"「母に腎臓をくれ」と泣いた夫――手術直前、私は提供を取り消した" 第13話
担当医師の落ち着いた声が響いた。
「はい、先。母も私も覚悟はできています。よろしくお願いします」
夫の声は、とても頼りがいのある派な息子のそれだった。
義母も「先、どうか私を助けてください」といじらしい声をしている。
倫理委員会のスタッフが静かな声で付け加えた。
「ご族の皆様、本は体移植の術となります。ドナーの方の自発な同が何よりも優先されますので、この最終確認をさせていただきますね」
「もちろんです。妻は母のためにからんで提供を申してくれましたから」
夫は片の迷いもなくそう答えた。
「ドナーの由美さんは、まだお着替えですか?」
医師が周囲を見回した。
「ええ、妻はし神経質なところがありまして。今護師さんが呼んでくれています。全く、事なにがかかる女で申し訳ありません」
夫は私をし見すような言い方をした。
周囲のスタッフに『妻は緒定だが、私がしっかり管理している』という印象をつけたいのだろう。
「由美、おい!もう先方がいらっしゃったぞ。いつまで着替えているんだ!」
夫が私のいる個のドアに向かって、苛った声を張りげた。
「母さんの術が遅れたらどうするんだ!くてきなさい!」
その声は廊に響き渡った。
夫は完全に勝ち誇っている。
広告
自分の計画が完璧にんでおり、私が何も言わずに術台にがると信じきっている。
義母も、妹の恵子も、そして廊の奥に隠れている美穂も。
全員が私のピンクの術着姿を待っていた。
私は元の茶封筒を黒いバッグにしまい、ファスナーをしっかりと閉めた。
そして1度だけ、くゆっくりと呼吸をした。
たい空気が肺を満たし、の先まで冴え渡っていくのをじる。
私はドアのノブを回し、静かに扉をけた。
廊の線が斉に私に集まった。
医師、護師、倫理委員会のスタッフ。
そして夫の浩司と子の義母、妹の恵子。
「やっとてきたか。だからくしろって……」
夫は呆れたように言いかけ、そしてピタリとを閉じた。
彼の目が見き、顔から急速に血の気が引いていくのが分かった。
子の義母も、驚愕のをポカンとけている。
当然だろう。
個からてきた私は、ピンクの術着など着ていなかった。
病院に来たと同じ真っ黒なワンピース姿のままだ。
元もスリッパではなく、黒いパンプスを履いたままである。
そしてそのには、たい黒のバッグがしっかりと握られていた。
「ゆ、由美……お、その格好、どういうことだ?」
夫の声はひっくり返りそうに震えていた。
私は夫の張る顔を見つめながら、静かに、そしてはっきりと響く声で言った。
広告
「お待たせしました。さあ、皆さんが揃っているこの所で、切なお話を始めましょうか」
その瞬、病院のたい廊の空気が完全に変わった。
私が握りしめている黒いバッグの底で、彼らを破滅させるための類が、静かにそのを待っていた。
「由美、おがおかしくなったのか!く着替えてこい!」
夫の浩司は引きつった顔のまま私に詰め寄った。
そして、私の腕を引に掴もうとを伸ばしてきた。
私はそのをたい線で見据えながら、静かに、しかし力く振り払った。
ピシャッという乾いた音が静まり返った廊に響き渡った。
夫は驚きのあまり、弾かれたように数歩ずさりした。
「触らないでください」
私の声は氷のようにたく、はっきりと響いた。
今まで彼に逆らったことなど度もなかった私の態度の変化に、夫は完全に言葉を失っている。
子に乗った義母も、目を見いたまま震えていた。
周囲にいる医師や倫理委員会のスタッフたちも、この異様な空気にを止めた。
困惑した顔で私たちを取り囲んでいる。
「佐藤さん、どうされましたか?術のが迫っていますが……」
担当の医師が配そうに声をかけてくれた。
「先、申し訳ありません。妻は極度の緊張でしパニックになっているだけです」
夫は慌てて医師に向かってをげ、必に取り繕おうとした。
「先方に迷惑をかけるな。母さんの命がかかっているんだぞ。
広告
おすすめ作品
-
完結第12話
ゆで卵ひとつで嫁をやめた朝
