"銀行員の妻も列に並んだ日" 第3話
「」
妻は黙っている。
「全部ろす必はない」
「……」
「噂に惑わされるな」
の眉がわずかにいた。
清吉は自分でも止められず、朝から言い続けてきた言葉を続けようとした。
「には分な――」
「でも同じことを言える?」
が静かに遮った。
清吉のが止まった。
窓のろでは、札を数える音が絶えなく続いていた。
幣を揃える音。
印鑑を押す音。
客を呼ぶ声。
そので、清吉とだけが瞬、別の所にいるようにかなかった。
のろには、まだ何もの客が並んでいる。
誰も夫婦の事などらない。
ただ窓の処理が止まったことに苛ち、へ顔を伸ばしていた。
「うしてくれや」
ろから声がんだ。
は振り返らなかった。
清吉も客の方を見なかった。
「、全部ろしたら……」
「私はあなたを信じてる」
妻はさな声で言った。
「でもは信じてない」
その言葉が、清吉の胸の奥へまっすぐ入った。
員としてなら、答える言葉はいくらでも用されている。
経営は健全です。
資産はあります。
に惑わされないでください。
だが夫として、妻の目を見ながら同じことを言うことはできなかった。
は続けた。
「昨、何かあったんでしょう」
清吉は何も答えなかった。
「帰ってきた、顔が違ってた」
昨夜、清吉はいつもより遅く帰宅した。
夕飯をべながらほとんど話さず、聞だけを見ていた。
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がの騒ぎについて話しても、「したことじゃない」とく答えただけだった。
それでも20く緒に暮らしてきた妻には分かった。
何かを隠している。
だから今朝、所の女たちが通帳をにへ向かうのを見た、も押し入れの奥から通帳と印鑑をした。
「全部じゃなくてもいい」
清吉はようやく言った。
「必な分だけにしてくれ」
「必な分って、どれだけ?」
「芳子の学費と……1か分の活費」
は夫の顔をじっと見た。
「それなら全なの?」
清吉は答えられなかった。
全だから部だけろせと言っているわけではない。
員である自分の族が、列に並んで全額を引きしたとられたくない。
もしの員や客が気づけば、
「主任のまで全部ろした」
という話が気に広がるかもしれない。
それは支にとって致命になる。
だがから見れば、事はまったく違う。
子どもの学費。
族の活。
数かけて貯めた。
を守るために、それを危険にさらす理由がどこにあるのか。
清吉には何も説できなかった。
「頼む」
最には、そう言うしかなかった。
はしばらく夫を見ていた。
やがてさく息を吐いた。
「分かった」
清吉が顔をげた。
「芳子の学費と、1か分だけにする」
清吉は無言で頷いた。
続きを始めた。
自分のの通帳へ、自分ので払い戻しの記録をつける。
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こんなことは21働いてきて初めてだった。
をへ渡す、指先がわずかに触れた。
は何も言わなかった。
札を財布へ入れ、通帳を受け取る。
そして窓をれる直、ち止まった。
「清吉さん」
「何だ」
「今、遅くても待ってるから」
それだけ言って、は列のへていった。
清吉は次の客を呼んだ。
「お待たせしました」
声はもう、朝よりくなっていた。
そのも払い戻しは続いた。
午3。
午4。
閉を過ぎても、入のにはまだがいた。
最の客を送りした、内にいた員たちは誰もばなかった。
扉が閉じられると、全員が子へ沈み込んだ。
支は庫係から渡された数字を見た。
顔から血の気が引いた。
「……か」
誰かが呟いた。
支は返事をしなかった。
しばらくして、清吉たち主任を奥へ呼んだ。
「本から連絡が来た」
支はい声で言った。
「朝の営業は、まだ決められない」
「資は?」
「にわん能性がある」
清吉は子の背にもたれた。
朝、自分が何回も叫んだ言葉がに戻ってくる。
預は全です。
今なら、その言葉がどれほど危ういものだったか分かる。
夜10を過ぎて、清吉はへ帰った。
茶のには、が1で座っていた。
子どもたちはすでに寝ている。
膳のの夕飯はえていた。
清吉は羽織を脱ぎ、黙って座った。
も何も聞かなかった。
しばらくして、清吉の方からをいた。
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