"病院へ行かない黒い車" 第2話
「誰に頼まれたんですか。なぜ私をこんな所へ連れてきたんです?」
運転はしばらく黙っていた。やがてルームミラー越しに私を見ると、申し訳なさそうに目を伏せた。
「すみません……指示どおりです」
その言葉を聞いた瞬、私の背をたいものがった。
夫の事故も、危篤というらせも、最初から私をこの所へ連れすための罠だったのかもしれない。
「指示って、誰からの指示ですか」
私の問いに、運転はすぐには答えなかった。へると、部座席の扉をき、りるよう無言で促した。
「嫌です。ここにりる理由がありません。病院へ連れてってください」
「これ以、私を困らせないでください。ここが本の目です」
「私は頼んでいません。あなたに依頼したのは義母でしょう?」
子の名をすと、運転の目がわずかにいた。それだけで、私の推測が正しいことは分かった。
私は座席にしがみつき、を拒んだ。
「夫が危篤だと言われて、私はこのへ乗ったんです。それなのに波も届かない奥へ連れてくるなんて、誘拐と同じです。警察へ相談します」
警察という言葉を聞いた途端、運転の顔がこわばった。しかし、彼は再び無表を装い、ダッシュボードから茶い封筒を取りした。
「私は正式に仕事を受けただけです。
広告
これが依頼から預かった類です」
封筒のからてきたのは、数枚のだった。表には「保護移送に関する依頼」と、もっともらしい文字が印刷されている。
《対象者・由美子は精神に定な状態にあり、族へ危害を加えるおそれがある》
《本が抵抗したも、指定された施設へ移送し、3部との接触を制限する》
《移送および滞にじた問題については、依頼である子が責任を負う》
末尾には子の署名と印鑑があった。さらに別のには、私が過に精神科へ通院していたかのような記述まで並んでいた。
「こんなものは全部嘘です。私は精神科へ通ったこともありません」
「私には本当かどうか判断できません」
「なら、どうして病院ではなく、廃業したような宿へ連れてきたんですか。医療な保護なら医師や護師がいる所へくはずでしょう」
運転は言葉に詰まった。私は彼の表を見逃さず、気に畳みかけた。
「あなたは何もらされずに運転しているだけではありませんね。私を3ここへ置きりにすることもっていた。宿の管理はどこですか? 事やは誰が用するんですか?」
「建物の奥に、休める部が準備されています」
「それを監禁と言うんです」
運転の額に汗が浮かび始めた。
広告
彼は悪事に慣れたには見えない。額な報酬と、子が用した類を信じ、自分の為を正当な仕事だとい込もうとしているのだろう。
私は財布から現を取りした。
「義母からいくら受け取ったのかりません。でも、これをお渡しします。りなければ町へ戻ってから必ず支払います。私を央総病院まで連れてってください」
「額の問題ではありません。契約があります」
「犯罪の依頼は契約になりません」
私は声を落とし、彼の目をまっすぐ見た。
「このまま私を置いていけば、私は何としてでもをり、警察へ被害届をします。子が責任を負うといてあっても、実際に私を運んだあなたの責任は消えません」
運転の唇がわずかに震えた。族に危害を加える精神状態だと聞かされていた女が、落ち着いて法律の責任を説したことで、依頼内容への疑いがじたのだろう。
「私を病院まで送ってください。そして、子から何を頼まれたのか証言してください。そうしてくれるなら、あなたを積極に追及するつもりはありません」
「もし、あなたが本当にご族へ危害を加えたら……」
「私は族に会って確かめたいだけです。病院で暴れたりしません。必ならあなたは病院ので私をろし、そのまま帰って構いません」
のが々を揺らし、枯れた枝が建物の根をこする音がした。運転はい、私と依頼を見比べていた。
やがて彼はい息を吐き、い袋をした。
広告
おすすめ作品
-
完結第10話
