"20年後、坊ちゃんは帰ってきた" 第3話
隆にとって、それは都のいい説でもあった。
優の顔を見ると、くなった恵子をいす。
それ以に、理恵の実が持つ政財界の脈は、これからの事業に必だった。
「分かった。配しよう」
理恵の元に、ほんの瞬だけ笑みが浮かんだ。
翌の夕方、優は父の斎へ呼ばれた。
千鶴子も部の隅にっていた。
「優。来週、アメリカへきなさい」
隆は聞を畳みながら淡々と言った。
「向こうで学へ通う。おのためだ」
優の顔から血の気が引いた。
「嫌です」
「もう決まった」
「僕、ここにいたい。お母さんのお墓もここにあるし……」
「駄目だ」
優は泣きながら父親のへ膝をついた。
「お父さん、ごめんなさい。僕、何をしたのか分からないけど、悪いところがあったなら直します。だからかせないでください」
隆は答えなかった。
「いい子にします。理恵さんにも逆らわない。だから……」
「話は終わりだ」
隆は息子のを振り払った。
へ尻もちをついた優が、「お父さん」と何度呼んでも、隆は振り返らなかった。
廊の先には理恵がっていた。
そして、笑っていた。
千鶴子はその顔を見た瞬、優が本当に何か悪いことをして追いされるのではないと確信した。
これは最初から、この子を敷から消すために作られた話なのだ。
その夜、優は泣き疲れて眠った。
広告
千鶴子は自へ戻ると、胸元から恵子の記帳を取りした。最のページをくことはできなかったが、革表を撫でているだけで、恵子の声が聞こえてくるようだった。
――あなたが、あの子のお母さんになってあげて。
8歳の子供を、言葉も分に通じない国へで送りす。
千鶴子には到底受け入れられなかった。
彼女は涙を拭うとちがり、隆の斎へ向かった。
「会、お願いがございます」
「こんなに何だ」
隆はウイスキーグラスをに、迷惑そうに千鶴子を見た。
「坊ちゃんのアメリカ留学に、私も同させてください」
隆のが止まった。
「何だと?」
「8歳のお子様をにはできません。向こうでの事や活のお世話は、私がいたします」
隆はで笑った。
「政婦がアメリカへって何ができる。英語は話せるのか?」
「夜学で学びました。分とは申しませんが、活する程度なら何とかいたします」
千鶴子は歩も引かなかった。
「奥様に学ばせていただいたものです。そのご恩を、坊ちゃんを守ることでお返ししたいのです」
その、斎の扉がいた。
「まあ。随分面い相談をしているのね」
理恵だった。
事を聞くと、理恵は腹を抱えるように笑った。
「政婦がアメリカ留学についてく? 何それ。退職でもたっぷり貰うつもり?」
広告
千鶴子は静かに答えた。
「退職も、今までの勤続に対する権利も放棄いたします」
理恵の笑いが止まった。
「本にある私の活を全て放して構いません。私は坊ちゃんのそばにいられれば、それで結構です」
理恵と隆は顔を見わせた。
にとって、むしろ好都だった。
優だけを国へ送りせば々問題になるかもしれない。しかし仕えてきた政婦が自らついてくのなら、「世話役も用した」と説できる。
何より、理恵にとって邪魔ながとも同に消える。
「いいだろう」
隆が言った。
千鶴子の胸にさな堵が広がった。
しかし次の言葉で、それは凍りついた。
「ただし条件がある。度と俺のに現れるな」
千鶴子は顔をげた。
「優もだ。あいつはもう俺の子供ではない」
理恵がく笑った。
千鶴子の指先が震えた。
それでも今ここでりをぶつければ、同さえ取り消されるかもしれない。
「承いたしました」
をげる声だけは、震わせなかった。
部へ戻る途、千鶴子は壁にをついた。から力が抜けそうだった。
8歳の子供が、実の父親から「もう子供ではない」と切り捨てられた。
それでも、優にはまだ千鶴子がいる。
発夜、荷物を詰めていると、優がパジャマ姿で部へやってきた。
「千鶴子さん……僕、本当にでくの?」
千鶴子はのへ膝をついた。
「いいえ。私も緒です」
優の目がきくなった。
「本当に?」
「はい。この千鶴子が、最までお守りいたします」
広告
おすすめ作品
-
完結第15話
博士になった息子を「返せ」と言われた夜
