"子どもを救って、僕は処分された" 第1話
事故の翌朝、営業所の片桐は、机のに枚のを置いた。
「内容を確認して、最に署名してくれ」
川蓮はをに取った。そこには、方確認が分なまま交差点へ入し、急制によって乗客を負傷させた、とかれていた。
蓮は歳、営バスの委託会社に入ってになる。遅刻も接触事故もなく、乗客から名指しで苦を受けたこともなかった。だが、そののでは、昨までのはもなく、わずか秒の判断だけが彼の全部になっていた。
「方確認はしていました」
片桐は腕を組んだ。窓のでは始発を終えた両が洗へ入り、規則正しい音をてている。
「見ていたなら、なぜ急ブレーキになった」
「歩にいた男の子がびしました。自転を押していた子です」
「ドライブレコーダーには、子どもはへていない」
「輪が線を越えました。止まらなければ、のミラーか体の角が当たっていた能性があります」
片桐はさく息を吐いた。事故ではなく「内転倒」と呼ぶのが会社の決まりらしく、彼は度も事故という言葉を使わなかった。
昨の午分、蓮が運転する線バスで、歳の女性、成瀬文子が転倒した。文子は首を骨折し、救急で搬送された。座席からちがり、ボタンへを伸ばした瞬の急制だった。
広告
病院で文子は、運転士が信号を見落とし、慌ててブレーキを踏んだと話した。方にいた乗客のも、「子どもは歩にいた」と証言したという。
「成瀬さんのご族はかなりっている。にも連絡が入った。今は事実関係を争うより、まず会社として誠を見せる必がある」
「誠と、事実と違う文章に署名することは別です」
片桐の眉がいた。
蓮はもともと、言い返すのが得ではない。を卒業して備へ入り、歳で型種免許を取った。父親が距トラックの運転で、幼い頃からきなが好きだった。ただし父は、運転の話をするだけ厳しかった。
を乗せたら、自分が正しかったかより、全員を無事にろせたかを先に考えろ。
昨、文子を無事にろすことはできなかった。その事実は、どんな説でも消えない。
「僕の判断でけがをさせたことは認めます。っている乗客がいる能性を、もっとく考えるべきでした。でも、信号の見落としはしていません」
「君の問題ではないんだ」
片桐は声をくした。
「この線は来度、契約更がある。から全管理に疑問を持たれれば、百の雇用に関わる。表現のつつにこだわって、皆を巻き込むつもりか」
その言い方をされると、蓮はかった。父がくなったあと、母との妹の活費を支えた期がある。
広告
自分の選択で、誰かの暮らしが揺れることを何より恐れていた。
それでも、ペンを取ることはできなかった。
「映像を、最初から見せてください」
「警察とには提する。君が見る必はない」
「自分の運転です」
片桐はを引き戻した。
「では、本は自宅待。与の扱いは調査に決める。制は置いていけ」
ロッカーで紺の着を脱ぐと、胸の名札だけが妙にかった。同僚たちは点呼を終えて庫したあとで、広い部には蓮しかいない。
私になって営業所をると、スマートフォンにニュース通が届いた。
《内線バスで齢女性が骨折 運転士の注か》
記事には会社名も線名もていた。コメント欄には、「最の若い運転士は乱暴だ」「齢者が座るまで発するな」とかれている。
蓮は画面を閉じた。文子はにちがったのだと反論したくなったが、それをけば、けがをしたへ責任を押しつける運転士になる。
帰宅すると、同居する妹の結が卓にノートパソコンをいていた。歳の結は専学で映像編集を学んでいる。ニュースを見たらしく、蓮の顔を見るなり尋ねた。
「本当に信号を見落としたの?」
「見落としてない」
「じゃあ、そう言えばいいじゃない」
「言ってる。でも、子どもがにていないように見えるらしい」
結はしばらく黙り、テーブルの端に置かれた父の古い腕計を見た。
広告
おすすめ作品
-
完結第11話
病院へ行かない黒い車
