"ラジオの涙" 第5話
正午になると戦没者を悼む放送が流れ、正は黙ってをげた。
健は、そのの父の表をく忘れなかった。
しんでいるだけではない。きていることを確かめるような、静かな堵がそこにはあった。
昭30代半になると、庭へテレビが普及し始めた。佐藤にも黒テレビが入り、所の子どもたちが力の試を見るために集まった。
節子は番組を楽しみにし、子も連続ドラマを見るようになった。夕に族がラジオを囲むは、しずつ過のものになっていった。
戦争でれた々を捜す放送も、代の変化とともに終した。最の放送の、正はいつもよりく帰宅し、ラジオのへ座った。
最まで茂との消息は分からなかった。
放送が終わった、正はすぐに源を切らなかった。雑音だけが部へ流れる、目を閉じていた。
「これで、もう名は呼ばれないの?」
成した健が尋ねると、正はさく頷いた。
「ラジオではな」
「これから、どうするの」
「捜せるは捜す」
正は諦めなかった。復員者団体の名簿を調べ、聞の尋ね欄を読み、宮県の役所や寺へをした。
返事が届くたび、族は期待した。しかし、そのくは記録がないというものだった。同姓同名の物が見つかっても、齢やが違っていた。
広告
昭42、巻の寺から通のが届いた。
『茂という若者の母親が、終戦しばらく息子と娘を捜していた記録があります。母親は昭29にくなり、娘のについては、京方面へ移ったとの話だけが残っています』
正はを何度も読み返した。
茂の母親は、息子だけでなく娘も捜していた。つまり防空壕跡で会った女は、やはりだった能性がい。
「どうして、あのすぐに名を聞かなかったんだ」
正は初めて族ので悔をにした。
子は夫の横へ座り、を受け取った。
「放送が始まるところだったのでしょう。周りも混乱していた。あなたのせいではありません」
「目のにいたんだ。茂が守ろうとした妹が、すぐ隣にいた」
「それでも、そのは戦争をき延びた。そこまでは分かったのでしょう」
正は黙った。これまでを見失ったことばかり悔やんでいたが、子の言葉で初めて別の見方をした。
なくとも昭20815まで、はきていた。兄を捜し、自分ので駅まで来ていた。その事実だけでも、茂へ伝えたい答えの部だった。
だが、茂本がどこにいるかは分からない。
昭40代の終わり、正は印刷を退職した。毎決まったに勤する必がなくなっても、午は庭を掃き、午は所の子どもの壊れた玩具を修理し、活のリズムを崩さなかった。
広告
午8になると、古いラジオの源を入れた。尋ねの放送はもうなかった。それでも報とニュースを聞き、何事もなくが終わったことを確かめた。
正の涙も、以ほど目を忍ぶものではなくなっていた。
孫が遊びに来ている夜、正はラジオので目を潤ませながら、隣から聞こえる笑い声にを澄ませた。昔は帰れなかった者をって泣いていた。今は、自分が帰り着いた所に族がいることへの謝も、その涙になっていた。
昭60の、正は臓の病で倒れた。入院してからも、子に古いラジオを処分しないよう何度もを押した。
「誰も捨てないわよ」
「裏の線が古くなっている。がないように、源は入れなくてもいい」
「そこまで配するなら、自分で帰ってきて直してください」
子が笑うと、正もかすかに笑った。
健は仕事を終えるたび病院へ通った。若い頃は父の沈黙に腹をてたが、自分も庭を持ち、息子が成した今では、言葉にできないまま守ってきたものがあったことをし理解できるようになっていた。
ある夜、健は病の父へ尋ねた。
「さんを捜していたこと、もうし聞かせてくれないか」
正は目を閉じたまま答えた。
「茂は、俺にきて帰れと言った。だが俺は、それが命令だったのか、別れの言葉だったのか、ずっと分からなかった」
「父さんは帰ってきた。
広告
おすすめ作品
-
完結第10話
名前のない弁当箱
昭和28年、東京下町の小さな町工場に、毎月決まった日に名前のない弁当箱が届き始めた。 中には手作りの弁当だけ。差出人の名前も、手紙もない。 戦後の苦しい時代、社員たちを支え続けた社長・山本源一郎は、その弁当の送り主を知っているようだった。 しかし、何十年もの間、彼は決してその名前を明かそうとはしなかった。 なぜ誰かは、名乗ることなく弁当を届け続けたのか。 そして、その小さな弁当箱に込められていた、戦後から続く約束とは――。昭和1.5萬字5 66 -
完結第10話
忘れられなかった一つの名前
昭和32年、父・佐藤隆一は、古びた軍服のボタンを何十年も大切にしまっていた。 家族が「もう捨ててもいいのでは」と言っても、父は決して手放そうとしなかった。 しかし、父の死後、そのボタンの裏に刻まれた見知らぬ男の名前が、息子・健一の知らなかった過去を呼び起こす。 なぜ父は、一つの古いボタンを守り続けたのか。 そこには戦争の記憶ではなく、時代を越えて守られた、一人の青年との約束が隠されていた――。昭和1.5萬字5 6 -
完結第10話
忘れられなかった一つの名前
昭和32年、父・佐藤隆一は、古びた軍服のボタンを何十年も大切にしまっていた。 家族が「もう捨ててもいいのでは」と言っても、父は決して手放そうとしなかった。 しかし、父の死後、そのボタンの裏に刻まれた見知らぬ男の名前が、息子・健一の知らなかった過去を呼び起こす。 なぜ父は、一つの古いボタンを守り続けたのか。 そこには戦争の記憶ではなく、時代を越えて守られた、一人の青年との約束が隠されていた――。昭和1.5萬字5 324 -
