みかん小説
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"退職金より失ったもの" 第9話

そのの午、直と美紀、それぞれの族が集まった。

孫たちが庭をり回り、縁側には巻き寿司の具が並んだ。佳代がする側だった誕に、初めて子どもたちが料理を作ってくれた。

「お母さん、座っていて」

美紀に言われ、佳代は笑った。

「何もしないのは落ち着かないわ」

「今は主役なんだから」

が差しした箱には、しい旅鞄が入っていた。

「次はきたいって言ってただろう」

「覚えていたの?」

「お母さんが話したこと、これからはちゃんと覚えておこうとって」

その言葉に、佳代は胸が温かくなった。

夕方、皆が帰った、郵便受けに秀治からのが届いていることに気づいた。

、秀治から連絡が来るのは3度目だった。

最初のには、「悪かった。やり直したい」とだけかれていた。2度目には、料理教へ通い始め、健康管理を自分でするようになったとあった。

今回のは、それまでよりかった。

――佳代へ。

――あの、俺は退職を、自分が39働いた証しだとっていた。だから誰にも渡したくなかった。だが本当は、会社を辞めて肩がなくなり、自分に何が残るのか怖かったのだとう。

――を握れば、では偉いままでいられると考えた。そのために、くにいたおに置こうとした。

――1で暮らして、ようやく分かった。

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には、俺が名すららなかった仕事がいくつもあった。おはそれを39続けていた。

――今さら許してほしいとは言えない。戻ってきてほしいとも、もうかない。ただ、俺が違っていたことだけは伝えたい。

――おは、にいただけではなかった。俺がで働けるように、族を守っていた。ありがとう。そして、本当にすまなかった。

佳代は読み終えると、を膝のへ置いた。

秀治の謝罪を待ち続けていた頃なら、泣いていたかもしれない。だが今の胸にあったのは、激しいびでもりでもなく、静かな堵だった。

ようやく夫は、自分の言葉で自分の過ちを見つめた。

だからといって、別れた判断が変わるわけではない。謝罪は失ったを戻す魔法ではなく、復縁を求する権利でもない。

それでも、が自分の誤りに気づくことにはがある。

佳代は便箋を1枚取りした。

――秀治さんへ。

――を読みました。あなたが自分の活を始めたことを、よかったといます。

――私も元気です。仕事を続け、旅にもきました。今度はく予定です。

――39には、苦しいことだけでなく、楽しかったこともありました。その全てを否定するつもりはありません。

――ただ、私はもう戻りません。これからは、それぞれが自分の切にきましょう。

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――謝ってくれて、ありがとう。

き終えると、佳代は封筒に入れた。

翌朝、郵便局へ向かう途所の女性に声をかけられた。

「森川さん、今はどちらへ?」

しに。それから、旅の切符を買いにくんです」

「お1で?」

佳代はし考えてから、笑顔で頷いた。

「ええ。でも、独りではありません」

自分で働いて得たものがある。母から受け継いだがある。子どもや孫、仕事仲がいる。そして何より、自分自を粗末にしないと決めたがある。

通帳の数字は、きてきた全てを表してはくれない。

卓へ並べた料理の数も、眠れない夜に子どもの額へ当てたの温度も、族のために諦めた予定も、預には記録されない。

だからこそ、誰かに価値がないと言われた、自分までその言葉を信じてはいけないのだ。

秀治の退職2760万円は、晩で消えたわけではなかった。

失われたのは、妻が差しし続けてきた無償の献と、夫婦として残されていた最の信頼だった。

方、残48万6720円の通帳を置いてた佳代は、何も失わなかったわけではない。39暮らしたれ、族の形を放し、い痛みを引き受けた。

それでも清算の先には、額では測れないものが残った。

自分の

自分の名

そして、残りのを自分で選ぶ自由だった。

佳代は駅の窓きの切符を受け取ると、それを切に鞄へしまった。

ホームへ入ってきた列の扉がく。

誰の許を求めることもなく、佳代は自分ので、その先へ乗り込んだ。

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