"1億8400万円の夜逃げ" 第1話
20167、京。の応接で、健は差しされた類の末尾に、自分の名と話番号をき込んだ。28歳になるまで何度も署名をしてきたはずなのに、そのに限ってペン先が細かく震え、文字の最がわずかに歪んだ。
「おめでとうございます。こちらで続きは完です」
員の穏やかな声を聞きながら、健は何度も自分の指先を見た。ではないことを確かめるようにスマートフォンを取りし、座の残をくと、そこにはこれまで見たこともない数字が並んでいた。1億8400万円――ほんの数まで、8000万円もの借に追われていた男の座に、かけても稼げるか分からないが入っていた。
をると、7のい差しが歩をく照らしていた。健はしばらく入のにったまま、誰にも話をかけようとはしなかった。両親にも、昔からの友にも、事業で世話になったにもらせず、ただもう度だけ残を確認すると、スマートフォンをポケットへ戻した。
笑いが込みげた。
それはびだけではなかった。倒産寸まで追い込まれ、から1に何回も話を受け、夜になるたび眠薬がなければ眠れなかった数かが、瞬で消えったようにえたからだった。昨まで自分を追い詰めていた8000万円という数字が、突然さなものに見えた。
広告
健は京都世田区で育った。父親は企業の役員、母親は専業主婦で、豪邸にむほどではなかったが、に困る庭でもなかった。背がく、付きいもく、学代には自然との輪のにつような青だった。
周囲から「何をやってもうまくいく」と言われるたび、健自もそれを疑わなかった。学を卒業して会社員になったものの、自分ならもっときなことができるといういが消えず、27歳になった2015、会社を辞めて経営に乗りした。当流していた級パンケーキを板にした型カフェだった。
両親から資援助を受け、からも借り入れ、本にい等へを構えた。内装には1000万円以をかけ、照から器まで徹底にこだわり、SNS映えするとして売りした。直は週末になると列ができ、健はわずか数かで自分の選択が正しかったと確信した。
しかし、流はった以にかった。級パンケーキそのものへのブームが急速にえ込み、テレビ番組で部舗の原材料や価格設定が批判されると、客は目に見えて減っていった。賃と件費だけは毎変わらず発し、売りげが半分以になっても、健は「あとし耐えれば戻る」と信じ続けた。
から借りた。
広告
からも借りた。それでも資が尽きると、最には法な利息を求する業者にまでをした。
2016、は閉した。
残った借は、およそ8000万円だった。
両親に事実を打ちけた夜、健は初めて父親の顔から血の気が引くのを見た。父は鳴らなかったが、「もう、うちではどうにもできない」とだけ言い、母親はうつむいたまま度も健と目をわせなかった。その静けさのほうが、罵声を浴びせられるより健には苦しかった。
港区麻布の古いアパートへ移ったのは、その直だった。表通りから本入った細いに建つ4階建てで、築数は古く、には以共同倉庫として使われていた暗い空が残っていた。再発の噂がある域だったため空もく、夜になればの入りはほとんどなかった。
取りての話は朝も夜も関係なく鳴った。「いつ返す」「逃げても無駄だ」「族のところへくぞ」と言われるたび、健はスマートフォンの源を切った。しかし切れば切ったで、今度はいつ突然誰かが部を訪ねてくるのか分からず、玄関ので物音がするだけで体が張った。
やがて眠れなくなった。療内科を受診すると、医師は事業の失敗によるい状態だと診断し、眠薬を処方した。健は毎晩それをみ、ようやく数だけ識を放す活を続けていた。
そんな男が、ある突然1億8400万円をに入れた。
広告
おすすめ作品
-
完結第13話
7年目に開いた薬袋
昭和48年、広島県北部の小さな町で、誰からも慕われていた薬剤師・中村幸子が突然姿を消した。 彼女は「銀行へ行く」と言って薬局を出たまま戻らなかった。手には200万円の入った黒い鞄。けれど銀行には行っておらず、町の誰もその後の姿を見ていなかった。 真面目で優しく、患者一人ひとりに寄り添ってきた幸子。夫の哲夫は涙ながらに妻の帰りを待ち、町の人々も彼女の無事を信じ続けた。 しかし7年後、ある高齢女性の家から見つかった大量の薬が、止まっていた事件を再び動かす。 信頼されていた医師。閉ざされたままの薬局。消えた200万円。 幸子はなぜ、あの日すべてを終わらせようとしていたのか。 町の誰も疑わなかった“優しい人たち”の裏側に、7年間隠され続けた真実が眠っていた――。ミステリー|行方不明1.9萬字5 99 -
