"隠し子を知っていた55歳妻" 第1話
夕を終えた午840分、正典は湯呑みにを伸ばさないまま言った。
「律子、話がある」
55歳の律子は、器をねるを止めた。
結婚して30。
夫がこういう声をすは、たいてい良い話ではない。それでも律子は、「何ですか」とだけ答えた。
正典は61歳。く勤めた産会社を定退職し、今は再雇用で週4働いている。以より帰宅はくなったはずなのに、この1は遅いが増えていた。
「俺には、好きながいる」
律子は驚かなかった。
正典はその反応に戸惑ったようだった。
「……聞こえたか?」
「聞こえています」
「相は34歳で、美っていう。会社でりった」
律子は急須を持ち、正典の湯呑みに茶をした。
正典の眉がく。
「それだけじゃない」
「はい」
「子供がいる」
律子は急須を置いた。
「3歳の男の子」
「れん君でしょう?」
正典の顔から血の気が引いた。
「……何で」
「美さん、34歳。れん君は3歳。保育園は駅の向こう側」
正典はをいたまま固まった。
律子は続けた。
「っていました。1から」
「1?」
「はい」
「じゃあ何で……」
「何で黙っていたか?」
「そうだよ!」
正典の声がきくなる。
「ってたなら、普通は問い詰めるだろ。婚の話だってもっとくできた」
律子は子へ座った。
「婚したかったんですか」
「当たりだろ」
正典は鞄から封筒をした。
には婚届。
自分の欄はすでにいてある。
「美とれんに責任を取りたい。
広告
俺にだって、残りのを幸せにきる権利がある」
その言葉を聞いても、律子はらなかった。
1なら。
きっと泣いた。
今は違う。
「そうですか」
「だから、これに署名してほしい」
律子は婚届を見た。
そして微笑んだ。
「嫌です」
正典が聞き返す。
「何?」
「婚しません」
「律子」
「絶対に婚しません」
正典の顔が変わった。
「ってたのに?」
「はい」
「俺がに庭を作ってるってってて?」
「はい」
「それでも?」
「はい」
正典は理解できないという顔で律子を見た。
律子は茶をんだ。
「急いでいるのは、あなたでしょう?」
その夜、正典は何度も説得した。
「俺たちはもう夫婦として終わってる」
「美は3待ってる」
「れんはもうすぐ幼稚園に入る」
「父親としてちゃんとしたい」
律子は聞いていた。
でも、署名はしなかった。
正典はついに苛った。
「何が目なんだよ」
「何も」
「か?」
律子は顔をげた。
「いくら欲しい」
「そういう話はしていません」
「じゃあ何で婚しない」
「今は疲れました。お義母さんの薬もありますから、もう休みます」
正典の顔が歪む。
「また母さんか」
律子はその言を聞き逃さなかった。
2階では、85歳の芳が寝ている。
6に脳梗塞を起こし、半に軽い麻痺が残った。歩器を使えばい距は歩けるが、入浴や通院、薬の管理には助けが必だった。
そのほとんどを律子が担っていた。
広告
正典は母親と同居しているのに、2階へがるのは週に1度か2度。顔を見て「調子どう」と聞けば、自分は母親を気にかけているとっていた。
その夜も。
正典が婚届をしている、律子は午9の薬を芳にませるを気にしていた。
「お義母さん、起きてます?」
「起きてるよ」
芳はベッドのでテレビを見ていた。
律子が薬とを渡す。
「今は遅かったね」
「し話してました」
「正典と?」
「はい」
芳は律子の顔を見た。
「嫌な話だったかい」
律子は瞬だけ迷った。
「そのうち、分かります」
芳はそれ以聞かなかった。
ただ、薬をんだに言った。
「無理しなくていいからね」
律子は笑った。
「何がですか」
「何でもだよ」
その言が、胸に残った。
翌朝。
正典は聞もかずに言った。
「昨の話、本気なのか」
「何がですか」
「婚しないって」
「本気です」
「俺は美のところへく」
「どうぞ」
「活費も今まで通りすとうなよ」
律子はトーストへバターを塗るを止めなかった。
「でしたら正式に婚姻費用を請求します」
正典が固まる。
「何?」
「婚姻費用です」
「どこでそんなこと」
「1に相談しました」
「誰に」
「弁護士さんです」
正典は言葉を失った。
律子はコーヒーをんだ。
「あなたが美さんとれん君をどうしたいかは、あなたの問題です。でも、私の活を脅して署名させるのは違うでしょう」
「脅してない」
「活費を止めると言いました」
「それは」
「正式に必な続きをします」
正典の目に、初めてが浮かんだ。
「弁護士に何を話した」
広告
おすすめ作品
-
完結第10話
七〇二号室の秘密
