"1800円の御膳が1万8000円になった日――覆面社長が見つけたホテルの嘘" 第5話
72歳の証言
呼びし音が3回続いた、話の向こうから警戒した声が聞こえた。
「はい、田です」
「田澄様でしょうか。突然申し訳ありません。瀬ホスピタリティの瀬と申します」
会社名を聞いた途端、澄の呼吸が止まった。
「先ほどのおなら、ちゃんと3万円払いました。無銭なんてしていません。お願いですから、警察や息子には……」
怯えた言葉が気に流れす。ホテルをてからも、藤堂の脅しは彼女を縛り続けていた。
内にいた全員がを止めた。窓のではホテルへ材を運ぶ台がき来し、いつもどおりの午が続いている。そのすぐそばで、の客だけが警察に追われる恐怖を抱え、へ逃げ帰っていたのだ。
私は話を持ち直し、できるだけ穏やかな声で告げた。
「責めるためにお話したのではありません。私はあのにいた客です。そして、ホテルを運営する会社の代表でもあります。当な請求だったことは、こちらで確認しました」
しばらく沈黙が続き、やがて押し殺した嗚咽が聞こえた。
澄は72歳で、くなった夫と何度もこのホテルを利用していた。今は5歳になる孫、翔太の誕だった。事のに子ども用自転を買う約束をし、3万円を茶封筒へ入れてきたという。
「3000円の御膳なら、しくらい贅沢してもいいとったんです。
広告
でも会計で3万円と言われて……孫ので警察に捕まるようなおばあちゃんにはなりたくなくて」
その言が胸に刺さった。藤堂たちが奪ったのは2万7000円だけではない。祖母としての約束と、ホテルに寄せてくれた信頼まで踏みにじったのだ。
私は返と正式な謝罪を約束し、今の調査に使うため、彼女の話を記録してよいか確認した。澄は迷った末、「同じ目に遭うがいなくなるなら」と承諾してくれた。
さらに、彼女は会計の来事を話した。
「支配から、今のことを誰にも話さないというに署名するよう言われました。断ったら、警察への連絡を止められないと……」
署名した面はホテル側が回収している。領収だけでなく、止めの類まで用していたのなら、は最初から計画されていたことになる。
話の最に、澄は「主とのいがあるホテルだったから、嫌いになりたくなかった」と呟いた。その声を聞いた瞬、私は社という肩きを初めて荷のようにじた。奪われた信頼は、を返すだけでは元に戻らない。
通話を終えた、監査端末を見ていた榊原がい声で私を呼んだ。
「社、例の自然な修繕費ですが、振込先が分かりました。青葉クリーンサービスという会社です」
ホテルの正規取引先名簿にはしない。
広告
それにもかかわらず、3で36件の請求があり、毎30万~40万円が支払われていた。登記事項を確認すると、代表者は藤堂美佐子。支配、藤堂雅彦の妻だった。
会社から支払った記録はある。だが、対応する清掃報告も作業写真もない。野は資料を閉じ、「これ以は舗内の原本を確保する必があります」と言った。
藤堂を今すぐ呼びせば、類も現も消される能性がある。私たちは舗の業務端末には触れず、会社側に残る資料だけを複製した。次に必なのは、彼らが油断したまま正な現を扱う瞬だった。
午3、ランチ営業が終わるを待ち、私は再びホテルへ向かった。胸ポケットには録音のスマートフォン、財布には1万8000円の領収。では監査班が図を待っている。
準備の札が掛かった扉を押しけると、藤堂と松井がレジのにいた。井が数えた幣を、藤堂が分い茶封筒へ押し込んでいる。
彼が慌てて封筒を着の内側へ隠そうとした瞬、私は静かな内へを踏み入れた。
「そのは、誰から取ったものですか」
広告
おすすめ作品
-
完結第20話
同窓会で頭取の娘に脅された俺、300億を全額解約
卒業から24年、150人が集まる同窓会に出席した堀口弘樹。質素なスーツ姿を見た銀行頭取の娘・久我エリは、高校時代と同じように彼を見下し、「パパに頼んで取引を打ち切ってもらう」と脅してきた。 しかし、弘樹の正体は年商2100億円の物流グループを率いる創業社長。東王銀行には300億円を超える預金があった。 「じゃあ、全部解約で」 翌日、銀行から100件もの電話が殺到する。だが、弘樹と頭取の間には、20年前の知られざる恩義があった。彼が最後に下す決断とは――。職場逆転|因果応報|第二の人生2.7万字5 3017 -
完結第10話
拾った財布で泥棒扱い――5万円の濡れ衣と反撃
九歳の娘を育てながら、商社の経理部で働く森田咲。ある朝、会社のロビーで財布を拾い、管理員立ち会いのもと持ち主の女性主任へ返却した。 ところが直後、主任が突然押しかけてきた。 「財布に入っていた五万円がない! あなたが盗んだんでしょう!」 同僚の前で泥棒扱いされ、母子家庭であることまで侮辱された咲。しかし彼女は取り乱さず、一枚の受領書を取り出す。 証拠によって反撃を始めた咲だったが、会社はなぜか彼女を重要業務から外してしまう。やがて、財布の紛失騒動の裏に隠された別の疑惑が浮かび上がり――。職場逆転|裡切られた|裡の顔|金銭問題1.8万字5 1080 -
完結第23話
