"家族じゃないなら、援助も終わり" 第1話
曜の午、私は夫の彦とリビングでお茶をんでいた。窓から差し込む柔らかなを眺めながら、来週はどこへ散歩にこうかと話していた、玄関のチャイムが鳴った。モニターに映っていたのは、32歳になる息子の慎太郎と、その妻の美咲だった。
が揃って訪ねてくるのは久しぶりだったため、私は素直に嬉しかった。3歳になる孫の悠真は美咲の実に預けてきたらしく、今はだけで話したいことがあるという。何か良いらせでもあるのだろうかといながら、私はをリビングへ通した。
「母さん、父さん。実は俺たち、マンションを買うことにしたんだ」
慎太郎が切りすと、美咲が待ちきれないようにスマートフォンを取りした。画面には層マンションの観や広いリビングの写真が並んでおり、窓から都を見ろす眺望まで紹介されている。
「港区なんです。3LDKで、駅からもくて。悠真が学にがっても部を分けられるし、資産価値も落ちにくいって営業さんが言っていて」
美咲は嬉しそうだった。私も最初は「素敵ね」と笑い、彦も「ずいぶん派なところを見つけたな」としていた。
ところが、価格を聞いて空気が変わった。
「8500万円」
私は聞き違えたのかとった。慎太郎の収は720万円ほどで、美咲もパートで180万円ほど働いているとは聞いていたが、わせても900万円である。
広告
「ずいぶんきな買い物ね。はどれくらい用しているの?」
そう尋ねると、慎太郎はしだけ線を逸らした。
「そのことで相談があるんだ」
嫌な予がした。
「から、今の条件なら連帯保証を付けた方が審査をめやすいって言われてる。だから母さん、保証になってくれない?」
あまりにも自然な調だったので、瞬を理解するのが遅れた。8500万円の宅ローンについて、慎太郎は気の話でもするような調子で私に保証を求めていた。
「私が?」
「うん。母さんなら収入も貯もあるし、持ちもあるだろ。形式なものだから」
彦の表も険しくなった。
「形式と言っても、保証になる以、慎太郎たちが返済できなくなれば責任が発するんだろう」
「父さん、げさだよ。俺は正社員だし、会社だって定してる。美咲も働いてるんだから、返せなくなるわけないだろ」
私は黙ってを見た。
私、藤由美子は63歳になるまで31、介護福祉士として働いてきた。特別養護老ホームで夜勤を繰り返し、休勤も引き受けながら慎太郎を学までかせ、退職の今は非常勤で週に数だけ現にている。
慎太郎の教育費には、細かな習い事まで含めれば1000万円を優に超えるを使った。結婚したには200万円を渡し、活用の具やにも150万円ほど援助した。
広告
悠真がまれたもベビーカーやベッドを買い、そのは「子育てには何かとおがかかるから」と、毎3万円を慎太郎の座へ振り込んできた。
それらを悔したことはない。
息子のために使っただからだ。
けれど、8500万円の借を保証することは、それとはまったくが違う。
「それなら、保証なしで買える額の物件を探した方がいいんじゃない?」
私がそう言うと、美咲の笑顔が消えた。
「でも、もうここって決めたんです」
「が保証を求めているということは、それだけも返済にがあるということでしょう?」
「違いますよ。って慎だからのため言ってるだけです」
美咲の声には、し苛ちが混じっていた。
慎太郎も腕を組み、「母さん、俺のこと信用してないの?」と言った。その言葉を聞いた瞬、私は胸の奥にさな引っかかりをじた。
これは信用の話なのだろうか。
8500万円の責任を背負うかどうかを考えることが、息子を信用していないことになるのだろうか。
「し考えさせて」
私はそう答えた。
しかし慎太郎は、困ったように眉をひそめた。
「そんなないんだよ。来週には契約をめることになってるから」
そこで私は初めて気づいた。
は今、私に相談しに来たのではない。
すでに決めたことへ、私の署名だけをもらいに来たのだ。
慎太郎の言葉を聞いてから、私はしずつ質問を始めた。
広告
おすすめ作品
-
完結第11話
貧乏人と呼ばれた食卓
長男夫婦が3連休に帰省し、久しぶりに家族で食卓を囲むはずだった。 母の真紀子は、息子夫婦のために煮物や豚汁を用意し、昔と変わらない温かい夕飯を作ろうとしていた。ところが、台所で2人きりになった瞬間、長男嫁の美沙は笑いながら言い放つ。 「あんたの手作りとか無理だから、高級寿司出せよ、貧乏人」 その一言で、これまで見過ごしてきた違和感が一気に表へ出る。人を持ち物や育ちで見下す美沙の本性。そして、真紀子の過去まで侮辱された時、普段は温厚な夫・隆志が静かに立ち上がった。 「今日限りで絶縁だ」 さらに隆志が呼び出した“ある男”の登場によって、美沙の家庭に隠されていた価値観と金の問題まで明らかになっていく。 古い皿、手作りの料理、そして家族として本当に大切なものとは何か。 一度壊れた食卓から、それぞれの人生が大きく動き出す――。絶縁|親子関係1.7万字5 2 -
完結第13話
古い工場を渡された嫁
