みかん小説
本棚

"0円の注文帳" 第1話

母がくなって12目、55歳の野直子は、埼玉県郊の若葉台団へ戻った。横浜からを乗り継いで1半、駅から続く商を歩いていると、子どもの頃にはきく見えたアーケードが、驚くほど狭くじられた。

も魚も、半分以がシャッターをろしていた。母・枝が43続けてきた「こもれび弁当」だけが、褪せた板を残したまま、商番奥に取り残されている。

81歳だった枝は、半までそのっていた。臓が悪くなって入院し、直子が「もうはやめた方がいい」と何度言っても、「あとしだけ」と笑っていたが、その“し”が終わらないまま帰らぬになった。

直子はの鍵をけ、しばらく入っていた。蔵庫の源は抜かれているのに、醤油、揚げ油、煮物、古いの棚に染み込んだ匂いだけは、母がまだ奥で包丁を握っているように残っていた。

「匂いって、しつこいのね」

誰に聞かせるでもなく呟き、直子は窓をけた。母のを残しに来たわけではなく、翌までにけ渡すため、全部処分するつもりだった。

若葉台団は翌から規模な建て替えに入る。商も取り壊されるため、を継ぐ者がいても、この所で営業を続けることはできなかった。

直子には、それでよかった。

母と自分は、世でいう仲のいい母娘ではなかった。

広告

と盆に顔をし、度くらい話をする程度で、母のにはを送っていたが、それはというより義務にかった。

嫌いだったわけではない。

ただ、30から、母に対してどうしても許せないことがつあった。

直子が20歳だったのことだ。

料理が好きだった直子は、卒業元のスーパーで働きながらを貯め、京の調理専を受験した。父の茂は「女が京までって料理を習ってどうする」と反対したが、直子は母だけは方になってくれるとっていた。

なぜなら枝自が料理を仕事にしていたからだ。

格通が届いた、直子は嬉しくてまでった。枝は通を見て瞬だけ笑い、「よかったね」と言った。

ところが、その数週

20歳の誕の夜。

直子が自分の学についてきちんと話そうと、閉で母を待っていた本の話が入った。

受話器を置いた枝は、顔を変えてエプロンをした。

「ごめん。急ぎの配達が入ったからってくる」

「今じゃなきゃ駄目なの?」

「今じゃないと駄目なの」

母はそう言っただけで、弁当を袋へ入れ、した。

直子はめた唐揚げをべた。

父は酒をみながらテレビを見ていた。

母が帰ったのは付が変わってからだった。

翌朝。

広告

直子が専の話をすると、枝はく黙ったあと、信じられないことを言った。

京へくのはやめなさい」

「どうして?」

「料理なら、このでも覚えられるでしょう。いおを払って京へく必なんてないよ」

直子は母と初めて激しく言い争った。

「昨だってそうじゃない。私の誕よりらない客の弁当が事だったでしょう」

枝は何も説しなかった。

ただ最に、

「今は京へじゃない」

とだけ言った。

、学から入学辞退の続きが完したという通が届いた。

直子は泣いた。

母が勝に断ったのだとった。

枝は否定しなかった。

それから30、直子は母を「自分のを潰した」として見てきた。

結局、直子は元で働き、その結婚して横浜へ移った。29歳で娘の彩を産み、43歳で婚し、現はスーパーの惣菜部で主任として働いている。

料理かられたわけではない。

けれど。

「もしあの京へっていたら」

その考えだけは、55歳になった今でも消えなかった。

の片づけを始めて3ほど経った頃、レジ台のから古い学ノートがてきた。表には「平成3」とかれ、母の字で注文した客の名、品物、額が細かく記録されている。

直子は懐かしさ半分でページをめくった。

そして、113のページでが止まった。

それは直子の20歳の誕だった。

《113 本 幕の内2 1,200円》

《田辺 唐揚げ3 1,350円》

そのの最

《2010分 6号棟504 2

広告

おすすめ作品

リンクを共有

以下のリンクをコピーして友達と共有してください: