"ヤクザが凍りついた夜" 第6話
巡査部は黒田たちから度距を取り、それから誠のへった。
「お名を伺ってもよろしいですか」
「原誠です」
「お怪は?」
「ありません」
「本当に?」
「はい」
巡査部はしばらく誠の顔を見ていた。
何かに気づいたような目だった。
だがそのでは何も言わず、若い巡査へ黒田たちの事を聞くよう指示した。
誠は子に座り直した。
そして倒れずに残っていたさな盃を持ちげた。
初は、今夜初めて本当のでこの老が怖いとった。
暴力だからではない。
必がなくなった瞬、本当に何事もなかったように元へ戻れることが、むしろ恐ろしかった。
事聴取にはしばらくがかかった。
黒田たちは「老が先に挑発した」「急に襲われた」と主張したが、内容はしずつ変わった。反対に、初や常連たちの証言はほぼ致していた。
こぼされた酒。
肩をつかんだこと。
拳を振りげたこと。
黒田たちがへ入ってきてから繰り返した威圧な言。
さらに内には、彼らが乱暴にかした子や割れた皿も残っていた。
「署で詳しく聞きます」
巡査部が言うと、黒田は満そうに顔を歪めた。
「俺たちだけかよ」
「現の状況と証言を理する必があります」
浜は反論しなかった。
相馬も同じだった。
をる際、とも度だけ誠を見た。
広告
その目には、さっきまでなかったものがある。
恐怖だった。
が若い巡査とへた、巡査部だけが内へ残った。
「原さん」
「はい」
「しだけよろしいですか」
誠は頷いた。
巡査部は周囲を気にするようにし声を落とした。
「先ほどのお話を聞く限り、相を殴らずに制圧されたそうですね」
「結果としては」
「相の関節を取ってきを止めた。それから、もうもきな怪をさせずに倒した」
誠は何も答えなかった。
巡査部は度呼吸を置いた。
「私も昔、訓練で似たきを見たことがあります」
初がわずを傾けた。
田たちも会話を止める。
巡査部は誠のち姿を見てから言った。
「自隊で教える制圧術に、かなりい」
内の空気が止まった。
初の目がきくなる。
田はに運びかけていたビールをろした。
佐藤夫妻も誠を見る。
誠だけが表を変えなかった。
「原さん。昔、自官でしたか」
い沈黙があった。
誠は否定しなかった。
やがて、ごくさくをげた。
それだけだった。
しかし、その反応を見た巡査部はそれ以尋ねなかった。
「失礼しました」
「いえ」
「ただ……あのきは、し訓練したくらいではにつかないでしょう」
誠の目がわずかに細くなる。
「昔のことです」
その言葉で会話は終わった。
巡査部はをげ、をていった。
広告
簾が元へ戻ったも、誰もをかなかった。
自隊。
その言だけで、これまでが分からなかった誠の仕がつずつ違って見え始めた。
78歳とはえない姿勢。
危険がづいても乱れなかった呼吸。
内の全員を確認するような線。
相へ必以の怪をさせなかったき。
「誠さん……」
初がようやく声をした。
「本当に?」
誠はし困ったように笑った。
「もう何もですよ」
田がわずを乗りす。
「何をされていたんですか?」
誠は答えなかった。
その表を見て、田はすぐを閉じた。
聞いてはいけないところへ踏み込んだとじたのだ。
誠は茶をんだ。
美代子だけはっていた。
全部ではない。
けれど若い頃の仕事も、夜に目を覚ます理由も、体に残る傷のもっていた。
それでも妻はく尋ねなかった。
結婚してもない頃、誠が度だけ言ったことがある。
「昔の話を聞きたいか」
美代子はし考えてから首を横に振った。
「あなたが話したくなったら聞く。でも私は、今ここにいるあなたと結婚したの」
その言葉に救われた。
だから誠は、退職に過の脈かられ、町の仕事を選んだ。ごく普通の活を送り、美代子と買い物へき、休には洗濯物を干し、には噌汁のがいと笑われた。
それこそが、誠の欲しかっただった。
「私はただの寄りですよ」
誠がもう度言った。
今度は誰も、その言葉を額面通りには受け取らなかった。
広告
おすすめ作品
-
完結第20話
現地払いの還暦旅行