春樹が博士号を取得した夜、母・ひよりは二十三年間の苦労が報われたように感じていた。 赤ん坊の頃から育て、病気の夜も、受験の日も、留学の朝も、ずっとそばで支えてきた大切な息子。けれど祝賀会の席で、夫は一人の女性を連れて現れ、残酷な真実を告げる。 「春樹は、俺と愛人との子だ」 さらに夫は離婚届を突きつけ、ひよりを家から追い出そうとする。だがその場で、春樹が静かに口を開いた。 そして明かされたのは、夫と愛人だけが隠していたはずの過去ではなかった。 二十三年前、赤ん坊だった春樹に何が起きたのか。血のつながりを超えて、最後に息子が選んだ“本当の母親”とは――。夫婦|親不孝|絶縁|親子関係2.3万字5 0 -
完結第13話
5人目だけが若かった
1999年夏、岐阜県の山あいにある青川村で、豪雨による土砂崩れが起きた。 崩れた山肌から現れたのは、黒い縄でつながれた5体の遺骨。村人たちは、それを6年前に行われた古い合葬の名残だと説明する。 しかし鑑定の結果、5体のうち1体だけが明らかに若すぎることが判明した。 老人5人が眠っているはずの棺に、なぜ24歳前後の若い女性が紛れ込んでいたのか。そして、本来そこにいるはずだった5人目の老人はどこへ消えたのか。 口元に押し込まれていた黄色い布、祠の裏道に残された車の痕跡、6年前の夜に聞こえた女の声。 迷信と沈黙に守られてきた山村の秘密が、雨によって少しずつ地上へ押し出されていく――。ミステリー|真実|真相1.9万字5 0 -
完結第10話
鍵をかけられた妊婦
妊娠七か月の美緒は、漏水工事のため、夫の実家で三週間だけ暮らすことになった。 最初は親切だった義母。けれど数日後から、漬物店の手伝いは少しずつ増え、母子手帳や保険証まで勝手に管理されるようになる。 医師から無理な立ち仕事を避けるよう言われても、義母は「妊婦は病人じゃない」と聞き入れない。夫に訴えても返ってきたのは、「母さんは心配しているだけ」という言葉だった。 そしてある朝、美緒が家を出ようとすると、靴は消え、玄関には外から鍵が掛けられていた。 閉じ込められた家の中で、突然お腹に強い張りが走る。 その時、美緒はようやく気づく。守らなければならないのは、家族の顔色ではなく、自分とお腹の子の命だった――。嫁姑|真実|親子関係1.6万字5 322 -
完結第12話
3万円を払った元タクシー運転手
雨の月命日、64歳の笠原和子は、夫の墓参りへ向かうため一台のタクシーに乗った。 目的地まではわずか5kmほど。ところが運転手はメーターを動かさず、遠回りをした末に、霊園の前で「料金は3万円です」と告げる。 相手は足の悪い高齢女性。文句を言えず、泣き寝入りするとでも思ったのだろう。和子はその場では静かに3万円を支払い、何も言わずに車を降りた。 しかし、運転手は知らなかった。 後部座席に座っていたその“おばあちゃん”が、40年間タクシーとハイヤーの運転席に座り続けてきた元プロの運転手だったことを。 そして彼の声も、名前も、車両番号も、すべて記録されていたことを。 翌日、和子が正式に動き出した時、悪質な運転手と会社が隠してきた過去が少しずつ明らかになっていく――。真相|金銭問題1.8万字5 484 -
完結第10話
「洗剤を入れた嫁」にされた私
45歳の私は、助産師として夜勤をこなしながら、夫と2人で静かに暮らしていた。 そんなある日、夫から義父の認知症を理由に、義両親との同居を頼まれる。家族のためならと受け入れた私だったが、同居が始まってから、義母の態度は少しずつ変わっていった。 夜勤明けに責められ、家事を押しつけられ、身に覚えのない悪口まで夫に吹き込まれる日々。それでも夫は、いつも義母の言葉だけを信じた。 やがて私は、義父の“認知症”にある違和感を覚える。 そしてある夜、義母はついに言い放った。 「食事に洗剤を入れたでしょう!」 その嘘を信じた夫は、私に「出ていけ」と告げる。 1か月後、私は離婚届を持って、もう一度あの家の玄関に立った。 その時、義家族が本当に恐れていたものが、ようやく明らかになる――。嫁姑|夫婦|裡の顔|真相1.5万字5 177 -
