みかん小説
本棚

"判を押さなかった妻" 第8話

おそらく、婚すればすぐ緒に暮らせるという約束を千佳へしていたのだろう。

私は相変わらず自分の活だけをしていた。朝は自分の分だけパンを焼き、昼には図館へき、午会えていなかった友とお茶をした。以なら修司の予定を確認して夕方までに帰宅していたが、もうそれをする理由はなかった。

ある夜、修司は卓へスマートフォンを置いた。

「千佳に話する」

私は本を読んでいたので、「そう」とだけ答えた。

「おにも聞いてもらった方がいい」

修司はそう言って、通話をスピーカーに切り替えた。たぶん私に、千佳との関係が本物であることを見せつけたかったのだとう。

数回の呼びし音のあと、女性の声がした。

「もしもし、修司さん?」

声はったより若く、柔らかかった。修司は私の顔を見ながら「今、佳代もいる」と言ったが、千佳はを置いただけで「そう」と答えた。

最初の数分、は悠斗の学の話をした。修司は息子が来参加する事について楽しそうに話し、千佳も「お父さんが来たらぶよ」と笑った。その会話だけを聞けば、10から族として暮らしてきたたちのようだった。

私は腹がつより、奇妙な気持ちになった。

修司はこの10、私と夕べながら、別の所でも「父親」だったのだ。

のことはもうしかかる」

広告

しばらくして修司が言った。

千佳の声がし変わった。

「まだ判を押してくれないの?」

「それは丈夫だ。佳代も最終には分かってる。ただ、財産の話をいろいろ言いしてる」

「財産って?」

とか貯とかだよ。理すれば済む」

千佳は数秒黙った。

は修司さんのものなんでしょう?」

「俺の持ち分がきい。ただ、佳代の名義もし入ってる」

初めて聞いたようだった。

「じゃあ、売れないの?」

「最終には売れる。佳代はていくから」

私はそこで本を閉じた。

修司がこちらを見た。

私はスマートフォンに聞こえる声で、落ち着いて言った。

「私はていきませんよ」

通話の向こうが静かになった。

修司が慌てて「佳代、今は黙ってろ」と言ったが、もう遅かった。

千佳が尋ねた。

「どういうこと? 婚したら奥さんがて、そこを売ってしいを買うって言ってたじゃない」

修司は「だからそうする」と答えたが、声がかった。

「でも奥さんがないなら、はどうするの?」

「それは俺が何とかする」

「何とかするって、いつ?」

千佳の声から甘さが消えていった。

「悠斗ももう10歳だよ。転のこともあるし、私はずっと待ってたじゃない。修司さん、退職もあるから丈夫って言ってたよね?」

修司は私を睨んだ。

はある。ただ、今理してるだけだ」

しって、どれくらい?」

私は何も言わなかった。

広告

聞かなくても分かった。

千佳もまた、修司の説だけを信じていたのだ。

このがほぼ修司のもの。

分な老がある。

婚すればを売って、しい居を購入できる。

そして修司は、活能力のある68歳の男性として千佳のへ移る。

しかし、現実は違う。

には私の権利があり、預貯は10の支で減っている。

そして修司は、自分の薬さえ妻に分けてもらっていた。

つ確認していい?」

千佳が言った。

婚したあと、事はどうするつもりなの?」

修司が瞬黙った。

「佳代がある程度やることになってる」

私はわず修司を見た。

千佳も同じだったのだろう。

「奥さんが?」

「あいつはこのに残るから、俺の料理とか洗濯は今まで通り――」

千佳は最まで聞かなかった。

「私、そんな話聞いてない」

その声にはりより、戸惑いがあった。

「私は修司さんと悠斗と3庭を作るって聞いてた。でも元奥さんに料理してもらって、薬まで用してもらうって何? それって、私は何なの?」

「違う。そういうじゃない」

修司は慌てて説し始めたが、千佳の返事は次第にくなっていった。

に彼女は「今はもう切る」と言った。

「千佳、待て」

通話は終わった。

修司はしばらく画面を見つめていた。

その顔には、初めて私が見た種類のが浮かんでいた。

スピーカーでの話から数、修司はほとんど千佳の話をしなくなった。

なら「悠斗が野球を始めた」「千佳は料理が苦だからい」

広告

おすすめ作品

リンクを共有

以下のリンクをコピーして友達と共有してください: