答えた。
「宅理恵と申します。ご主には、いお世話になりました」
い。
その言葉だけが、千鶴の胸に残った。
雅夫は67歳だった。役所を定退職してからは、週に3、域の齢者支援センターで働いていた。半に胃の病気が見つかり、入退院を繰り返した末、3の朝に息を引き取った。
結婚して41。
数はなかったが、隠し事のできるではないと千鶴はっていた。料もも同じ座へ入れ、休の予定も、通院のも、買った本の値段まで話すような夫だった。
その雅夫が、部を借りていた。
しかも妻のらない部を。
「203号というのは、何のことですか」
理恵は黒いバッグからい封筒をした。には鍵と、古い賃貸契約のコピーが入っていた。
《青葉荘203号》
契約者は野寺雅夫。
契約は200141。
25だった。
「主が、ここを借りていたんですか」
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「はい」
「あなたと?」
千鶴の声がくなった。
理恵は瞬だけ目を伏せたが、否定した。
「私は管理です。正確には、3にくなった父から管理を引き継ぎました」
青葉荘は、千鶴のからとバスを乗り継いで40分ほどの所にあるという。雅夫は毎、現で賃を払い続けていた。くなる2週にも理恵へ話をかけ、部のことを頼んでいたらしい。
「何を頼んだんですか」
理恵は千鶴をまっすぐ見た。
「奥さまに鍵を渡してほしいと」
「それだけ?」
「部のを、奥さまご自で確認してもらいたいとおっしゃっていました」
千鶴は鍵を受け取らなかった。
「あなたは、に何があるかっているんですか」
「父から、勝に入らないよう言われていました。ただ、漏りや設備点検のには、ご主ち会いのもとで入ったことがあります」
「では、っているんですね」
理恵は答えに迷った。
そのわずかな沈黙が、千鶴には何よりだった。
「全部はりません」
「誰かんでいたんですか」
「今はいません」
今は。
千鶴はその言葉を聞き逃さなかった。
「以は誰かいたんですか」
理恵がをきかけた、葬儀社の係員が千鶴を呼びに来た。親族へ渡す品について確認したいという。千鶴は返事をせず、理恵のにある鍵だけを見つめた。
「受け取ってください」
理恵は言った。
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「私の役目は、これをお渡しするところまでです」
千鶴は鍵と封筒を受け取った。
たい属だった。
理恵はもう度遺へをげ、帰っていった。
その夜、親族が帰ったあとも、千鶴は喪のまま居に座っていた。テーブルには弔、典帳、みかけの茶、葬儀社から受け取った類が積まれている。
娘の奈が、台所で湯を沸かしていた。
奈は38歳で、横浜にんでいる。結婚して学の娘がいた。父の入院は毎週のように顔をし、葬儀の配もほとんど引き受けてくれた。
「お母さん、しべた方がいいよ」
「いらない」
「昨からまともにべてないでしょう」
「本当にいらないの」
奈は黙って湯呑みだけを持ってきた。
千鶴は封筒をテーブルの央へ置いた。
「お父さん、部を借りてたって」
奈のが止まった。
「部?」
「25」
契約を渡す。
奈は付と父親の名を何度も見た。
「何のために?」
「らない。葬儀に来た女が鍵を持ってきた」
「女の?」
奈の表が変わった。
千鶴は、その変化を見て腹がった。自分が考えまいとしていることを、娘も同じように考えたと分かったからだ。
「管理だって言ってた。でも、本当かどうか分からない」
「お父さんに限って……」
奈は最まで言わなかった。
父に限って何なのか。
隠し部など借りない。
別の女などいない。
族を裏切らない。
どれも、鍵が目のにある以、簡単にはにできなかった。
「、ってみよう」
奈が言った。
「でく」
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