完結第11話
四十九日の780万円
義父の四十九日法要が終わった夕方、亮平は義母から一枚の返済予定表を渡された。 そこに書かれていた金額は、7,800,000円。返済者の欄には、なぜか婿である亮平の名前があった。 義母は「家族の借金だから」と当然のように言うが、亮平はその借金の存在すら知らされていなかった。さらに妻の彩も、3年前から毎月7万円を実家へ払い続けていたことを打ち明ける。 誰から借りた金なのか。なぜ絶縁したはずの姉へ、今も返済が続いているのか。そして、義父が本当に残したかったものは何だったのか。 古い通帳と父のノートを調べ始めた時、森下家が7年間隠してきた“家族の借金”の正体が、少しずつ崩れ始める――。祖父母と孫|第二の人生|親子関係1.7万字5 335 -
完結第13話
断っただけで「要注意世帯」
毎朝7時、自治会長が各戸のチャイムを鳴らし、「在宅確認」を行うマンション。 引っ越してきたばかりの相沢健司は、娘・凛を守るため、その見守り活動への参加を断った。ところが翌日、自治会掲示板には「非協力世帯」として、父娘の名前と家族構成が貼り出されてしまう。 善意のはずだった見守りは、いつしか住民同士を監視する仕組みへと変わっていた。 そんな中、留守宅から現金や商品券が消える事件が相次ぐ。被害に遭ったのは、外出予定を自治会へ提出し、予備鍵を預けていた家ばかりだった。 誰が住民の情報を見ていたのか。誰が鍵を使ったのか。 そしてある日、健司と凛の部屋にも、静かに誰かが入り込んでいた――。 「安全のため」という言葉の裏で、住民たちが見落としていた本当の危険とは。裡切られた|怒り|修羅場2.0万字5 130 -
完結第9話
財産は長男へ――8年間介護した次男に残されたのは、古びた倉庫一軒だけだった
父・正一を8年間介護した次男の浩司。しかし遺言で、兄の裕二には家、田畑、預金、車が渡され、浩司に残されたのは荒れ果てた倉庫と、4時20分で止まった腕時計だけだった。兄夫婦に家を追い出され、娘の大学入学金82万円さえ用意できない浩司。四十九日にも仏壇へ入れてもらえず、家族で倉庫に父を供養した時、作業台の奥にある西壁から不自然な音が響く。壁の中から現れた鉄扉と巨大な金庫。父が時計に隠した暗号を解いた時、兄が見下した遺産の本当の価値と、20年前から封じられていた家族の秘密が動き始める。親子関係1.4万字5 264 -
完結第7話
山奥に捨てられた下半身不随の妻妻は立ち上がる
建築会社の社長・鈴木佳奈は、工事現場から転落し、体を動かせないまま入院生活を送っていた。献身的に支える夫・健二は、周囲から理想の夫と称賛されている。だが夜になると、彼は佳奈の実印を持ち出し、署名を偽造し、愛人と会社や不動産を奪う計画を進めていた。さらに佳奈は、真夏の山中へ自分を置き去りにする相談まで耳にする。誰にも意思を伝えられないと思われていた彼女は、密かに回復しながら証拠を集め始める。夫婦22年の信頼を利用した計画の奥には、最初の転落事故へつながる秘密も隠されていた。人生逆転|夫婦1.1万字5 191 -
完結第10話
預けた通帳が消えた日
六十七歳の山田静は、膝の手術費を用意するため、息子夫婦に預けていた通帳を返してほしいと頼んだ。 しかし嫁の美香は、薄く笑ってこう言った。 「お母さん、私たちにお金なんて預けましたっけ?」 夫と二人で魚屋を営み、三十年かけて貯めた老後の資金。息子を信じて渡した通帳も印鑑も、いつの間にか静の手元から消えていた。さらに息子の健一まで、母をかばうどころか「知らない」と目をそらす。 不安を抱えた静が耳にしたのは、預金を使い切ったあと、彼女を認知症扱いして施設へ入れようとする恐ろしい計画だった。 家族を信じ続けた母が、ようやく気づいた真実。 奪われたのはお金だけではなかった。 自分の人生そのものを取り戻すため、静は亡き夫との思い出が残る藤沢へ向かい、静かな反撃を始める――。怒り|親不孝|親子関係|介護|金銭問題1.5万字5 406