みかん小説
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"地下室に消えた名前" 第4話

6記録には、奇妙な共通点があった。

全員が自ら命を絶ったとされているにもかかわらず、発見状況の記載がない。診断の写し、事故報告、族への連絡記録、所轄警察への通報記録も見つからなかった。

各ファイルの最には、同じ文面がきされていた。

――自により。院内規定に従い処理。

署名は期によって異なっていたが、跡は酷似していた。複数の医師が署名したように見せかけ、同じ物が記入した能性がある。

さらに解なのは、遺族へ渡された類だった。

6のうち4族が、当、病院から「院内でしたため、の理由により施設側で葬した」と説を受けていた。遺骨として渡された骨壺のを確認した者は、記録1もいない。

残る2は、入院族との連絡が途絶えていた。病院がらせたかどうかさえ分からない。

「自は隠れ蓑だった能性があります」

の声にはりが滲んでいた。

「6が別々の代に、同じように記録を省略されるなんて偶然ではありません」

瀬も同じ考えだった。

しかし、骨から因をらかにできなければ、記録の備だけで殺と断定することはできない。薬物が使われたとしても、数を経た骨から成分を検できる保証はなかった。

捜査には、きた証言者が必だった。

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療養所で1950代から1970代に勤務し、っていた物。その者を探しさなければ、6の女性は再び「自」という6文字のへ閉じ込められてしまう。

瀬は古い職員名簿をいた。

医師、護師、事務員、用務員。すでにくなった者の氏名には線が引かれ、所の者もい。

そのに、36勤務した医師の名があった。

1949着任。1985退職。

元副院

87歳。潟県の沿いの町に民登録が残っていた。

を訪ねるに、瀬は6の女性がどのような患者だったのか調べることにした。病院側の記録だけを読んでいては、彼女たちが「症例番号」にしか見えなくなるからだ。

最初に元が判した神崎文は、1928形県内の農まれていた。

22歳で結婚し、2の子どもを産んだ。第2子の、眠れないが続き、突然泣きしたり、事を取れなくなったりしたという。

現代なら産うつと診断された能性がある。しかし当の診断には、「母性欠如」「定」「活への適応」と記されていた。

夫と義父母は、文を羽療養所へ入院させた。

最初は3かの予定だった。だが、文がへ戻ることはなかった。

文の男はすでにくなっていたが、次女の節子が宮県内で暮らしていることが分かった。節子は77歳になっていた。

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瀬とが訪ねると、節子は仏壇の引きしから1枚の写真をした。若い女性が赤ん坊を抱き、照れくさそうに笑っている。

「これが母です。私には記憶がありません」

節子が最に母と会ったのは3歳の頃だった。

「父からは、母は病気になってくの病院でくなったとだけ聞かされました。自分で命を絶ったと聞いたのは、私がになってからです」

「病院から遺骨は戻りましたか」

さな骨壺が届いたそうです。でも祖母が、の墓に入れると縁起が悪いと言って、寺へ預けたと聞きました。その寺も事でなくなりました」

瀬は、から見つかった骨について慎に説した。

節子はしばらく写真を見つめていた。

「母は、私たちを捨てたのだとっていました」

声は静かだったが、膝ので組んだが震えていた。

「でも違ったんですね。帰れなかったんですね」

2目の坂は、夫を戦争で失った、3の子どもを1で育てていた。活に困窮し、で働きながら極端な眠と聴に悩まされ、親族によって入院させられた。

3目の藤千鶴は、精神疾患があったかどうかさえ疑わしかった。

千鶴は卒業、町の郵便局で働いていた。父親が決めた縁談を拒み、既婚男性との交際を疑われたことで族と衝突した。入院申請には、父親の字で「男性関係に節度なく、名を汚す」

かれていた。

診断は「性格異常」。

病院での記録には、「反抗

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