食品会社を一代で守ってきた山代会長は、ある夜、庭で長男夫婦の会話を偶然聞いてしまう。 「お母様、これから先どれだけ生きられるかしら」 信じていた嫁が、自分の命も会社も、すでに財産として数えている――。その一言をきっかけに、会長はある決断をする。 自分は重い病にかかり、会社も危機にある。そう家族に告げ、2人の嫁に後継者を決めるための試練を与えたのだ。 華やかな長男の嫁・彩佳には会社を。 不器用で人の良すぎる次男の嫁・ユナには、地方にある廃業寸前の古い工場を。 誰もが、勝者と敗者は決まったと思っていた。 しかし3か月後、会社を手に入れた嫁と、古い工場へ送られた嫁の運命は、誰も予想しなかった形で逆転していく――。兄弟姉妹|嫁姑|相続|親子関係2.0万字5 0 -
完結第11話
祖父を迎えた家に福が来た
祖父が最近、どこかおかしい。 そう感じた恵子は、夫の匠とともに実家を訪ねるたび、祖父の表情が少しずつ暗くなっていることに気づいていた。兄夫婦と同居しているはずなのに、服はいつも同じ、部屋は荒れ、食事もろくに取れていないように見える。 ある日、祖父はぽつりと呟いた。 「もうダメじゃ……」 不安を覚えた恵子が確かめてみると、そこには想像以上にひどい現実があった。兄嫁は祖父を邪魔者のように扱い、さらに年金手帳や通帳まで握っていたのだ。 「うちで一緒に暮らそうよ」 恵子と匠は祖父を連れ出し、新しい生活を始める。少しずつ笑顔を取り戻していく祖父。だがその後、思いもよらない知らせが届く。 祖父が突然、3億円もの財産を相続することになったのだ。 そのお金をめぐって、祖父を粗末に扱ってきた兄夫婦の本性が、ついに世間の前で暴かれていく――。祖父母と孫|絶縁|親子関係1.6万字5 5 -
完結第11話
夫の娘は、私にだけ謝った
結婚34年目、夫は突然こう告げた。 「娘が見つかった。だから離婚してほしい」 夫には、結婚前に生まれていたもう一人の娘がいた。しかも夫は、その娘のために今の家庭を離れ、父親としてやり直したいと言う。 しかし、真由美が初めて会った“夫の娘”綾香は、なぜか彼女に頭を下げた。 「私のせいで離婚しないでください」 夫は本当に、最近になって娘の存在を知ったのか。なぜ綾香は、父親ではなく真由美に会おうとしたのか。 やがて明らかになるのは、36年前に封じられた手紙と、12年前から夫が隠し続けていた事実だった。 突然現れた娘は、家庭を壊しに来たのではなかった。 34年続いた夫婦の中で、誰も口にしなかった本当の問題を、静かに照らし出していく――。夫婦|親子関係1.6万字5 171 -
完結第11話
席次表から消された母
25年間、血のつながらない息子・亮を育ててきた奈津子。 幼い頃の発熱、不登校、受験、就職、そして結婚。どんな時もそばにいて、亮からはずっと「母さん」と呼ばれてきた。 しかし結婚式を目前にしたある日、夫は奈津子に告げる。 「本当の母親へ席を譲ってくれ」 突然現れた亮の実母・真理子。奈津子は自分の25年間が否定されたような痛みを抱えるが、式の3日前、真理子から思いがけない連絡が届く。 「私は、あなたの席を奪いたいなんて一度も言っていません」 さらに明かされたのは、亮に毎年送られていたはずの手紙の存在だった。 なぜ手紙は届かなかったのか。 誰が、二人の母親と一人の息子の時間を止めていたのか。 結婚式直前、25年間隠されてきた家族の嘘が静かにほどけ始める――。絶縁|親子関係1.7万字5 164 -
完結第13話
閉じ込められた臨月の妻
妊娠38週、予定日まであと12日の加奈。夫が海外出張へ出た2日後、突然訪ねてきた義両親は「様子を見に来た」と言いながら、家事や学歴を責め続けた。そして義母に促され、家庭用サウナの中を確認しようと入った瞬間、背後で扉が閉まる。外側には南京錠。スマートフォンまで奪われた。「私たちから息子を奪った罰よ」。そう言い残し、義両親は5泊7日の温泉旅行へ出発した。水もなく、いつ陣痛が始まってもおかしくない密室。しかし加奈には、義両親が知らないことがあった。このサウナは、かつて一級建築士だった加奈自身が安全設計に関わった機種だった――。嫁姑|親子関係|修羅場2.0万字5 637 -
完結第12話
ゆで卵ひとつで嫁をやめた朝
夜勤明けの朝9時、16時間働いて帰宅した千明の前に置かれたのは、冷たいゆで卵が1つだけだった。 食卓には夫と義母のための朝食が並んでいる。炊きたてのご飯、味噌汁、焼き魚、小鉢。けれど、千明の分だけはなかった。 「食べられるだけ感謝しろ」 義母のその一言で、千明の中で8年間張りつめていたものが静かに切れる。 同居する義母の生活費、光熱費、食費、固定資産税まで支え続けてきたのは誰だったのか。夫は本当に何も知らなかったのか。そして、毎月の明細に隠れていた“もう一つの家族”とは――。 家を出て3日後、義母からの着信は100件に達した。 たった1つのゆで卵から始まった決別が、8年間隠されてきた家族の金と嘘を暴いていく。嫁姑|絶縁1.9万字5 1295