"三度目の金色の玉" 第4話
そのは空気も乾いていた。
最初に煙へ気づいた者が声でらせると、主たちは斉にへびした。
はすでにの奥からがっていた。
「だ!」
「消防へ話しろ!」
「隣のの商品をせ!」
商は騒然となった。
消防が到着するより先に、町の消防団がいた。
信夫も消防団の員だった。
からびしてきた者の話で、乾物の奥に老が取り残されていることが分かった。
主の族だった。
「まだにいる!」
その声を聞いた信夫は、ためらわなかった。
周囲が止めるよりく、煙のへ入った。
森田は当の景を覚えていた。
の勢い。
を刺す煙。
先から何度呼んでも返事がない。
そしてやがて、信夫が老を支えながらてきた姿。
老は助かった。
消防団と消防隊の働きで延焼も抑えられ、商の半分が焼けるようなにはならずに済んだ。
だが信夫は無傷ではなかった。
のへ入ったに怪を負い、その、体調を崩すことが増えた。
「助かったんだから良かった」
本は周囲にそう言っていた。
誰かが見いにっても、「したことじゃない」と笑った。
だが以のようには働けなくなっていった。
それから数。
信夫はくなった。
まだ40代だった。
寄りいの部に、ストーブの燃える音だけが聞こえた。
俊夫は写真のの信夫を見た。
広告
子どもの頃、父親から事の話を聞いた記憶がぼんやり蘇った。
「あの、信夫さんが入らなかったら危なかった」
父親はそう言っていた。
だが俊夫は、その信夫が千代の夫だったことまでは識していなかった。
森田がをいた。
「千代さんには、学の息子が残った」
夫を失った、千代は自分で働いて息子を育てることを選んだ。
仕しへて、朝から働いた。
楽な暮らしではなかった。
商の者なら、それくらい誰でもっていた。
「だから俺たちはを集めた」
森田は言った。
「信夫が商のために体を悪くした。せめて残った族の助けになればとった」
俊夫は黙って聞いていた。
「でも千代さんは、受け取らなかった」
森田の声がしくなった。
「1円もな」
信夫がくなった、商では自然に援助の話が持ちがった。
誰かがく言いしたわけではない。
「あの、この先丈夫かな」
「息子もまださいだろう」
「しずつでも皆でせばいいんじゃないか」
そんな会話から始まった。
信夫に助けられた乾物だけではなかった。
事の、延焼を免れたはいくつもある。もしあの、の勢いがもっとくなっていれば、商そのものがきな被害を受けていたかもしれない。
主たちはを集めた。
ではなかった。
それぞれが無理なくせる額を持ち寄り、封筒へ入れた。
広告
代表して森田が千代のを訪ねた。
千代は玄関先で封筒を見た瞬、何のなのか察した。
「受け取れません」
「いや、千代さん。これは見いとか施しじゃない」
森田は説しようとした。
「信夫には皆が世話になった。あの事だって――」
しかし千代はをげた。
「主がしたことを、おにしないでください」
森田は言葉を失った。
千代は静かに続けた。
「主は、商からおをもらうために助けに入ったんじゃありません」
「それは分かってる」
「だったら、なおさら受け取れません」
い言い方ではなかった。
誰かを責めているわけでもない。
それでも、千代のが変わらないことはすぐ分かった。
森田は封筒を持ったまま帰った。
主たちは別の方法を考えた。
米が米を届けた。
「く仕入れすぎたんだ。余ったから持っていってくれ」
そう言って置いていった。
ところが翌、千代が米へ来た。
「昨のお米、ありがとうございました」
そう言って、きっちり代を置いた。
「いや、あれは余ったものだから」
「だったら、く売ってください。無料ではいただけません」
米も押し切れなかった。
魚も似たようなことをした。
「今は売れ残りそうだから」
鮮な魚を包んで渡した。
その翌には、やはり千代がを持ってきた。
「息子と緒にいただきました。おいしかったです」
笑ってそう言うと、代を置いて帰った。
商の々は困った。
千代がたいわけではない。
広告
おすすめ作品
-
完結第15話
姉の身代わりで嫁いだら、冷酷当主の本命でした
家族に冷遇され、姉の身代わりとして“冷酷な当主”のもとへ嫁がされた澄乃。しかし初対面で、偽りの花嫁だと見抜かれてしまう。 追い返される覚悟をした澄乃に、静は「お前で構わない」と告げる。さらに帳簿を読む彼女の才能と、恐れながらも嘘をつかなかった誠実さを認めていく。歴史|昭和|ミステリー|夫婦|第二の人生2.0万字5 123 -
完結第21話
昭和29年、棟梁が祝いの柱を割った理由
昭和二十九年、上棟式の朝。棟梁・源吉は、自ら建てた家の柱に異変を感じ、祝いの客の前で斧を振り下ろす。内部から現れたのは、黒く傷んだ木だった。 仕事も信用も失いかける中、娘が見つけた不自然な印と、材木置場の青年の証言から、粗悪材の印を改ざんして売る仕組みが明らかになる。しかし源吉自身も、十分に検品せず判を押していた。時代|歴史|昭和2.7万字5 70 -
完結第20話