旅行会社に勤める弘志は、義父の還暦祝いに伊豆の高級ホテルを手配する。ところが旅行当日、義父母と義姉、さらには妻の優希までが、駅で「お前はもう帰れ」と弘志を追い返した。 屈辱をこらえて帰宅した弘志のもとに、妻から不可解なメッセージが届く。一方、義家族はホテルで高級料理や酒、エステを次々と注文していた。 しかし彼らは、旅行のしおりに記された重要な支払い条件を見落としていた。チェックアウトの日、彼らを待ち受ける驚愕の請求と、妻が隠していた秘密とは――。人生逆転|兄弟姉妹|嫁姑|夫婦|絶縁|修羅場2.8万字5 51 -
完結第10話
銀座の384万円
巨大企業グループの総帥という身分を隠し、平凡な専業主婦として暮らす美央。夫と義母に見下されながらも、温かい家族を夢見て五年間耐え続けてきた。 義母の誕生日、55万円の高級バッグを用意して銀座のレストランへ向かうと、義家族はすでに食事を終えていた。美央の席も料理もなく、代わりに突きつけられたのは384万円もの請求書。 「会計はあなたが払って」 その言葉に、美央は静かに微笑んで店を去る。しかし義家族はまだ知らなかった。自分たちが誰を敵に回したのかを――。因果応報|人生逆転|嫁姑|夫婦|金銭問題|修羅場1.6万字5 48 -
完結第20話
山奥の身代わり花嫁
29歳の水野美緒は、幼い頃から姉ばかりを優遇する両親のもとで、家事と仕事に追われる日々を送っていた。 ある日、姉が見合いの直前に逃げ出し、美緒はその身代わりとして山奥の男に嫁ぐよう命じられる。逆らえば家にも戻れない。古い鞄一つで送り出された美緒だったが、たどり着いた先は想像もしなかった大きな屋敷だった。 しかも門が開いた瞬間、使用人たちが深々と頭を下げ、「お帰りなさいませ、奥様」と迎えた。 まだ結婚の返事すらしていない美緒を、なぜ彼らは待っていたのか。そこには、家族が隠していた縁談の秘密があった。人生逆転|兄弟姉妹|第二の人生|親子関係2.8万字5 59 -
完結第20話
愛人が妊娠、離婚を迫る夫が私の退職に大慌て
十年間、夫・徹が経営する武田工業を営業部長として支えてきた44歳の百香。ある夜、夫から突然、29歳の女性社員を妊娠させたと告げられ、離婚を迫られる。 さらに夫は、離婚後も会社で働き続け、愛人の子供の世話までしてほしいと言い出した。 呆れ果てた百香は離婚と退職を決意するが、親友の弁護士から驚くべき証拠を渡される。そこには、愛人が会社の裏で進めていた巨額の不正が隠されていた。 十年の献身を踏みにじられた妻が仕掛ける、痛快な逆転劇。怒り|夫婦|金銭問題|不倫2.3万字5 297 -
完結第14話
同窓会でビールを浴びた私に、51人の男が最敬礼
中学卒業から十五年。貧しい母子家庭で育ち、いじめに耐えてきた梅本瑞江は、故郷の同窓会に姿を現した。上品な大島紬をまとった彼女を見て、かつてのいじめの主犯・熊切勢子は激怒。友人の借金を盾に保証人になるよう迫り、ついには瑞江の頭からビールを浴びせてしまう。 さらに勢子は、暴力団組長である夫の力を使い、瑞江を脅そうとする。しかし、連れ込まれた奥の宴会場で、誰も予想しなかった光景が待っていた。 十五年前に見下されていた少女が隠していた、驚くべき現在の姿とは――。人生逆転|真相|第二の人生|修羅場2.0万字5 415 -
完結第15話
「25万円振り込め」と脅す夫へ、私はもう妻じゃない
フリーランスの設計士・美穂は、三年間無職の夫・浩司と同居する義母・富江を、自分の収入で養い続けてきた。感謝されるどころか、夫からは「離婚するぞ」と脅され、生活費として25万円を要求される日々。 ところが、夫の浮気だけでなく、義母まで愛人を家へ招き入れ、亡き父から相続した家を奪おうとしていることが発覚する。 半年間、証拠を集め続けた美穂は、三年前に夫が署名した離婚届を手に、静かな反撃を決意する。しかし、何も知らない夫と義母は、さらに300万円を要求してきて――。怒り|夫婦|金銭問題|修羅場1.8万字5 478