入籍12日目、初めて義実家を訪れた遥香は、豪華なすき焼きの陰で、義姉・真帆が水をかけた冷や飯だけを食べさせられている姿を目撃する。 真帆から託された住所を訪ねると、そこには夫・直樹がいた。彼は義姉の避難部屋を用意しながら、兄と母を恐れて救出を先延ばしにしていたのだ。兄弟姉妹|嫁姑|夫婦|真実|裡の顔|修羅場2.0万字5 258 -
完結第15話
姉の身代わりで嫁いだら、冷酷当主の本命でした
家族に冷遇され、姉の身代わりとして“冷酷な当主”のもとへ嫁がされた澄乃。しかし初対面で、偽りの花嫁だと見抜かれてしまう。 追い返される覚悟をした澄乃に、静は「お前で構わない」と告げる。さらに帳簿を読む彼女の才能と、恐れながらも嘘をつかなかった誠実さを認めていく。歴史|昭和|ミステリー|夫婦|第二の人生2.0万字5 379 -
完結第13話
三年前に署名させた離婚届
「息子は金髪美女と再婚するのよ」――玄関先で勝ち誇る義母が突きつけてきたのは、一方的な離婚届だった。大手商社勤務の夫に裏切られ、三ヶ月の海外出張中にも不貞の影に苦しめられていた妻のナナ。だが、見下され続けた妻は取り乱すどころか、冷ややかに微笑んだ。義母も夫も知らなかったのだ。三年前に署名させた一枚の用紙と、水面下で集められた決定的な証拠の存在を。鳴り止まない何十件もの着信を前に、彼女は静かに告げる。「離婚届なら、とっくに提出済みですよ」嫁姑|夫婦2.0万字5 182 -
完結第15話
元夫の再婚式に招かれた私には、秘密がある
離婚から五か月後、元夫が若い再婚相手を連れ、結婚式の招待状を届けに来た。だが由美が抱く生後二か月の男児を見た瞬間、元夫の笑顔は凍りつく。 由美は離婚時、すでに妊娠していた。さらに彼女の手元には、元夫の裏切りと消えた夫婦の財産を示す証拠も残されていた。 捨てられた妻が過去を暴くだけでなく、息子とともに自分の人生と安心して帰れる家を取り戻す再生の物語。夫婦|親子関係|不倫2.6万字5 438 -
完結第18話
出産の日に捨てられた私の逆転
身分を隠し、愛する夫との平凡な幸せを選んだスー・ジーイェン。 しかし出産を目前にした日、夫のティンフォンは別の妊婦に付き添い、破水した妻を病院で見捨てた。 「俺が戻るまで勝手に産むな」 助けを求めても冷たく突き放され、絶望の中で彼女が押したのは、七年前に父から渡された銀色のペンダントだった。 その五分後、病院の空気が一変する。 身寄りのない女だと見下されていた彼女には、誰も知らない秘密があった。 夫の裏切りから始まった悲劇は、やがて病院全体を揺るがす巨大な不正へとつながっていく――。夫婦|第二の人生|親子関係|修羅場|不倫2.1万字5 1106 -
完結第20話
愛人と帰国した夫、30分の猶予
「この後彼女が来るから早く出て行けよ」 南の島から愛人と帰国した夫と義母は、日焼けした顔で私に吐き捨てた。十六年間、生活費を一銭も入れず寄生してきた挙句、亡き両親が遺した百坪の豪邸を乗っ取り、私を追い出す算段だ。届いた内容証明郵便を「慰謝料の小切手」と勘違いし、ハイタッチで完全勝利を確信する二人。 だが、愚かな親子はまだ知らない。十六歳の息子が密かに仕掛けたボイスレコーダーと、十五年前のベビーモニターが捉えた戦慄の記録を。そして、迎えに来た黒塗りの高級車の正体を。 「あと三十分後に消えます、ご安心を」 私が冷たく微笑んだその時、玄関のインターホンが鳴り響いた――。嫁姑|夫婦3.0万字5 389 -
完結第20話
妻の事故と、五歳の娘が見抜いた嘘
事故で下半身不随になった妻を前に、夫・大介は「僕が君の足になる」と誓う。ところが五歳の娘・春だけは冷たく「帰る」と言い、父に病室の毛布の下を見るよう促した。 そこに隠れていたのは、事故当時に妻と一緒にいた浮気相手。家族を置いて密会していた妻は、事故の賠償や介護まで夫に押しつけようとする。 幼い娘の一言で裏切りを知った父が、離婚と親権確保を決断し、娘と二人で新しい生活を始める物語。夫婦|真実|真相|親子関係2.0万字5 1458 -
完結第10話
13年前に消えた娘が、元隣人のSNSにいた
2009年、自宅から忽然と消えた四歳の娘・くるみ。母のえみは、娘の部屋を十三年間そのまま残し、帰りを待ち続けていた。 失踪から十三年後、元隣人のSNSに十七歳の少女が写る。成長した娘に似た顔、同じ三日月形のあざ、そして少女の名前も「くるみ」だった。ミステリー|夫婦|真実|真相|親子関係1.6万字5 179