"ただいまの裏にあった10年" 第1話
昭60815の朝、潟県岡の宅には、くから蝉の声が響いていた。空はひとつなくれ、午だというのにから気がちっていた。
佐藤のさな造2階建てのから、23歳の佐藤健が作業姿でてきた。玄関脇に置いてあった自転を引きすと、母のかず子がろから声をかけた。
「健、今も暑くなりそうよ。分ちゃんと取りなさいよ」
「分かってるよ。じゃあ、ってきます」
振り返った健は、いつものようにし照れたような笑顔を見せた。52歳のかず子も笑ってを振り、その背が通りの角を曲がるまで見送っていた。
父の誠は54歳で、すでに自分の鉄所へかけていた。佐藤は岡で3代続く職のだったが、1息子の健は父の仕事を継がず、内にある自部品へ就職していた。
誠は当初こそし寂しそうにしていたものの、息子が自分で選んだならそれでいいと考えていた。健も父の仕事を嫌っていたわけではなく、休には鉄所を覗き、械の扱いを教えてもらうこともあった。
までは自転で20分ほどだった。健は毎朝7にをて、730分にはタイムカードを押す活を何も続けていた。
そのも何ひとつ変わらなかった。
へ着くと、健はロッカーで作業着の着を羽織り、担当しているプレスのへ向かった。
広告
隣の械を担当していた5歳の先輩、本孝志がすでに作業の準備を始めていた。
「おはよう、佐藤」
「おはようございます、本さん」
本は28歳で、数はくなかったが仕事は丁寧だった。健も先輩として信頼しており、休憩に仕事の話をしたり、には昼を緒に取ったりしていた。
午5、終業をらせる音が内に響いた。
健は械の周囲を掃除してからロッカーへ戻り、作業着を脱いだ。着替えながら首の腕計を確認すると、針は510分をし回っていた。
シンプルなステンレス製の腕計だった。
を卒業した、父の誠が記に贈ってくれたものだった。裏蓋には、さく「佐藤健」と名が刻まれている。
「じゃあ、お疲れさまでした」
健は同僚たちに挨拶し、いつものようにをた。
駐輪から自転をし、夕暮れのへりす。の空は赤く染まり、昼のを残したが頬を撫でていた。
それが、の々が見た健の最の姿になった。
午6を過ぎても、健はへ戻らなかった。
かず子は最初、それほど配していなかった。仕事が引いたのか、帰りに本かへ寄っているのだろうとっていた。
しかし午7を回ると、次第に落ち着かなくなった。
「遅いわね」
夕の膳をに、かず子が何度目か分からないほど計を見た。
広告
仕事から帰っていた誠は聞を広げていたが、妻の声を聞いて顔をげた。
「残業じゃないのか」
「残業なら話してくるわよ。あの子、そういうところはきちんとしてるもの」
かず子は居の黒話のへ座り、の番号を回した。
話にた男性に事を説すると、しばらく確認する音がした。
「佐藤さんでしたら、5過ぎには帰られていますよ」
その言葉を聞いた瞬、かず子の胸のにたいものが広がった。
午8。
健はまだ帰らない。
誠もさすがに聞を畳んだ。
2はをて、健が毎通るを逆にたどった。商のへ入り、のを訪ね、途の公園や自転置きまで確認した。
「健を見ませんでしたか?」
何度聞いても、返ってくるのは同じ答えだった。
誰も見ていない。
をたの健を、る者が1もいなかった。
夜になり、誠は警察へ連絡した。しかし成男性が帰宅予定から数遅れているだけでは、すぐに事件とは判断できないと言われた。
「もうし様子を見てください」
話を切った誠は、何も言わず受話器を見つめた。
翌朝になっても、健は帰ってこなかった。
その初めて、両親は自分たちの常が完全に変わってしまったことを理解した。
誠は朝番で岡警察署へ向かい、正式に捜索願をした。
警察は健の写真を預かり、から自宅までの経をに聞き込みを始めた。
広告
おすすめ作品
-
完結第23話
白線の先の女たち
昭和三十九年、女子競輪が終わりを迎えようとしていた。三十四歳の佐伯久美子は、最後の地元決勝で優勝する。しかし彼女が真っ先に求めたのは、花束でも拍手でもなく、次の出走表だった。返ってきたのは、もう走る場所はないという答え。そんな久美子の前で、十九歳の新人・夏子は「私は来年も勝ちたい」と訴える。仕事、家族、怪我、そして失われた競走の舞台。走ることを諦められない女たちは、それぞれの暮らしを背負いながら、新しい一歩を探し始める。時代|歴史|昭和|ミステリー3.0万字5 104 -
