"預けた通帳が消えた日" 第4話
「次に泣くのは、あの子たちの番よ」
背から、驚いた声がした。
「静さんじゃないか」
振り返ると、仲の田孝雄がっていた。
歳になった田は、髪こそ増えていたが、昔と変わらぬ懐こい顔をしていた。
「こんな朝にどうしたんだ。京にいるんじゃなかったのか?」
静はしばらく迷った末、すべてを話した。
の喫茶で、健夫婦との同居、通帳、融資、施設の話まで、途切れ途切れに打ちけた。
田は度もを挟まなかった。
話が終わると、い声で言った。
「それは族の問題じゃない。財産を狙った経済な虐待だ」
静は顔をげた。
「虐待……」
「殴る蹴るだけが虐待じゃない。を取りげて、事を与えず、孤させる。それも派な虐待だよ」
その言葉を聞き、静は初めて、自分が悪いのではないとえた。
「田さん。お願いがあるの」
静の声から震えが消えていた。
「弁護士と、産会社を紹介してほしいの」
「何をするつもりだ?」
「私のものを、私のに取り戻すわ」
田は静の目を見つめ、やがて頷いた。
「分かった。最まで伝う」
そののうちに、静はへ相談した。
本確認を済ませ、紛失届をして通帳とカードを止する。取引履歴を取り寄せると、静のらないが次々に見つかった。
ブランド品、旅代、カードの返済。
半らずで、百万円くが消えていた。
広告
さらに、静名義の定期預が途解約され、その部が美名義の座へ送されていた。
員が険しい顔をした。
「この送に、お当たりはありませんか?」
「ありません」
静は、はっきり答えた。
弁護士の黒川は、取引記録を確認すると言った。
「まず座を保全しましょう。ご自宅にはで戻らないでください。印鑑がなくなっているなら、実印も改印した方がいい」
「息子を訴えることになるのでしょうか」
「今すぐ決める必はありません。ただし、息子さんだからといって、違法な為が許されるわけではありません」
そのの夕方、静はしい印鑑を登録し、自分だけの座を作った。
そして藤沢の舗について、売却の査定を依頼した。
再発計画の響で、と建物には千万円を超える価値がついた。
数、静は売買契約に署名した。
夫とのいを放す痛みはあった。
けれど、その所に執着したために自分まで壊れてしまえば、夫はばない。
「これでいいのよね」
契約のに涙が粒落ちた。
田は何も言わず、静のそばに座っていた。
京へ戻るの、静は夕に染まるを見つめた。
バッグのには、しい通帳と、弁護士の名刺が入っている。
静はもう、無力な母親ではなかった。
だが反撃するには、まだりない。
息子夫婦が何を企んでいるのか。
広告
その言葉を、自分たちので語らせる必があった。
マンションへ戻ると、美が玄関で待っていた。
「お母さん、どこへっていたんですか?」
以なら、静は慌てて説しただろう。
だが今は、美の目をまっすぐ見返すことができた。
「し、用事があったの」
「用事って何です?」
「あなたに報告する必があるのかしら」
美の表が瞬こわばった。
静はそれ以何も言わず、自へ戻った。
翌から、静は識に以の自分を演じた。
背を丸め、取りを遅くし、息子夫婦のでは々しく振るった。
同に、弁護士の指示に従って記録を始めた。
求された額。
渡した通帳。
事を分けられた。
施設へ入れるという会話を聞いた。
さらに、自分が会話の当事者となる面では、型の録音を使った。
何でも隠し録りすればよいわけではない。黒川はそう注した。それでも、本の財産に関する話や、静に対する発言を残すことにはがあった。
数、静は美に尋ねた。
「通帳を返してもらえないかしら」
胸元のポケットでは録音がいていた。
美は骨に眉をひそめた。
「どうしてですか?」
「膝の術を受けたいの。病院から、これ以延ばさない方がいいと言われたから」
「そんなお、ありませんよ」
「私の貯があるでしょう?」
美はで笑った。
「お母さん、私たちにおを預けましたっけ?」
静は、あえて息子へ顔を向けた。
「健。あなたも見ていたでしょう?」
広告
おすすめ作品
-
完結第12話
3万円を払った元タクシー運転手
