"退職金より失ったもの" 第2話
の習慣で卓へ向かったものの、炊きたての米も噌汁も用されていない。台所はえ切り、いつも流れているラジオも消えていた。
「佳代、朝飯はどうした」
返事はなかった。
苛ちながら廊へると、玄関に佳代がっていた。紺のコートを着て、さな旅鞄と青いファイルを持っている。
「なんだ、その荷物は」
「しばらくをます」
「まだ昨のことで腹をてているのか。退職した最初の朝くらい、黙って飯をせばいいだろう」
「腹をてているんじゃないわ。決めたの」
佳代は靴を履き、ちがった。
「あなたの活を、もう私が無償で支えないと決めました」
秀治は呆れたように笑った。
「くだらんを張るな。飯と退職は別の話だろう」
「別ではないわ。あなたは私が39してきたことに価値がないと言った。にいただけのには、1円も渡さないのでしょう?」
「必な活費はすと言った」
「そのたびに、あなたへをげるのよね」
「夫婦なら当然だ」
「だったら、その夫婦の役目をります」
佳代の声は静かだった。鳴り声よりも、その静けさの方が秀治には気にじられた。
「どこへくつもりだ」
「母から相続した平よ。今までに貸していたけれど、、入居者が退したからしずつ直していたの」
「まだあんな古いを持っていたのか」
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「話したことはあるわ。でも、あなたは興を示さなかった」
実くにある築42のさな平は、佳代の母がくなった際、佳代が単独で相続したものだった。秀治は価値のない古だと決めつけ、現を見ようともしなかった。
佳代は昨から自分の与と賃収入で回りを直し、暮らせる状態にえていた。婚を計画していたわけではない。ただ、いずれ夫婦のどちらかが1になった、む所があればだとったのだ。
「勝にしろ。ただし、俺の退職を持っていくなよ」
「触りません。あなたの退職は、あなた名義の座に全額残っています」
「ならいい」
秀治が骨に堵すると、佳代はさく息を吐いた。
「その代わり、私のおにも触らないでください」
「何を言っている。結婚してから貯めたなら夫婦のだろう」
「昨は、誰が働いて得たかが事だと言ったでしょう?」
「退職の話をしているんだ。屁理屈を言うな」
「計用の通帳は卓に置いてあります。を確認しておいて」
「分かったから、夕飯までには戻れよ」
「戻りません」
秀治の顔から笑みが消えた。
「誰が飯を作るんだ」
「自分の活は自分で考えてください。あなたは昨から、自由に使える2760万円を持つ派なでしょう」
佳代は玄関をけた。1のたいが吹き込み、秀治は寝巻きの襟を押さえた。
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「佳代」
呼び止める声に振り返らず、佳代はへた。
卓には、計用の通帳といが残されていた。
――あなたの退職には1円も触れていません。私名義の財産についても、今は触れないでください。39のおの流れを確認し、改めて連絡します。
秀治はを読み終えると、腹たしげに丸めかけた。
だが、すぐにい直した。佳代が通帳を置いていったということは、計のを持ち逃げしたわけではない。数もすれば、1で暮らす便さに耐えかねて戻るだろう。
「寄りのごっこか。馬鹿馬鹿しい」
そう呟きながら、秀治は通帳をいた。
老に備えて、2000万円く貯めていたはずだった。退職とわせれば、慎ましく暮らす必などない。佳代が戻らなければ、自分の好きなようにを使えるとさえ考えた。
ところが、最のページを見た瞬、秀治の指が止まった。
残、48万6720円。
「なんだ、これは……」
何度見ても数字は変わらない。
のページには、確かに1900万円を超える残があった。しかし数かから、複数回に分けて別の座へ資が移されている。
摘欄には「返還」と記されていた。
「返還? 誰に返したんだ」
秀治は慌てて佳代へ話をかけた。
「おい、佳代。通帳のはどこへやった!」
数回の呼びし音の、妻の落ち着いた声が返ってきた。
「通帳を見たのね」
「2000万円くあっただろう。勝に持ちしたのか!」
「あなたのおは1円もかしていません」
「なら、あれは誰のだ」
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