みかん小説
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"「住所は教えない」と言った息子へ" 第10話

静まり返ったで硯に墨を擦り、の滑らかな運びに識を集させると、ささくれっていたが自然と凪のように静まり返っていく。部いっぱいに広がる墨の芳醇なりが、過ぎった々の苦い痛みを、優しく包み込んで癒してくれるようだった。

ある、サークルの同作品展に自作の品した際、指導に当たっていた名なの先が、私の作品のを止め、く頷きながらこう言ってくださった。

「佐々さんのく線は、本が実に凛としていて、見ていて背筋が伸びるほど清々しい。迷いが切ありませんね」

私はげ、からの微笑みを浮かべて答えた。

「ありがとうございます。自分自の背筋を伸ばしてきることの切さを、この歳になってようやくすことができたのかもしれません」

は、自らの尊厳を自らので守り抜くと決したの線も、の線も、決してブレなくなるのだということを、私はという芸を通じてく学んでいた。

もちろん、まったく孤独をじないと言えば嘘になる。 夕暮れが訪れ、並みに無数の夜景のかりが灯り始める頃、私はふと広いベランダにて、く瞬く眺めることがある。 そんな、かつての族の記憶や、幼かったの笑顔が、ふと脳裏をよぎることも皆無ではない。

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しかし、傷が胸を掠めるたびに、私は自らのに力くこう言い聞かせるのだ。

「過は、私のこれからの歩みを止めるためのい鎖ではない。私が誠実にし、きてきたことの尊い証なのだ」

しみや痛みを無理に否定して押し殺すのではなく、それらを部として静かに受け止めることで、私のにはかつてないほどの広な余裕と静寂がまれていたのである。

しい暮らしが完全に定着し、季節が巡り始めた頃、を介して息子の況が再び私のへと入ってきた。

代さんの両親の介護負担は増しにくのしかかり、民額な介護施設への支払いや医療費によって、計は完全に破綻状態に陥っているという。毎宅ローンの返済はすでに何度も滞納を繰り返し、からは括返済を求める督促状が届くなど、は文字通り抜き差しならない経済破滅の淵にたされているとのことであった。

私はその惨な話を、ソファに腰掛け、温かい茶を含みながら、ただ静かに聞き流した。

もしも、これが過の自分であったならどうだっただろうか。息子の窮状を聞いた瞬に血相を変えて駆けつけ、自らの活を犠牲にして預ろし、すべての負債を代わりに背負い込んでしまっていたに違いない。

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けれど、今の私は違う。客観な事実を、ただの事実として静に見つめることができるようになっていた。

因果応報というものは、誰かが悪を持ってからすような罰ではない。自らが過に放ったな言葉や、傲いの数々が、巡り巡ってそのまま自分自の元へと返ってきているだけの、極めて自然な摂理に過ぎないのだ。

それからほどなくして、タワーマンションの私の部の郵便受けに、通の分い封が届いた。 郵便物を取りし、表面の差欄に目を落とした瞬、私の指先が止まった。そこには、何も見慣れてきた、あの息子の几帳面な跡で名が記されていたのだ。

共通の親戚かに必げ、私のしいまいの所を探しし、藁にもすがるいで送りつけてきたのであろう。

私はく息を吸い込み、その封斎のデスクのに静かに置いた。 ペーパーナイフにを伸ばしかけたが、ふと指を止めた。 封するに、かつての私が息子から喉からるほど求め続けていたであろう言葉の数々が、脳裏に自然と浮かんできた。

『ありがとう』 『あのは本当に助かったよ』 『全部、母さんのおかげだったんだ』 『母さんがいなければ、僕たちはきていけない』

そんな都の良い謝罪と懇願の言葉が、その便箋のにびっしりと並べられているであろうことは、を読まなくても容易に像がついた。

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