"退職と書かれた娘たち" 第1話
正7の、阪の町れには赤煉瓦の紡績がいくつも並び、まだ暗いうちからい煙突が黒い煙を吐き始めていた。のがく頃になると、綿の着物に掛けをした娘たちが寄宿舎から列を作って現れ、眠そうな顔のまま次々と建物のへ吸い込まれていった。町のにとっては見慣れた朝の景だったが、その娘たちの半は阪のまれではなかった。
国、国、州、陸。方の農から募集に連れられ、まだ親元をれるにはすぎる齢で都会へてきた娘がかった。の田畑についた借を返すため、弟を学へ通わせるため、あるいは族の数を減らすために、「阪へけば現が稼げる」という言葉だけを頼りに汽へ乗った者もいた。
16歳のフミも、そのだった。
徳島のにあるさなでまれたフミのは、父が病気で農作業を分にできなくなって以来、借が増え続けていた。母は畑仕事と内職を掛け持ちし、12歳になる弟の清だけは何とか学へ通わせていたが、暮らしに余裕などなかった。そんなにへ来た募集から「紡績ならむところも飯もある。の半をへ送れる」と聞き、フミは自分から阪へくと言った。
へ来て半。最初の頃は械の音に怯え、綿埃で咳が止まらず、夜になると泣きながら母の顔をいした。
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それでも今では、糸が切れるの微妙な振にも気づけるようになり、械を止めずに何本もの糸をつなぐこともできるようになった。
作業はいつも轟音に包まれていた。紡績が回り始めると、隣の娘が何を言っているのかさえのきで像するしかなく、声を張りげてもほとんど聞こえない。にはい綿埃が積もり、夕方には髪や眉までくなっていた。
仕事が終わって寄宿舎へ戻っても、の奥では械の回転音がいつまでも続いた。部には20い女が寝起きし、布団を並べれば隣同士の肩が触れそうなほど狭かったが、それでも娘たちは故郷の話やべ物の話をしながら笑った。でもフミと番仲が良かったのが、同じ国で17歳の千代だった。
末のだけは、そんな寄宿舎の空気がしるくなった。
仕事を終えた女たちはずつ事務所へ呼ばれ、名を確認されてから袋を受け取った。もちろん募集のに聞いた額がそのまま入っているわけではなく、寄宿舎費、費、作業着代、用品代など、さまざまな名目で差し引かれていた。それでも娘たちは袋のの貨と幣を何度も数え、故郷へ送る分を切そうに封筒へ入れた。
「今は鹸を買うんだ」
そう言ったのは、隣の布団で寝ていた17歳のキヨだった。
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岡から来た娘で、笑うと頬にさなえくぼができた。髪油も欲しいと話し、来の正にはへ帰って妹に何か産を買ってやりたいと嬉しそうに言っていた。
ところがの翌朝、キヨの布団だけがきれいに畳まれていた。
夜けの起をらせる鐘が鳴り、女たちが慌ただしく着替えている最、フミは最初、キヨが厠へっているのだとった。しかし洗面所にも堂にも姿がなく、集になっても戻ってこなかった。しかも布団の横には、まで使っていた櫛と鏡がそのまま残っていた。
「キヨちゃんは?」
フミが舎監のトメに尋ねると、50代のトメは帳面から目もげなかった。
「退職した。実へ帰ったよ」
「昨の夜まで何も言ってませんでした」
「急に決まることだってある。ほら、遅れるよ」
それ以尋ねることはできなかった。
では女が辞めること自体、珍しい話ではない。病気、庭の事、結婚、奉公先の変更など理由はいくらでもあった。フミもそのは、キヨの父親が急病になったのかもしれないと無理に納得した。
しかし、次のにも同じことが起きた。
今度はいなくなったのは18歳のハナだった。の夜、故郷から届いたを皆に見せ、「弟が字を覚えた」と嬉しそうに話していた。その翌朝、ハナの布団は空になり、舎監はまた「実へ帰った」
とだけ説した。
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