完結第10話
「貧乏な主婦は帰れ」と笑った銀行員――直後、支店長が私を見て凍りついた
祖母の遺産整理のため銀行を訪れた美咲は、質素な服装を理由に「底辺の主婦」と見下され、亡き祖母の通帳まで床へ投げ捨てられる。 だが彼女の本当の正体は、世界的巨大ファンドの資金を動かす天才システム開発者だった。 静かにスマホを操作した瞬間、5秒ごとに10億円が銀行から流出し始め――。ミステリー|真実1.5萬字5 18 -
完結第14話
消えたアナウンサー
6年前、人気キャスターの水野紗季は突然姿を消した。残された車、動かない銀行口座、使われていないパスポート。そして失踪当時、彼女は妊娠32週だった。時が流れたある夜、同僚の高橋真紀のもとに海外から1枚の写真が届く。欧州の人体標本展に展示されていたのは、30代前半、妊娠32週と記された女性の標本。さらに写真の隅には〈MA-214〉という謎の管理番号が写っていた。偶然にしては一致しすぎている。真紀が標本の出所を追い始めると、6年前に紗季が調べていた別の妊婦失踪事件、病院、献体記録、そして消された取材素材が次々につながり始める。ガラスケースの中の女性は、本当に水野紗季なのか――。ミステリー|行方不明|不倫2.1萬字5 3 -
完結第18話
9年間消えた娘と「お姫様の部屋」
1991年10月。 埼玉県の住宅街で、5歳の少女・高橋ユイナが自宅の寝室から忽然と姿を消した。 開け放たれた窓。 侵入者の痕跡はなく、事件は迷宮入りとなる。 それから9年後。 離婚を機に荷物を整理していた母・エリコは、娘のおもちゃの録音テープを発見する。 そこには、元夫・修平の奇妙な言葉が残されていた。 「終わったら、“お姫様の部屋”においで」 さらに修平は、毎週通っていたはずの被害者家族の会にも、3週間姿を見せていなかった。 そして自宅の床下から見つかった、大量の謎の映像テープ。 すべてに書かれていたタイトルは―― 「お姫様の部屋」 9年前、ユイナは本当に外へ連れ去られたのか。 なぜ父親は嘘をつき続けていたのか。 そして、家族さえ知らなかった“もう一つの部屋”には何が隠されているのか。 母がその扉を開いた瞬間、9年間信じてきた失踪事件の真相が崩れ始める。行方不明2.7萬字5 109 -
完結第10話
15年後に消えた罪
1984年、東京・世田谷の古い木造住宅で起きた火災。 亡くなったのは、72歳の老人・近藤商司だけではなかった。 焼け跡から見つかったもう一人の女性の遺体は、なぜか新聞紙に包まれ、灯油の痕跡まで残されていた。 当初、事件は老人と介護士の間で起きた悲劇として処理された。 しかし15年後、古い書類に残された一つの署名と、焼け跡に残された小さな証拠が、隠され続けた真実を再び動かし始める。 消えた500万円。 偽造された署名。 そして、誰も疑わなかった親族の存在。 長い年月を経て明らかになった、静かな住宅街の奥に隠された衝撃の真相とは――。ミステリー|行方不明1.5萬字5 209 -
完結第11話
地下室に消えた名前
旧精神療養所の解体前調査で発見された、図面には存在しない地下室。 そこには、番号だけを付けられた6人分の遺骨と、半世紀前に消された人々の記録が残されていた。 かつて「自死」と処理された女性たちは、本当に自ら命を絶ったのか。 調査を進める刑事たちは、古いカルテ、残された手紙、そして元医師の告白から、病院の地下に隠されていたもう一つの歴史へたどり着く。 しかし、そこにあったのは単なる事件の真相ではなかった。 名前を奪われ、声を失った人々と、長年沈黙を守り続けた社会の記憶だった――。ミステリー|行方不明1.7萬字5 157