雨の月命日、64歳の笠原和子は、夫の墓参りへ向かうため一台のタクシーに乗った。 目的地まではわずか5kmほど。ところが運転手はメーターを動かさず、遠回りをした末に、霊園の前で「料金は3万円です」と告げる。 相手は足の悪い高齢女性。文句を言えず、泣き寝入りするとでも思ったのだろう。和子はその場では静かに3万円を支払い、何も言わずに車を降りた。 しかし、運転手は知らなかった。 後部座席に座っていたその“おばあちゃん”が、40年間タクシーとハイヤーの運転席に座り続けてきた元プロの運転手だったことを。 そして彼の声も、名前も、車両番号も、すべて記録されていたことを。 翌日、和子が正式に動き出した時、悪質な運転手と会社が隠してきた過去が少しずつ明らかになっていく――。真相|金銭問題1.8万字5 7 -
完結第11話
四十九日の780万円
義父の四十九日法要が終わった夕方、亮平は義母から一枚の返済予定表を渡された。 そこに書かれていた金額は、7,800,000円。返済者の欄には、なぜか婿である亮平の名前があった。 義母は「家族の借金だから」と当然のように言うが、亮平はその借金の存在すら知らされていなかった。さらに妻の彩も、3年前から毎月7万円を実家へ払い続けていたことを打ち明ける。 誰から借りた金なのか。なぜ絶縁したはずの姉へ、今も返済が続いているのか。そして、義父が本当に残したかったものは何だったのか。 古い通帳と父のノートを調べ始めた時、森下家が7年間隠してきた“家族の借金”の正体が、少しずつ崩れ始める――。祖父母と孫|第二の人生|親子関係1.7万字5 27 -
完結第10話
臨月の妻に親族30人分の法事料理を作らせていた母
臨月を迎えた妻を家に残し、出張へ出ていた夫。ところが予定より3日早く帰宅すると、台所には親族30人分の料理が並び、その横で妻が床に倒れていた。事情を聞けば、母は翌日の法事のために「嫁なんだから当然」と、身重の妻へ朝から料理を作らせ続けていたという。怒鳴りつけてもおかしくない状況だった。それでも夫は母を責めなかった。ただ妻を抱き上げ、病院へ向かう前に静かに告げる。「法事は予定通りやっていい」。母が安心した次の瞬間、夫は続けた。「ただし明日は、俺たち夫婦は一切参加しない」。その一言を境に、母が長年“家族のため”と押しつけてきたものが、次々と返され始める。嫁姑|親子関係1.5万字5 2272 -
完結第20話
遺産は腐った倉庫だけ
父・正一を8年間介護した次男の浩司。しかし遺言で、兄の裕二には家、田畑、預金、車が渡され、浩司に残されたのは荒れ果てた倉庫と、4時20分で止まった腕時計だけだった。兄夫婦に家を追い出され、娘の大学入学金82万円さえ用意できない浩司。四十九日にも仏壇へ入れてもらえず、家族で倉庫に父を供養した時、作業台の奥にある西壁から不自然な音が響く。壁の中から現れた鉄扉と巨大な金庫。父が時計に隠した暗号を解いた時、兄が見下した遺産の本当の価値と、20年前から封じられていた家族の秘密が動き始める。親子関係|介護|金銭問題3.0万字5 250 -
完結第10話
仕送り10万円の行方
父が毎日お茶漬けばかり食べていると知り、美幸は胸がざわついた。 毎月10万円、父のために仕送りしているはずだった。けれど父は、不思議そうな顔でこう言う。 「仕送り? 俺は一円ももらってないぞ」 慌てて銀行へ確認しようとしたその瞬間、そばにいた夫・武志が青ざめ、ガタガタと震え出した。 消えていた毎月10万円。 父の口座ではない振込先。 そして、夫と姉が密かに会っていた理由。 ただの仕送りトラブルだと思っていた出来事は、やがて夫の失職、姉の借金、義母の裏切り、そして家族ぐるみの嘘へとつながっていく。 信じていた家族の本当の顔を知った時、美幸が選んだ答えとは――。夫婦|親不孝|孤獨|金銭問題1.5万字5 949 -
完結第10話
退職祝いは「孫の勤務表」
42年間勤めた会社を退職したその夜、62歳の高橋信夫は、娘夫婦から一枚の紙を渡された。 そこに書かれていたのは、退職祝いの言葉ではなく、《おじいちゃん担当表》。孫の送迎、夕食作り、買い出し、風呂と寝かしつけ――信夫の自由になったはずの時間は、家族によって勝手に埋められていた。 さらに、娘夫婦は一時的な滞在のはずが、期限のない同居を考えていた。信夫の書斎は孫の部屋にされ、保育園の書類には本人の知らない署名まで残されている。 「家族のため」という言葉の裏で、誰の時間が犠牲にされていたのか。 退職後の人生を奪われかけた父が、自分の居場所と家族との距離を取り戻していく物語。親不孝|第二の人生|親子関係1.6万字5 16