"ラジオの涙" 第6話
それでよかったんじゃないのか」
「帰ってきた者が幸せになるには、勇気がいるんだ。置いてきた者を忘れたとわれる気がするからな」
健は、その言葉を聞いて初めて父の涙のさをった。
正は幸だったから泣いていたのではない。妻と子どもに恵まれ、温かな卓を囲めるほど、その所へ帰れなかった友のことをわずにはいられなかったのだ。
「でも、幸せになってはいけないなんて、さんは言わなかっただろう」
健がそう言うと、正はい黙った。やがて、しだけ元を緩めた。
「そうだな。あいつなら、そんな面倒なことは言わん」
それが父と交わした最のい会話になった。
数、正は眠るようにくなった。享65歳だった。
葬儀を終えた、健は子とともに父の部を理した。押し入れの奥には、古い背嚢、軍用帳、放送局から届いた、何分もの捜索記録が残されていた。
番から、黄く変した切れがてきた。
『昭20815 午12 駅の防空壕跡』
そのには、健が子どもの頃には見なかった文字がきされていた。
『らしき女と会う。兄を捜すを持っていた。放送、姿を見失う』
の裏側には、さらにさな字があった。
『もし私が先にんだら、この記録を宮のへ返してほしい。
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茂もも見つからなければ、2が互いを捜していたことだけでも残してほしい』
健は父の最の願いを引き継ぐことにした。
宮県の寺へ連絡し、の親族を捜した。古い戸籍や民記録をたどる作業にはがかかったが、半、な所から返事が届いた。
差は、神奈川県にむだった。
『佐藤正様について、お尋ねしたいことがあります』
その文を読んだ瞬、健のが震えた。
父が40捜し続けた女性は、きていた。
は60歳になっていた。健が指定された喫茶へくと、窓際の席に柄な女性が座っていた。髪の交じった髪をきちんとまとめ、膝のには古い布包みを置いていた。
「佐藤さんの息子さんですか」
「はい。健と申します」
はしばらく健の顔を見つめた。その目が急に潤んだ。
「よく似ています。あの、ラジオのにいた兵隊さんに」
健は父の残したと、茂の名が記された軍用帳を机へ置いた。は震える指で触れたが、すぐにはかなかった。
昭20815、駅の防空壕跡で正の隣にいた女は、やはりだった。
は疎先から京の叔母を頼って移する途、兄を捜していた。駅で兵士たちを見かけるたび、茂をらないか尋ねた。正が持っていたに自分の名がかれているのを見て、兄の消息をるだと気づいたという。
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「では、どうして父に声をかけなかったんですか」
健が尋ねると、は俯いた。
「怖かったんです」
「何が?」
「兄がくなったと聞くのが」
は正のに自分の名を見つけた瞬、兄が何かなことを託したのだと察した。しかし玉音放送が終わり、々が泣いたり鳴ったりしながらき始めると、真実を聞く勇気を失った。
「兄がきているとっているは、待っていられました。でも、あの兵隊さんのから最のことを聞いたら、待つ所までなくなる気がしたんです」
は混みに紛れ、そのから逃げた。になって何度も戻ったが、正を見つけることはできなかった。
その、母と再会できないまま京でみ込みの仕事を始めた。戸籍の続きや結婚による改姓がなり、兄を捜す便りが届きにくくなった。
「尋ねの放送も聞きました。でも、み込み先では自由にラジオを聞けませんでした。兄の名が放送されたことはりませんでした」
健は、父が毎晩ラジオので待ち続けたを話した。は両で顔を覆い、声をげずに泣いた。
「同じを捜していたのに、すぐくで互いにすれ違っていたんですね」
が持ってきた布包みのには、片方だけの袋が入っていた。茂が征する、が初めて編んだものだった。
「できさを違えてしまいました。兄は笑いながら、それでも持っていってくれたんです」
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