隠し子を知っていた55歳妻
結婚30年。55歳の律子は、61歳の夫・正典から突然「好きな人がいる」と告げられる。相手は34歳の女性。そして2人の間には、3歳の男の子までいた。しかし律子は驚かなかった。「れん君でしょう? 1年前から知っていました」。夫の顔から血の気が引く。離婚届を差し出されても、律子は微笑んで「離婚しません」と拒否した。夫への愛が残っていたからではない。この1年間、弁護士への相談、財産や年金の確認、仕事探しまで、誰にも知られず自分の人生を立て直す準備をしていたからだ。30年間、自分の人生を夫の都合で決められてきた妻は、最後の別れの日だけは自分で選ぶと決めていた――夫婦|不倫1.4万字5 2171 -
完結第11話
夫の娘は、私にだけ謝った
結婚34年目、夫は突然こう告げた。 「娘が見つかった。だから離婚してほしい」 夫には、結婚前に生まれていたもう一人の娘がいた。しかも夫は、その娘のために今の家庭を離れ、父親としてやり直したいと言う。 しかし、真由美が初めて会った“夫の娘”綾香は、なぜか彼女に頭を下げた。 「私のせいで離婚しないでください」 夫は本当に、最近になって娘の存在を知ったのか。なぜ綾香は、父親ではなく真由美に会おうとしたのか。 やがて明らかになるのは、36年前に封じられた手紙と、12年前から夫が隠し続けていた事実だった。 突然現れた娘は、家庭を壊しに来たのではなかった。 34年続いた夫婦の中で、誰も口にしなかった本当の問題を、静かに照らし出していく――。夫婦|親子関係1.6万字5 638 -
完結第13話
離婚後に生まれた息子
10年間の不妊治療の末、「子供もできなかった」と姑に責められ、夫・健一から離婚を告げられた38歳の由美。ところが離婚から2週間後、最後に受けた治療が実っていたことが判明する。由美は悩んだ末、元夫には知らせず、実家で1人の男の子を出産した。それから1か月。離婚から10か月後のある日、玄関に現れたのは健一と、彼が再婚する28歳の美香だった。「来月、結婚式をするんだ」と招待状を差し出そうとした健一。しかし、由美の腕に抱かれた赤ん坊を見た瞬間、その笑顔が消える。「その子……まさか俺の?」。10年間「子供を産めない妻」と責められ続けた由美の人生が、そこから大きく動き始める。夫婦|真相|修羅場2.0万字5 4143 -
完結第10話
ブラックカードを止めた10分後
結婚5年目、38歳の小百合は夫・拓也から離婚を突きつけられた。拓也が選んだのは、35歳の女医・玲子。「5年間も専業主婦で楽できたんだから十分だ」「これからは自分で稼げ」と笑う夫と義家族は、小百合を“1円も稼げない女”だと思い込んでいた。離婚届に判を押したその日、拓也は玲子を連れて両親との祝いの席へ向かう。小百合は何も言い返さず、玄関が閉まってから10分後、カード会社へ1本の電話をかけた。「家族カード3枚、すべて利用停止にしてください」。その夜、高級レストランで45万8000円の会計を前に、拓也一家が初めて知ることになる。自分たちが当然のように使っていた“豊かな生活”は、いったい誰のお金で成り立っていたのか――。人生逆転|夫婦|不倫1.5万字5 2254 -
完結第10話
清掃員が書いた設計図
倒産寸前の小さな町工場に、1人の若い清掃員がいた。 佐藤ゆい、21歳。学歴は中卒。従業員たちからは名前で呼ばれることもなく、ただ雑用係として扱われていた。 そんなある日、大企業から依頼された精密部品がすべて不良品となり、工場は2000万円の違約金を突きつけられる。誰もが技術不足だと責められ、工場長の竹夫も廃業を覚悟しかけていた。 その時、ずっと黙っていたゆいが静かに口を開く。 「設計が間違っています」 中卒の清掃員が、大企業の研究所の図面に誤りがあると言い出した――。 誰も信じなかったその言葉が、やがて町工場の運命を大きく変えていく。履歴書には書けなかった彼女の本当の力とは。人生逆転|真相1.4万字5 336 -