「健一が事故に遭ったの。危篤よ。すぐ病院へ向かいなさい!」 義母からの電話を受けた由美子は、夫の安否を案じ、家の前に用意されていた黒いハイヤーへ飛び乗った。 しかし車は、病院とはまったく違う方向へ走り出す。やがて連れて行かれたのは、電波も届かない山奥の古びた宿だった。 問い詰める由美子に、運転手は申し訳なさそうに告げる。 「すみません……指示どおりです」 夫の事故、義母の悲鳴、そして病院へ向かうはずだった車。すべては、由美子を家から遠ざけるために仕組まれた罠だった。 その裏で、夫と義母は何を終わらせようとしていたのか。 25年間、黙って耐えてきた妻が、たった一言から家族の嘘を暴き始める――。因果応報|夫婦|真相1.7万字5 167 -
完結第12話
娘の結婚式で夫は愛人を新しい妻と紹介した
52歳の由美は、27年間連れ添った夫・剣一との夫婦関係がすでに壊れていることを知りながら、一人娘・美穂の結婚式までは何も起こさないと決めていた。ところが披露宴の最中、剣一は180人の招待客を前に、34歳の愛人・理香を「これからの妻になる人です」と紹介する。会場が凍りつき、娘が青ざめる中、由美は怒鳴りも泣きもせず、静かに立ち上がって拍手した。「あなたの本性を、私が説明する手間が省けました」。すると突然、新郎の父・誠が由美の前まで歩み寄り、深く頭を下げる。「これまで、本当によく耐えてこられました」。そして彼が口にした「準備はできています」という一言に、夫の表情が変わった――。人生逆転|不倫|熟年離婚1.8万字5 1619 -
完結第10話
ブラックカードを止めた10分後
結婚5年目、38歳の小百合は夫・拓也から離婚を突きつけられた。拓也が選んだのは、35歳の女医・玲子。「5年間も専業主婦で楽できたんだから十分だ」「これからは自分で稼げ」と笑う夫と義家族は、小百合を“1円も稼げない女”だと思い込んでいた。離婚届に判を押したその日、拓也は玲子を連れて両親との祝いの席へ向かう。小百合は何も言い返さず、玄関が閉まってから10分後、カード会社へ1本の電話をかけた。「家族カード3枚、すべて利用停止にしてください」。その夜、高級レストランで45万8000円の会計を前に、拓也一家が初めて知ることになる。自分たちが当然のように使っていた“豊かな生活”は、いったい誰のお金で成り立っていたのか――。人生逆転|夫婦|不倫1.5万字5 2269 -
完結第10話
清掃員が書いた設計図
倒産寸前の小さな町工場に、1人の若い清掃員がいた。 佐藤ゆい、21歳。学歴は中卒。従業員たちからは名前で呼ばれることもなく、ただ雑用係として扱われていた。 そんなある日、大企業から依頼された精密部品がすべて不良品となり、工場は2000万円の違約金を突きつけられる。誰もが技術不足だと責められ、工場長の竹夫も廃業を覚悟しかけていた。 その時、ずっと黙っていたゆいが静かに口を開く。 「設計が間違っています」 中卒の清掃員が、大企業の研究所の図面に誤りがあると言い出した――。 誰も信じなかったその言葉が、やがて町工場の運命を大きく変えていく。履歴書には書けなかった彼女の本当の力とは。人生逆転|真相1.4万字5 345 -
完結第12話
団地に残された17通
毎朝5時、誰よりも早く団地へ来て、廊下も階段もごみ集積所も黙って掃除してきた61歳の藤本志津江。 13年間続けてきた仕事は、ある日突然、31世帯の署名によって終わりを告げられる。理由は「住民の生活をのぞいている」「勤務時間外に声をかけすぎる」というものだった。 志津江は反論しながらも、自分の善意が誰かにとっては重荷になっていたことを知る。 そして契約終了が決まった直後、清掃用具庫から見つかったのは、長年誰にも届かなかった17通の手紙だった。 その中には、15年前に団地で起きた火災と、当時責任を負わされた元管理人、そして亡くなった女性が残したはずの言葉が含まれていた。 志津江は本当に住民を見張っていたのか。 17通の手紙は、なぜ用具庫に残されていたのか。 そして、団地が長年隠してきた火災の真相とは――。因果応報|人生逆転|真実1.8万字5 521 -