夜勤明けの朝9時、16時間働いて帰宅した千明の前に置かれたのは、冷たいゆで卵が1つだけだった。 食卓には夫と義母のための朝食が並んでいる。炊きたてのご飯、味噌汁、焼き魚、小鉢。けれど、千明の分だけはなかった。 「食べられるだけ感謝しろ」 義母のその一言で、千明の中で8年間張りつめていたものが静かに切れる。 同居する義母の生活費、光熱費、食費、固定資産税まで支え続けてきたのは誰だったのか。夫は本当に何も知らなかったのか。そして、毎月の明細に隠れていた“もう一つの家族”とは――。 家を出て3日後、義母からの着信は100件に達した。 たった1つのゆで卵から始まった決別が、8年間隠されてきた家族の金と嘘を暴いていく。嫁姑|絶縁1.9萬字5 80 -
完結第26話
父子関係否定の白い封筒
ある日。 3歳の娘・唯の写真を見た義母が、冷たく言った。 「直樹には、全然似ていないわね」 やがて疑いは、美咲の“浮気”へ向かっていく。 そして義母は、唯にこう囁いた。 「大きくなるためのおまじないよ」 綿棒で口の中をこすり、息子・直樹の歯ブラシまで使って、勝手にDNA鑑定を依頼していたのだ。 数日後の日曜日。 夕食の席に白い封筒が置かれる。 結果は―― 「父子関係否定」 勝ち誇る義母。 しかし直樹は紙を見ても、美咲を責めなかった。 「結果は合ってるよ。俺は最初から知ってる」 なぜ夫は、娘と血が繋がっていないことを知っていたのか。 そして義母が暴いてしまった、息子が最も隠したかった秘密とは――。嫁姑3.9萬字5 119 -
完結第6話
帰宅した夜、夫の嘘を知った
里帰り出産を終え、生後2ヶ月の息子を抱いてようやく自宅へ戻った美咲。夫・直人との3人暮らしが始まると思っていたその夜、隣人が突然玄関を叩いた。「毎晩毎晩、夜中までいい加減にしてください」。さらに「ご主人には前にも2回注意しました」と告げられ、美咲は耳を疑う。この2ヶ月、美咲は一度も家に帰っていない。では、隣人が何度も見かけた“妻らしき女性”は誰だったのか。問い詰められた直人は「会社の後輩が1度泊まっただけ」と説明するが、翌朝、隣人の証言によってその嘘も崩れ始める。出産のため家を離れていた2ヶ月間、自分の家庭で何が起きていたのか――美咲は静かに真実を確かめ始める。嫁姑|夫婦|不倫8.8千字5 1174 -
完結第11話
追い出された私が離婚届を渡した日、夫の人生は崩れ始めた
新築の我が家に突然押しかけてきた義両親一家。 七人もの親族に家を占領され、家事も生活費もすべて押し付けられる日々。さらに夫・進は「養ってやっている」と私を見下し、ついには「お前は赤の他人だ」と言い放った。 限界を迎えた私は、静かに離婚届を差し出す。 しかし、彼らはまだ知らなかった―― 私が本当に失うものなど何もないことを。 そして、夫が隠していた重大な秘密と、一族を待ち受ける衝撃の結末を……。 これは、踏みにじられた妻が、自分の人生を取り戻すまでの逆転劇。兄弟姉妹|嫁姑1.7萬字5 335 -
完結第13話
優しい彼の家族計画
父の死後、支えになってくれた男性・健司と出会う。 彼は優しく、私の悲しみを理解してくれる人だと思っていた。 しかしある日、健司は泣きながら頼んできた。 「姉が夫の暴力から逃げてきた。少しだけ家に置いてほしい」 私は母と相談し、幼い娘を連れた彼の姉を受け入れる。 だが、それは始まりにすぎなかった。 姉は家事も生活費も負担せず、冷蔵庫を勝手に使い、家のことを調べ始める。 そして健司は突然言った。 「姉も家族になる。結婚したら、この家で一緒に暮らそう」 違和感を覚えた私は、姉の過去を調べ始める。 そこで知ったのは―― 彼女はDV被害者ではなかった。 以前にも同じ方法で他人の家に入り込み、生活を支配していたのだ。 さらに健司も、姉を助けるためではなく、最初から私の家を利用する目的で近づいていた。 信じていた優しさは、すべて計算だった。 家を奪われかけた私は、母とともに証拠を集め、法的手段へ進む。 「人を助けたい」という善意につけ込んだ家族の嘘。 失ったものを取り戻すため、私は本当の敵と向き合うことになる――。嫁姑2.0萬字5 737 -
完結第12話
DNA鑑定が暴いた元夫の大きな間違い