完結第12話
団地に残された17通
毎朝5時、誰よりも早く団地へ来て、廊下も階段もごみ集積所も黙って掃除してきた61歳の藤本志津江。 13年間続けてきた仕事は、ある日突然、31世帯の署名によって終わりを告げられる。理由は「住民の生活をのぞいている」「勤務時間外に声をかけすぎる」というものだった。 志津江は反論しながらも、自分の善意が誰かにとっては重荷になっていたことを知る。 そして契約終了が決まった直後、清掃用具庫から見つかったのは、長年誰にも届かなかった17通の手紙だった。 その中には、15年前に団地で起きた火災と、当時責任を負わされた元管理人、そして亡くなった女性が残したはずの言葉が含まれていた。 志津江は本当に住民を見張っていたのか。 17通の手紙は、なぜ用具庫に残されていたのか。 そして、団地が長年隠してきた火災の真相とは――。因果応報|人生逆転|真実1.8万字5 508 -
完結第10話
消えた嫁と浅すぎる墓
1993年正月、青森の山あいの村で、武田家の嫁・すみ子が墓参りの後に姿を消した。 夫は「家出した」と届け出たが、財布も行き先もはっきりせず、すみ子の消息はそのまま途絶えた。嫁姑の不仲、夫の無関心、そして雪深い村に残された小さな違和感――しかし当時、誰もそれを深く追おうとはしなかった。 それから7年後。 道路拡張工事で古い共同墓地を移すことになり、すでに亡くなっていた姑・松子の墓が掘り返される。ところが、棺のさらに下から見つかったのは、そこにあるはずのないもう一人の骨だった。 花柄の着物、頭に残された不自然な傷、そして7年前に「墓を深く掘らないで」と叫んだ娘の記憶。 正月の雪山で、武田家の女たちに何が起きたのか。 家族という名の密室に封じられていた真実が、7年越しに土の中から姿を現す――。ミステリー|真相1.5万字5 14 -
完結第11話
荷造りの日に消えた夫の行き先
7年間、脳梗塞で倒れた夫・修一を支え続けてきた香織。 仕事を辞め、食事も薬も通院もすべて管理し、夫が再び歩けるようになるまで寄り添ってきた。ところが回復した修一が最初に告げたのは、感謝ではなく「離婚してほしい」という言葉だった。 理由は、妹のいる新潟で暮らしたいから。 香織は、自分の7年間がすべて否定されたように感じる。だが荷物を整理する中で、夫が密かにつけていた一冊のノートを見つける。そこには、香織への感謝と罪悪感、そして誰にも言えなかった本音が記されていた。 さらに引っ越し当日、迎えに来たはずの義妹が突然言い放つ。 「兄は引き取りません」 夫は本当に妻から逃げたかったのか。義妹はなぜ直前で拒んだのか。そして香織が7年間守り続けていたものは、夫だったのか、それとも自分自身の恐怖だったのか。 介護、夫婦、家族の責任、そして人生の後半をどう生きるかを描く、静かな再出発の物語。夫婦|介護1.6万字5 280 -
完結第8話
サービスエリアで消えた三人
大型サービスエリアで、36歳の母親と9歳の息子、6歳の娘が突然姿を消した。残された夫・修一はテレビに出演し続け、「妻と子供たちを見かけた人は連絡してください」と14年間訴え続けた。世間は彼を、家族の帰りを信じて待つ父親として記憶していた。ところが事件から14年後、100キロ近く離れた古い貸倉庫の床下から黒い旅行鞄が発見される。中に入っていたのは、失踪した妻の財布と、息子が旅行当日に履いていた片方のスニーカー。そして、その倉庫の過去を調べると、夫がかつて関係を持っていた女性の名前が浮かび上がる。14年間誰も疑わなかった「3人はサービスエリアで消えた」という前提が、そこから静かに崩れ始める。ミステリー|真相|遺體発見|行方不明1.1万字5 192