完結第18話
四十九日の注文票
夫の四十九日を終えた夜、59歳の円香は、息子夫婦から突然「明日の朝までに店の鍵を渡してほしい」と告げられる。 夫と32年間守ってきた惣菜店《おかず処まどか》。しかし土地と建物は、知らないうちに息子の名義へ移され、すでに再開発のため売却されようとしていた。 悲しみも癒えないまま、住む場所も店も奪われかける円香。さらに夫が管理していた店の預金も、借金返済に使われたと聞かされる。 そんな夜、夫の机の奥から見つかったのは、古い注文票だった。 《弁当120食。毎月第2土曜日。代金は受け取らないこと》 そこに書かれていたのは、円香の知らない女性の名前。 夫はなぜ、妻に黙って無料の弁当を届けていたのか。 なぜ、その女性を「店を失った時に訪ねろ」と書き残したのか。 追い出されたはずの店の裏で、夫が最後まで隠していた過去と、息子夫婦の本当の目的が少しずつ明らかになっていく――。人生逆転|親子関係2.8万字5 329 -
完結第13話
判を押さなかった妻
65歳の佳代は、38年間連れ添った夫・修司から突然、離婚届と一枚の写真を差し出される。 写真に写っていたのは、10歳になる男の子。夫が11年前から外で関係を続けていた女性との子どもだった。 「離婚して、残りの人生は好きに生きたい」 そう言いながら修司は、離婚後も佳代に家に残り、食事や洗濯、薬の管理まで続けるよう当然のように求めてくる。 しかし佳代は、すぐには判を押さなかった。 悲しくて離婚できなかったわけではない。夫が隠してきた金の流れ、削られていた義母の施設費、そして“新しい人生”の裏にある都合のいい計画を、すべて明らかにするためだった。 38年間尽くしてきた妻が、最後に守ろうとしたものとは――。人生逆転|夫婦|熟年離婚1.9万字5 2487 -
完結第10話
「無職の父」と呼ばれた6年間
「無職のあなたに、病気のある子どもを育てられると思う?」 妻・美咲からそう言われた佐伯公平は、言葉を失った。10歳の息子・悠人は、4歳の頃から1型糖尿病と向き合っている。血糖値の確認、食事管理、通院、学校との連絡――そのすべてを6年間支えてきたのは、公平だった。 しかし妻は、安定した収入を理由に息子を連れて出ていこうとしていた。さらに、悠人にはすでに新しい部屋や転校の話まで伝えられていた。 父親として過ごしてきた時間は、「無職」という一言で消されてしまうのか。 公平は、6年間の連絡帳と医療記録を手に取る。そこには、誰にも見えなかった父と息子の日々が残されていた。 親権をめぐる争いの中で明らかになる、夫婦のすれ違い、息子の本当の気持ち、そして“家族”の形。 これは、父親として生きてきた時間を取り戻すための、静かな戦いの物語。人生逆転|夫婦|親子関係1.5万字5 7 -
完結第10話
米寿の席で外された嫁
米寿祝いの席で、義母は親族の前で突然言った。 「秋子さんには、明日から店へ来てもらわなくて結構です」 33年間、朝早くから和菓子店《松月堂》を支えてきた秋子。餡を練り、注文を管理し、繁忙期には夜まで働いてきた日々は、義母の一言で“家族の手伝い”として片づけられた。 しかも店から外された秋子に、今度は義母の通院や世話を任せるつもりだった。 何も言わず席を立ったその夜、秋子は古い段ボール箱の中から、亡き義父が残した一通の封筒を見つける。 そこに入っていたのは、秋子を守るための遺言ではなかった。 店の帳簿に隠されていた不自然な金の流れ、説明されていない借金、そして義父が最後まで言えなかった家族の秘密。 「家族だから」という言葉の下で、誰が何を背負わされていたのか。 33年間奪われてきた時間と仕事の価値を、秋子が静かに取り戻していく物語。人生逆転|嫁姑|親子関係1.5万字5 1222