完結第10話
焼け跡の花束
昭和22年、焼け跡が残る東京の街角で、毎朝誰にも知られず置かれる小さな花束があった。 野に咲く数本の花を、まだ幼い少年が古いレンガ壁の前にそっと置いていたのだ。 戦争で両親を失った少年を救ったのは、すべてを失いながらも一切れのパンを分けてくれた一人の女性だった。 それから何十年もの間、少年が守り続けた約束。 なぜ彼は、誰もいない焼け跡へ毎朝花を届け続けたのか。 戦後の混乱の中で生まれた、小さな優しさと忘れられない「ありがとう」の物語――。昭和1.5萬字5 1190 -
完結第11話
手書きの時刻表
昭和45年、山あいの小さな駅で、1人の駅員が30年以上大切に続けていた習慣があった。 田村修一が毎月作る手書きの時刻表には、列車の時間だけではなく、利用者一人ひとりの暮らしや小さな約束が記されていた。 若い駅員には古い習慣に見えたそのノート。しかし、雪の日に病院へ向かう老人を救った時、彼は初めて気づく。 それは単なる時刻表ではなく、町の人々の人生をつなぐ大切な記録だった。 やがて田村の定年の日、古いノートの中から見つかった一つの名前が、若い駅員の心を揺さぶる――。昭和1.6萬字5 627 -
完結第11話
最後の上映会
昭和49年、40年以上続いた小さな映画館「銀星座」が閉館した。 最後の上映を終え、静かに幕を閉じたはずの映画館に、翌週から毎週1本の古いフィルムが届き始める。 添えられていた紙には、ただ一言。 「今週も上映してください」 不思議に思いながら映写機を回した館主・山下清治が見たのは、映画ではなかった。 そこに映っていたのは、かつてこの町で暮らした人々の笑顔、失われた風景、そして誰も忘れていた大切な時間だった。 送り主はいったい誰なのか。 なぜ閉館した映画館へ、毎週フィルムを届けるのか。 一本の古い映像が、昭和の町に残された記憶を静かに呼び起こしていく――。昭和1.6萬字5 143 -
完結第10話
母が着続けた一枚の着物
昭和45年,母は20年以上もの間、同じ古い着物を着続けていた。 娘の美紀は、そんな母の姿をずっと「貧しいから我慢しているだけ」だと思っていた。正月も、結婚式の日も、新しい着物を選ばず、何度も直した一枚を大切にしていた母。 しかし、母が亡くなった後、古い着物の内側から見つかった小さな刺繍が、美紀の知らなかった過去を呼び起こす。 なぜ母は、その着物を何十年も手放さなかったのか。 そこには、戦後の苦しい時代を生きた女性たちの、忘れられない約束が隠されていた――。昭和1.5萬字5 1682 -
完結第10話
白いハンカチの約束
昭和47年、東京郊外の団地。 3号棟の4階に住む老夫婦は、毎朝7時になると、ベランダに真っ白なハンカチを一枚だけ出していた。 洗濯物を干さない日も、雨が降りそうな日も、そのハンカチだけは必ず揺れている。近所の子どもたちは不思議がり、「誰かへの合図ではないか」と噂した。 けれど、その白い布を毎朝じっと見つめていたのは、向かいの棟で一人暮らしをする老女だった。 ある冬の朝、いつもの時間になっても白いハンカチが出なかった。 ただそれだけの異変に、老女は胸騒ぎを覚え、急いで部屋を飛び出す。 電話もない時代、近すぎず、遠すぎず、互いの暮らしをそっと見守っていた人たち。 一枚の白いハンカチに込められていた、昭和の団地の小さな約束の物語。昭和1.4萬字5 893 -
完結第10話
赤いバイクと最後の新聞
昭和50年、岐阜県の山あいに、全校児童がわずか3人だけの小さな分校があった。 給食もなく、冬は石油ストーブを囲んで授業を受けるような古い木造校舎。そんな子どもたちが毎朝楽しみにしていたのは、山の外の世界を伝えてくれる一部の新聞だった。 ところが、その分校は翌年3月で閉校することが決まる。教材も雑誌も次々と止まり、子ども新聞の購読も打ち切られた。 それでも、59歳の郵便配達員・田所信一は、雪の山道を越えて毎朝新聞を届け続けた。 誰も頼んでいない。もう学校も終わる。たった3人の子どものために、なぜそこまでするのか。 分校最後の日、子どもたちは初めて知ることになる。 田所が守ろうとしていたのは、新聞そのものではなかった――。昭和1.5萬字5 286 -
完結第11話
余ったパンの嘘
昭和43年、東京近郊の古い木造小学校。 5年生の担任・村上昭一には、子どもたちが気になって仕方ない習慣があった。給食の時間になると、牛乳とおかずは食べるのに、コッペパンだけは毎日ほとんど口にしない。そしてそれを紙に包み、古びた革鞄の中へそっとしまうのだ。 「先生、今日も持って帰るの?」 子どもたちが尋ねても、村上はただ「腹いっぱいなんだよ」と笑うだけだった。 けれど、毎日続くその行動には、誰にも言えない理由があった。 ある放課後、どうしても気になった3人の男子は、先生の後をつけることにする。黒い自転車で工場町を抜け、川沿いの砂利道を進んだ先にあったのは、河川敷に建つ小さな家だった。 そこで子どもたちは、先生がなぜ「余った」と言い続けていたのかを知る。 1本のコッペパンに込められていたのは、ただの親切ではなかった。相手の誇りまで守ろうとした、静かな優しさだった。昭和1.6萬字5 1147