桑の音が消えた村
昭和三十五年、信州の養蚕村で、蚕が一夜にして全滅する。唯一無事だったのは、昔ながらの方法にこだわり、村人から笑われていた七十八歳のトヨの蚕室だった。 疑いを向けられた祖母だったが、原因は共同散布された新しい薬剤にあった。しかも農事組合を率いる息子・慎造は、事前に危険性を知らされていた。時代|歴史|昭和2.5万字5 89 -
完結第20話
金色の髪を隠して嫁いだ私と、無口な写真師の約束
昭和四十二年。英国人の父から受け継いだ金色の髪を「家の恥」とされ、黒く染め続けてきた月子は、写真師・湊のもとへ嫁がされる。 雨で黒い煤が流れ、秘密が露わになっても、湊は彼女を拒まなかった。月子は写真館で働きながら、母の手紙や父の存在、叔母が隠してきた過去と向き合っていく。 見世物のように利用しようとする町の男にも屈せず、「何を見せるかは自分で決める」と声を上げる月子。隠された少女が、自分の姿と人生を取り戻す物語。時代|歴史|昭和2.9万字5 101 -
完結第18話
昭和38年、つなぐなと言われた救急電話
昭和38年、山間の電話交換所で働く澄子は、診療所から県立病院への緊急電話を受ける。重傷の17歳を救うための連絡だったが、主任は「その電話だけは絶対につなぐな」と命じた。 少年が亡くなった後、澄子の判断ミスとして処理されようとする。しかし記録を調べると、救急回線が止められていた時間にも、工事会社と本社、町役場の間では電話がつながっていた。時代|歴史|昭和|ミステリー2.3万字5 232 -
完結第20話
昭和34年、上野駅で名前を奪われた少女
昭和34年、青森から集団就職列車で上京した15歳の澄子。しかし迎えの男は、「佐藤澄子は昨日から働いている」と告げ、十二人のうち彼女だけを駅に置き去りにする。 工場では、石川鈴という少女が澄子の名前と勤務番号を与えられていた。さらに偽造された退職届、説明のない給与控除、未発送の手紙など、少女たちを名前と番号で管理する不正が次々と明らかになる。時代|歴史|昭和2.8万字5 1175 -
完結第16話
昭和53年、棟梁が俺を毎晩残した理由
十五歳で大工に弟子入りした直人は、一年間、掃除と雑用ばかりの日々を送っていた。ところが昭和五十三年の春、厳格な棟梁・源造から突然、「今日から毎晩残れ」と命じられる。 鉋、墨付け、仕口、図面。三年かけて覚えるはずの技を急いで教え込まれる一方、棟梁の体は日に日に弱っていく。やがて直人は、夜の稽古が自分を酷使するためではなく、残された時間で技術を託すためだったと知る。 師のいない現場で家を完成させた直人に遺されたのは、「半人前」と書かれた道具箱。しかし、その紙の下には、棟梁が生涯口にしなかった本当の言葉が隠されていた。時代|歴史|昭和2.6万字5 284 -
完結第16話
昭和24年、帰還した夫の家に別の夫がいた
戦地から四年ぶりに帰還した清太を待っていたのは、妻・文子と見知らぬ夫、そして二人の幼い娘だった。「ここはもう私たちの家です」と告げられ、清太は自分が死者として扱われていたことを知る。 出征直前、文子の胎内にいた息子・浩はすでに八歳。しかし浩は母のもとではなく、山村の伯母夫婦に育てられていた。妻も家も息子も取り戻したい清太だったが、彼のいない四年間にも、それぞれが生き延びるために築いた暮らしがあった。 実父の清太、母と暮らす政男、自分を育てた伯父。三人の「父」を持つ浩を前に、清太は家族が奪い返すものではないと気づいていく。時代|歴史|昭和1.4万字5 223 -
完結第14話
昭和29年、夫を亡くした私から船が奪われた
夫を海難事故で失った翌朝、志津は3人の子どもを養うため、残された船で海へ出ようとした。だが漁協は鍵を取り上げ、義兄は告げる。 「船を使いたければ、長男をうちへ寄こせ」 女には魚を売らせない。船も網も夫名義。さらに借りた伝馬船まで奪われた志津は、自ら町を歩き、獲れた魚を一軒ずつ売り始める。 やがて見つかった古い領収控えには、船の手付金を払った志津の名前があった。しかし同時に、義兄が残金を貸していた事実も判明する。 船をめぐる権利と借金、そして11歳の息子の人生。何も持たないと見下された志津は、海ではなく「魚を売る場所」から、自分たちの暮らしを取り戻していく。時代|歴史|昭和2.1万字5 266 -
完結第14話
母の葬儀から戻ると、私の寝台はもうなかった
母の葬儀を終え、約束より1日遅れて工場へ戻った18歳の女工・春江。だが門前には私物の入った段ボール箱が置かれ、寮母は冷たく告げた。 「あなたの寝台は、もう別の子に渡しました」 無断欠勤を理由に自己都合退職を迫られ、給料まで大幅に差し引かれた春江。しかし明細には、故郷にいたはずの3日間、彼女が残業した記録が残っていた。 さらに、春江の寝台を与えられた15歳の少女は、彼女と同じ勤務番号で働かされていた。時代|歴史|昭和2.1万字5 195