みかん小説
本棚

"閉ざされた玄関の暗証番号" 第11話

桜は自嘲気に、力なく微笑んだ。

「ほら……本当に帰ってきちゃったじゃない」

勇気は笑うことなどできなかった。胸が張り裂けそうなほどの痛みが全を駆け巡る。妻はに浮かされ、義母と義妹に理尽にを追われながらも、なおの夫のと仕事を最優先に案じて耐え忍んでいたのだ。

勇気は息をえ、を決して尋ねた。

「……桜。にも、似たようなことがあったのか?」

桜の瞳が瞬、激しく揺した。しかし、彼女はすぐに線をへと落とした。

「……今は、その話まではしたくないわ」

勇気はそれ以、無理に問い詰めることはしなかった。そのわずかな反応だけで、自分がこれまで見過ごしてきた歪みが、氷角に過ぎないことを悟るには分だった。

勇気は静かにソファからがった。

「桜、って。緒にへ帰ろう」

桜の表張った。

「……私は、ここに乗るわ」

に帰りたくないのか?」

桜はリビングの隅のスーツケースを見つめた。

「今は……あのには戻りたくないの」

勇気は何も言えなかった。自分にとってはらぐべきであっても、妻にとっては病気の体ですりにすがりつき、荷物を引きずりながら追放された獄のような所なのだ。

勇気は再び腰をろした。

「……分かった。無理に連れ戻すような真似はしない」

桜のこわばっていた表が、わずかにらいだ。

広告

そして、躊躇いがちに目遣いで夫を見つめた。

「勇気さん……つだけ、お願いしてもいい?」

「何だい?」

「お義母さんと……あまり酷く喧嘩しないでね」

勇気は驚きに目を見張った。

「何を言ってるんだ? 君をあんな目に遭わせたんだぞ」

「私のせいで、あなたとお義母さんの関係が修復能になるのは嫌なの。あなたを育ててくれた、切なお母さんなんだから……」

勇気は愕然として妻を見つめた。理尽にを追いされた被害者である桜が、なぜ自分と加害者である母の関係を気遣わなければならないのか。その痛々しいまでの優しさが、勇気の胸を激しく締め付けた。

「……君はどうして、こんな状況になっても母さんのことを配するんだ」

「……あなたの、お母さんだからよ」

桜はそれ以、澄子を責める言葉をにしなかった。勇気はく息を吸い込み、がった。

「今はここで、ゆっくり休んでくれ」

「勇気さんは……?」

に帰るよ。喧嘩をしにくわけじゃない。ただ、きちんと話をしてくる」

勇気は玄関へ向かい、ドアノブにをかけて振り返った。

「桜。君が本当に『帰りたい』とえるようになるまで、ここにいていいから」

桜の瞳が潤み、微かに揺れた。勇気はそれ以何も言わず、蒼井のマンションをにした。

待たせていた社用に乗り込むと、勇気は運転く告げた。

広告

「田園調布へ」

が夜の都沿いをす。勇気は流れる窓の夜景を見つめながら、桜の言葉を反芻していた。

『私ので、どうしてあなたの顔を伺わなきゃいけないのか』

母はなぜ、あの邸宅を平然と「自分の」と言い切ったのか。母と対峙するに、確認しておかなければならない決定な事実があった。

田園調布の敷に到着したのは、夕が完全にを覆った頃だった。玄関のドアをけてに入ると、リビングのソファに座っていた澄子が弾かれたようにがった。

「勇気! 連絡もなしに急に帰ってくるなんて……」

勇気は荷物をに置き、母をややかに見据えた。

「ただいま戻りました」

澄子は息子の険しい表を伺いながら、探るように尋ねてきた。

「桜さんに……会ってきたの?」

「ええ」

「あの子……何て言ってた?」

勇気はすぐには答えなかった。

「話をするに、し確認したいことがあります」

澄子の眉が審そうにいた。

「確認って……何をよ」

「確認が終わってから話します」

勇気はそれ以言葉を交わすことなく、階の斎へと階段をがっていった。澄子はその淡な息子の背を、落ち着かない様子で見つめていた。

斎に入った勇気はデスクのに座り、スマートフォンの通話履歴から会社の財務および個資産の管理をに担っている鈴の番号を呼びした。

「夜分にすまない、鈴

『いえ、社。無事にご帰国されましたか』

広告

おすすめ作品

リンクを共有

以下のリンクをコピーして友達と共有してください: