"68歳の誕生日、残高は0円だった" 第16話
部には今、総と千代子、さやか、滝川のだけがいた。
茶菓子の皿がテーブルのに残っていた。
湯呑みがつ、が減らないまま並んでいた。
総は文から目をげた。
「弁護士を雇うがあるなら、介護費用に使え」
彼は言った。声はまだ平静を保っていた。
だが、何かが抜けていた。いつもの相を見すのみがなかった。
「その介護費用をお父さんがごまかしたから、私たちがここにいます」
さやかはたく言い放った。
総は何も言わなかった。
滝川がをいた。
「文の内容を、ご確認いただけましたか?」
滝川は言った。
「婚条件、返還額、お母様の介護責任の移転について記してあります」
滝川は逃げを塞いだ。
「国税局への告発と、への正続きの申告は、このと並してめることも」
滝川は総を見た。
「あるいは、このの成を条件に取りげることも、依頼の判断によります」
総はもう度文を見た。
今度はゆっくりと字ずつ読んでいた。
千代子はその横顔を見ていた。
このがこういう顔をしているのを、見たことがなかった。
計算している顔ではあった。
でも今の計算は、相を圧倒するためではなく、自分が逃げられるを探すためのものだった。
そしてそのがどこにもいていないことを、数式を解くように理解していく顔だった。
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「返還額、千万……」
総はやがて言った。呟くような声だった。
「はい」
滝川は答えた。
「座からの移分と、の虚偽控除による税務の利得の清算額を算しています」
総の顎が、度さくいた。
さやかはテーブルの端にったまま、何も言わなかった。
千代子も何も言わなかった。
滝川は文の横にペンを置いた。
沈黙が続いた。
壁の計が、カチカチと音をてていた。
から子供の声が、微かに聞こえてきた。
どこかで自転がっている音がした。
リビングのだけが止まっているようだった。
総はペンをに取った。その作はゆっくりだった。
指がペンに触れ、握り、持ちげた。
文の最のページをいた。署名欄を見た。
またしの、止まった。
千代子は総のを見続けていた。
、このがどんなにくかを見てきた。
仕事の類にサインするの、慣れたいき。
ゴルフクラブを握るの力の入り方。
おの話をするに机を叩くの、差し指の使い方。
今、そのはどれとも違うき方をしていた。
ペンがに触れた。
総は名をいた。
崩れた字ではなかった。震えてもいなかった。
それがかえって、見ていた千代子には何かをじさせた。
プライドを持ったが、プライドをかけて最の面を形にしようとしている。
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泣いてくよりも、震えてくよりも。
綺麗な字でサインする方が、このらしい終わり方なのだとった。
サインが終わった。
総はペンを置き、文から目をげた。
千代子を見た。さやかでも滝川でもなく、千代子を見た。
その目のに何があったか、千代子にはうまく言えない。
りではなかった。謝罪でもなかった。
もっと別の何か。いが凝縮されたような何かいものが、瞬そこにあった。
だが、すぐに消えた。
総は線をし、ちがった。
「斎にいる」と言い、部をた。
廊を歩く音が、奥に向かってくなっていった。
斎のドアが閉まる音がした。
リビングにが残った。
滝川が文をに取り、「お預かりします」と言いながらファイルに納めた。
さやかは子の背もたれにをついたまま、しの無言でいた。
千代子はテーブルのの湯呑みを見ていた。
つとも、が残っていた。
「お母さん」
さやかが言った。千代子は娘を見た。
さやかは何か言おうとして、でも言葉を選んでいた。
言葉が来るまでの数秒、は目をわせていた。
やがてさやかは、「終わったよ」と言った。
それだけだった。
「終わった」という言葉が、千代子ののでゆっくりと形を作った。
終わった。
終わったのかどうか、今はまだ分からない、と千代子はった。
これから類の続きがある。との調がある。
税務署への申告がある。の介護のこともこれから変わる。
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