完結第15話
姉の身代わりで嫁いだら、冷酷当主の本命でした
家族に冷遇され、姉の身代わりとして“冷酷な当主”のもとへ嫁がされた澄乃。しかし初対面で、偽りの花嫁だと見抜かれてしまう。 追い返される覚悟をした澄乃に、静は「お前で構わない」と告げる。さらに帳簿を読む彼女の才能と、恐れながらも嘘をつかなかった誠実さを認めていく。歴史|昭和|ミステリー|夫婦|第二の人生2.0万字5 529 -
完結第10話
13年前に消えた娘が、元隣人のSNSにいた
2009年、自宅から忽然と消えた四歳の娘・くるみ。母のえみは、娘の部屋を十三年間そのまま残し、帰りを待ち続けていた。 失踪から十三年後、元隣人のSNSに十七歳の少女が写る。成長した娘に似た顔、同じ三日月形のあざ、そして少女の名前も「くるみ」だった。ミステリー|夫婦|真実|真相|親子関係1.6万字5 188 -
完結第16話
雪の空港で消えた四人と第七格納庫
1989年のクリスマスイブ、北海道の空港から四人の客室乗務員が姿を消した。車には荷物と靴だけが残され、手掛かりのないまま35年が過ぎる。 2024年、解体中の旧格納庫で隠し部屋が発見され、事件は再び動き始めた。浮かび上がったのは、空港内部を熟知し、彼女たちを密かに監視していた元整備士だった。ミステリー|真実|真相1.9万字5 1002 -
完結第14話
七年後、屋上で見つかった妻の秘密
1993年、鹿児島。自治会の帳簿を整理していた主婦・ミキは、過去の火災復旧費に不自然な水増しを見つける。調査を始めた直後、彼女は遺書とバッグだけを残して姿を消した。 投身とされた事件から七年後、マンション屋上の封鎖された旧貯水槽から、ミキと一致する人骨が発見される。ミステリー|真相|行方不明2.1万字5 351 -
完結第13話
成人式に消えた母と十三着目の振袖
2014年の成人式当日、貸衣装店から母・奈津子が消えた。店の960万円もなくなり、共に姿を消したカメラマンとの逃避行が疑われる。娘の紗季に残されたのは、「今日は署名をしないで」という謎のメモだけだった。 10年後、閉店する店の倉庫から、記録にない「13着目の振袖」が見つかる。その裾には、若い女性たちの名義で作られた高額ローン契約書と、母が隠した証拠が縫い込まれていた。ミステリー|真実|行方不明2.3万字5 339 -
完結第18話
昭和38年、つなぐなと言われた救急電話
昭和38年、山間の電話交換所で働く澄子は、診療所から県立病院への緊急電話を受ける。重傷の17歳を救うための連絡だったが、主任は「その電話だけは絶対につなぐな」と命じた。 少年が亡くなった後、澄子の判断ミスとして処理されようとする。しかし記録を調べると、救急回線が止められていた時間にも、工事会社と本社、町役場の間では電話がつながっていた。時代|歴史|昭和|ミステリー2.3万字5 367 -
完結第10話
31年間、母が捨てなかったマットレスの秘密
31年間、両親が頑なに使い続けてきた古いマットレス。中央は大きく沈み、父の腰痛も悪化していたが、母はなぜか買い替えを拒み続けていた。 息子のデイヴィッドは、両親を旅行へ連れ出した隙に新しいものと交換しようとする。ところが搬出業者から、「お母様を寝室へ入れず、まず一人で確認してください」と切迫した電話が入る。 マットレスの下から現れたのは、古い手紙や小さな靴、写真、ぬいぐるみ。そこには両親が31年間、息子にさえ存在を明かさなかった幼い娘・グレースの記憶が封じられていた。 娘を失った悲しみから逃げるため、名前すら口にしなくなった父。そして誰にも見つからない場所で、毎年娘へ手紙を書き続けた母。古い寝台が取り払われた日、沈黙の下に閉じ込められていた家族の時間が、ようやく光の中へ戻り始める。ミステリー|真実|真相|親子関係1.5万字5 790