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"団地に残された17通" 第6話

管理の配線事は見積もりに含まれていなかった。

事をしていない」という芳致した。

ただし資流用の疑いと、災当夜に誰がストーブを使ったかは別の問題だった。

その頃、志津しい仕事を探していた。

別の団の清掃、病院の環境備、スーパーの清掃に応募した。齢を理由に断られることもあったが、さな医療施設から週4の仕事を紹介された。

6から9までで、仕事は院内の、待、トイレの清掃に限られていた。

の勤務で、待に忘れられた薬袋を見つけた。志津を確認せず、拾得刻と所を記録し、受付へ渡した。

なら、名を見て本へ届けようとしたかもしれない。

自分がしなくても、受付から正しい順で連絡される。

役割を守ることは、たいことではなかった。

青葉台団では、しい清掃会社が週3回作業をしていた。壇の入れや齢者の見守りは契約に含まれず、ごみ集積所の分別違反も増えているらしい。

川からは何度も、「戻ってきてくれ」と話があった。

志津は断った。

「清掃員へ戻っても、聞の確認は仕事ではありません」

はやってくれた」

のやり方に問題があったから、私は辞めることになったんです」

「だから、今度は皆で頼めばいいだろう」

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「頼むなら、誰が責任を持つのか決めてください」

川は満を言ったが、話の最には「分かった」と答えた。

災の調査にきがあったのは、になってからだった。

松美代子が残した記を、息子の修平が警察へ提したのである。

修平は8かから青葉台団の巡回管理員をしていた。母親が災当夜に誰かを見たことはっていたが、その物が誰かまでは聞かされていなかったという。

記には、こうかれていた。

《123、920分頃。ベランダから管理を見る。赤い着のてきた。顔は見えなかった。歩き方が森さんに似ていたが、確信はない》

《そのあと、黒田さんが集会所の方から来た。2が話していたように見えた》

証言ではなく、本の記憶をいた私な記録だった。しかも《確信はない》と記されている。

修平は、記のほかには写真1枚しか保管していなかった。

「帳簿や災資料は持っていません」

修平は警察へそう説した。

母親は写真を残したが、黒田から責められることを恐れ、名さないまま団れた。修平も、母親がくなるまで詳しい話をらなかった。

の管理員へ応募したのは、母親の記録と当の資料を比較したかったからだった。

しかし管理会社に残る災資料へ自由にアクセスできるわけではない。

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修平が確認できたのは、公されている事故報告と設備修理の履歴だけだった。

「私が団へ戻れば、何か見つかるといました」

修平はに志津へ話した。

「実際には、昔の類はほとんど残っていませんでした。森さんへ聞いても、母の見違いだと言われました」

修平は真相をっていた物ではない。

母親の曖昧な記憶を確かめるため、団へ戻ってきただった。

志津との話しいを終えた管理会社は、自治会へ説文をした。

志津民の郵便物を盗んだ事実はない。保管していたのは、ごみ集積所などで拾った未投函の封筒であり、届けなかった点については本適切だったと認めている。

契約終は、だけを理由にしたものではない。

方で、31世帯の署名が志津の退職を直接求めたものではなかったことも記されていた。

文が貼られると、民の見が分かれた。

を13も持っていたのは、やはり気が悪い」

「でも、盗んだように言うのは違う」

「見守ってもらって助かったもいる」

「頼んでいないまで見られていた」

全員が志津を誤解していたわけでも、全員が謝していたわけでもなかった。

署名した31世帯のうち、11世帯は「勤務の声かけを控えてほしい」という説を受けて名いた。

9世帯は、ごみ袋や郵便受けへ触れる為を禁止するためだとっていた。

退職を求めて署名したのは7世帯だった。

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