出産直後、山野リサは義母から「生まれた娘は本当に息子の子なのか」と身に覚えのない不貞を疑われ、さらに夫・ただしからも信頼を裏切る言葉を浴びせられる。DNA鑑定で親子関係が証明されても、二人は過ちを認めず、リサと幼い娘カナを家から追い出してしまう。 絶望の中、実家へ戻ったリサは両親の支えを受け、母として娘を守る決意を固める。努力を重ねてキャリアを築き、カナと共に幸せな人生を歩んでいた。 8年後、華やかな企業パーティーで再会したのは、落ちぶれた元夫と元義母だった。一方、成長したカナは優秀な少女へと成長し、リサには新たな人生を共に歩む大切な存在がいた。 かつて母娘を捨てた二人は後悔し、許しを求める。しかし、リサは過去に向き合い、毅然と決別する。 愛する娘を守り抜いた一人の母が、傷を乗り越え、本当の家族と幸せを手に入れる再生の物語。嫁姑|真相1.8萬字5 307 -
完結第16話
閉ざされた玄関の暗証番号
田園調布の豪邸で暮らす田中勇気と妻・桜。勇気は一人暮らしになった母・澄子を思い、妹の弓とともに同居を始める。しかし、その優しさは次第に家族の境界線を曖昧にしていった。 勇気が海外出張中、桜は高熱で倒れながらも義母の来客対応を強いられる。初めて「できません」と拒んだ彼女に、澄子は怒りを募らせ、桜本人の意思を無視して荷物をまとめ、家から追い出してしまう。 夫に心配をかけまいと黙って耐える桜。しかし異変を感じた勇気は急いで帰国し、隠されていた真実を知る。 妻を守れなかった自分の過ち、そして母が家族への感謝を「支配する権利」と勘違いしていたことに気づいた勇気は、家族の在り方を見直す決断をする。 本当の家族とは何か。愛情と依存の違いを描く、再生と絆の物語。嫁姑|第二の人生|修羅場2.4萬字5 228 -
完結第15話
消えた実印
嫁が実印を隠した本当の理由。 姑が泥棒だと思った相手は、家を守るために動いていた。 70歳の誕生日を前に、仏壇から消えた大切な実印。 前日に家へ来ていたのは、長男の嫁・香織だけだった。 家の売却を調べていた嫁。 勝手に印鑑を持ち出した嫁。 文江は、すべてを裏切りだと思っていた。 しかし、弁護士から届いた一通の書類によって、隠されていた真実が明らかになる。 母の家を売ろうとしていた本当の人物は誰なのか。 そして、嫁が命をかけて守ろうとしていたものとは――。嫁姑|親不孝2.3萬字5 661 -
完結第12話
朝5時の鬼電話
朝5時。 橋本日向のスマートフォンに、義母・京子から鬼のような電話がかかってきた。 「息子と0歳児の娘を放置して朝帰り? あなた、母親失格よ」 しかし日向には、何の覚えもなかった。 生後6か月の娘を育てながら、毎日夫の弁当を作る彼女に、夜遊びする時間など存在しない。 それなのに近所では、 「幼い子供を置いて遊び歩く妻」 という噂が広がっていた。 夫・大輝は妻を信じ、真相を確かめるため実家へ向かう。 そこで見つけたのは―― 日向と同じ服。 日向と同じバッグ。 そして、自分たちの写真を改ざんした証拠。 すべての裏にいたのは、夫の妹・明里だった。 なぜ彼女は義姉になりすまし、人生を壊そうとしたのか。 兄への歪んだ執着。 家族だから許されると思い込んだ狂気。 朝5時の一本の電話から始まった騒動は、やがて夫婦が本当に守るべきものを明らかにしていく。 愛情と執着を履き違えた家族の嘘が、静かな日常を崩していく――。嫁姑1.8萬字5 114 -
完結第13話
実印を押さない母
3年前、「半年だけ」という約束で始まった息子一家との同居。 夫を亡くし、一人暮らしだった67歳の佐伯佳代子は、息子夫婦と孫たちを自宅に迎え入れた。最初は賑やかで温かな暮らしだったが、いつの間にか食事、洗濯、孫の送迎、生活費の負担まで、すべてが佳代子の“当然の役目”になっていく。 そんなある日、息子が何気ない口調で切り出した。 「母さん、この家さ。そろそろ俺の名義にしない?」 家族だから。どうせ将来は相続するから。リフォームのためだから。 そう説明されながらも、佳代子の胸には小さな違和感が残る。そして偶然見つけた一枚の書類には、名義変更後の家の売却と、佳代子を高齢者住宅へ移す計画が書かれていた。 家族のために黙ってきた母が、初めて自分の人生を選び直す。 名義変更の日、佳代子が判子を押したのは、家を渡す書類ではなかった――。嫁姑|親子関係|金銭問題2.0萬字5 131