"映画の夜に消える少女" 第10話
美代が「ってくる」と言えば、「遅くなるな」と返すだけだった。
それでも美代には、父の気持ちが以より分かるようになっていた。
母のこともしずつ聞くようになった。
ある晩、事のに尋ねた。
「父ちゃん、母ちゃんって本当によく笑ったの?」
源蔵は茶碗を置いた。
「弥平じいから聞いたのか」
「うん」
「よく笑った」
「何で今まで教えてくれなかったの?」
源蔵は困ったような顔をした。
「聞かれなかったからだ」
美代はわず笑った。
「聞かれなくても言えばいいのに」
「何を言えばいいか分からん」
いかにも源蔵らしい答えだった。
それから父はしずつ、の話をするようになった。
い話ではない。
「祭りが好きだった」
「朝がかった」
「魚より菜の方が好きだった」
そんない言葉だけだった。
けれど美代は、それを1つずつ覚えた。
弥平の記憶。
源蔵の記憶。
正夫が覚えている母の姿。
そして昭13の古いフィルム。
それらをねるたび、美代のに母の姿がしずつ来がっていった。
あるの巡回映画が終わった。
講堂から々がていき、役の青たちが幕をしていた。
美代はろに置かれた16ミリ映写を見つめた。
さっきまでいていたリールは止まっている。
も消えている。
い幕も、ただの布へ戻っていた。
それでも美代ののでは、まだ映画がいていた。
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汽がる。
がる。
が笑う。
そして、い浴姿の母が神社の段をりてくる。
その姿は、もうフィルムがなくてもいせた。
「美代」
正夫が呼んだ。
「帰るぞ」
「うん」
講堂をると、空にはがていた。
へ向かう途、美代は裾へ続くを見た。
その先には、弥平のがある。
10。
母親をくして笑わなくなった7歳の女へ、弥平は古い映画を1本だけ見せた。
犬がり、子どもが転び、汽が煙を吐く。
それだけのい映画だった。
けれど、そのさなが美代を笑わせた。
10。
今度は美代が目の見えなくなった弥平のもとへ、毎映画を届けるようになった。
初めは恩返しのつもりなどなかった。
ただ、見えないのなら話せばいいとっただけだった。
けれど続けるうちに、美代は映画が議なものだとった。
映画はスクリーンだけにするものではない。
見たのにも残る。
そのが言葉にすれば、見ていないにも届く。
弥平はの原を見ていない。
それでも美代が話せば、老のには汽がった。
美代は若い頃の母をらなかった。
それでも弥平が話せば、のでが笑い始めた。
見るがいる。
覚えるがいる。
語るがいる。
それだけで、消えたはずの景がもう度現れる。
あの昭13のフィルムが県の倉庫で見つからなければ、美代は笑っている母を見ることはなかったかもしれない。
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弥平がその映画を撮っていなければ、の若いの姿そのものが残らなかったかもしれない。
そして美代が弥平のへ通っていなければ、母がどんな娘だったのかを詳しく聞く会もなかっただろう。
1本の古いフィルムが、20というをつないだ。
美代はそのことを、難しい言葉で考えたわけではない。
ただ巡回映画のが来るたび、以より切に映画を見るようになった。
誰が笑ったのか。
どんな景だったのか。
はどちらから歩いてきたのか。
汽はどこから画面へ入ったのか。
見終えた、忘れないようので何度もい返した。
そして弥平のへく。
「今はね」
その言から、また映画が始まった。
弥平は目を閉じて聞く。
々質問する。
美代が答える。
言葉に詰まれば、翌また誰かに聞いた。
そんな々が続いた。
たちも、もう美代が映画の夜にいなくなることを議にはわなかった。
むしろ講堂へ来た老が、映に美代へ声をかけることもあった。
「弥平じいに、今の最の面をよく話してやれよ」
「主公がを渡るところ、忘れるな」
美代は笑って頷いた。
かつて「男に会っている」と噂した々も、そのことについては誰も触れなかった。
源蔵もまた、巡回映画の夜には々講堂へ来るようになった。
の映像がもう度映されることはなかった。
それでも父は、暗い講堂で黙ってスクリーンを見ていた。
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