昭和53年、満員の始発を止めた運転手――その後、坂道で起きた悲劇
昭和53年7月30日。沖縄の交通が右側通行から左側通行へ切り替わった朝、55歳のバス運転手・新垣清徳は、32人の乗客を前に始発の発車を拒んだ。用意された旧型バスは、乗降口が車道側に開く危険な車両だったのだ。しかし欠便を恐れる主任は、若い運転手にその車を出すよう命じてしまう。やがて坂下から届いたのは、一人の少年が負傷したという知らせ。なぜ危険だと分かっていたバスが走ったのか。清徳は息子や同僚たちとともに、事故の責任と、誰も気づかなかった道路の危険に向き合っていく。職場逆転|時代|歴史|昭和|裡の顔3.0万字5 491 -
完結第10話
亡霊の専属運転手
かつて海外の特殊部隊で「ファントム」と恐れられた神代美央は、戦場を離れ、平穏な人生を求めて大企業の会長専属運転手に応募した。しかし最終面接で待っていたのは、「女に会長を守れるわけがない」と嘲笑する副社長と、十一人の屈強な男たち。美央だけが、彼らのスーツの下に隠された拳銃に気づいていた。やがて現れた鷹司会長は、美央の履歴書を見た途端、激しく震え始める。職場逆転|真実|真相|第二の人生1.5万字5 877 -
完結第16話
四万円を断った朝
同僚に裏切られ、二千万円近い借金を背負った大橋拓人。再就職の面接へ向かう朝、雨の道路でパンクした車を見つけ、遅刻を覚悟でタイヤを交換する。女性から差し出された四万円を断り、代わりに面接先まで乗せてもらった拓人。しかし会社に到着すると、受付の社員たちが彼女に深々と頭を下げた。職場逆転|人生逆転|真相|修羅場2.5万字5 1389 -
完結第14話
十八年勤めた売り場を追われた日、恩返しが始まった
十八年間デパ地下を支えた契約社員・千鶴は、新店長から「高齢者の代わりはいくらでもいる」と突然解雇される。 だが、毎週安い弁当を買う老人の正体は、大手食品会社の会長。かつて倒産寸前だった彼の弁当を世に広めた恩人こそ、千鶴だった。職場逆転|退職金|金銭問題|修羅場1.9万字5 2566 -
完結第20話
路線バスで来た父を笑った婚約者一家の誤算
娘の顔合わせに路線バスで訪れた庄三は、相手の両親から「車も持てない乞食」と嘲笑される。婚約者まで黙って見ていたため、庄三はわずか五分で破談を告げた。 しかし庄三の正体は、県下一の交通グループを一台の中古バスから築いた創業者。翌日、社運を懸けた大型工事のコンペ会場で、相手親子は上座に座る庄三と再会する。職場逆転|人生逆転|第二の人生|金銭問題2.6万字5 4197 -
完結第21話
賞与0円を告げられたので、会社を辞めてイタリアへ
十七年間、海外調達を支えてきた玲奈に言い渡された年末賞与は、まさかの零円。評価は最高ランクのまま、翌年も重要なイタリア案件を任されていた。会社は住宅ローンを抱える彼女なら、どんな扱いをしても辞めないと考えていたのだ。 玲奈は怒鳴らず、記録を残して退職届を提出。家と車を手放し、亡き母の言葉に背中を押されてイタリアへ渡る。 ところが彼女の退職後、強引な一律値下げ交渉によって工房との信頼関係は崩れ、大型案件まで危機に陥る。三か月後、玲奈の携帯には人事、部長、社長から合計三百十二件もの着信が残されていた。職場逆転|第二の人生|金銭問題2.8万字5 3977 -
完結第11話
赤提灯から始まる逆転
濡れ衣を着せられ、会社を追われた天才技術者・鈴鹿行。半年かけて開発したセキュリティシステムを上司に奪われ、4500万円の損害賠償まで突きつけられた彼は、すべてを失った雨の夜、居酒屋で無銭飲食を疑われた老人の代金を肩代わりする。 翌日、上司が反社会的勢力と結び、システムを横流ししようとしていた事実が発覚。後輩まで人質に取られ、鈴鹿が追い詰められた瞬間、一本の電話が入る。 「十秒後に車が来る。迷わず乗れ」 現れた黒塗りの高級車に乗っていたのは、昨夜の老人だった。その正体は、鈴鹿の会社を傘下に持つ巨大企業グループの創業者。上司が盗んだシステムを自分の成果として披露する役員会で、二人はすべてを覆す反撃を仕掛ける。職場逆転|裡切られた|怒り|第二の人生1.6万字5 1030 -
完結第18話
ただの経理パート
「君の仕事は誰にでもできる。今日で辞めてもらう」 結婚二十八年。夫は社員全員の前で、私を“週三日の経理パート”として解雇した。 代わりに経理責任者となったのは、夫が連れてきた三十四歳の女性顧問。 私は退職届に署名せず、会社の鍵だけを置いて帰った。 ところが翌朝、売上の六割を占める主力取引先三社が、一斉に新規発注を停止した。 夫は私の報復だと騒いだが、通知に書かれていた理由は―― 《安全監査資料の重大な欠落》 新しい顧問が、都合の悪い事故記録を削除していたのだ。 さらに調べると、私は会社案内だけでなく創業者名簿からも消され、二千万円を出資した記録まで書き換えられていた。 役員を外す書類に残された私の署名。 その作成日、私は手術を受け、病院から一歩も出ていなかった。職場逆転|夫婦1.8万字5 487