"破られた団地当選通知" 第1話
昭35の、京ののれには、戦の名残をまだ濃く残したがいくつも並んでいた。瓦根の軒先には洗濯物がなり、共同井戸のそばでは朝くから女たちがたらいを囲み、を抜ければ子どもたちの声と輪の煙が入り混じっていた。
その角にある古いので、川のは肩を寄せうように暮らしていた。
畳半がつに、細い板のがし。台所はで、蛇はつしかなく、呂はもちろんない。便所は裏の共同便所で、の夜などは履をつっかけてへるだけで、元から気がいがってきた。
の番奥で暮らしているのは、78歳になるトメだった。膝を悪くしてから歩くのが遅くなり、所の医者からも「無理に階段をりりしないように」と言われていたが、狭いの暮らしではきく困ることはなかった。
娘のハルがそばにいたし、表へればすぐである。夕方になればトメは玄関脇の箱へ腰掛け、隣のの主婦と気の話をしながら、学帰りのひ孫を待つのが課になっていた。
ハルは54歳だった。
夫をくにくし、クリーニングや仕しの伝いをしながら息子の茂を育て、その茂が結婚してからも同じで暮らし続けていた。言葉は々きつかったが、のかかることには誰より慎で、ので何か揉めれば最に帳尻をわせるのはいつもハルだった。
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男の茂は32歳。都内の械部品会社へ勤め、毎朝6半には背広姿でをた。
その妻・枝は29歳で、3の子どもを育てながら事のほとんどを担っていた。11歳の良、5歳の美代子、まだ2歳のが朝から狭い部をき来するため、布団を畳んだだけでは部にならない。
「良、そこへランドセルを置いたら、おばあちゃんが歩けないでしょう」
「だって机がないんだもん」
「だからって真んに置かないの」
そんなやり取りが、ほとんど毎朝繰り返されていた。
良が宿題をする所は卓袱台だった。夕飯の支度が始まれば教科を片づけなければならず、美代子が横から鉛を取れば喧嘩になり、が眠れば声を落とさなくてはいけない。
枝は、子どもを叱るたびに自分が嫌になった。
悪いのは良ではない。
ただ、所がないのだ。
その川に、の暮れからつだけるい話があった。
駅の向こうに建てられた、しい公団宅である。
い角い建物が何棟も並び、窓はきく、建物と建物のには芝や共同の広まであるという。洗便所にガス台、るい流し台、そしてのに呂があると聞いた、枝は冗談かとったほどだった。
「呂がにあるって、毎入っていいんですかね」
所の主婦にそう聞いて笑われたこともある。
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それほど、枝にとっては別世界だった。
茂が会社から申込をもらってきたの夜、族全員で卓袱台を囲んだ。倍率はかなりいらしく、ハルは類を覗き込みながらで笑った。
「そんなもの、申し込んだって当たりゃしないよ」
「申し込まなきゃ、絶対当たらないだろ」
茂が言うと、枝も珍しく義母へ言い返した。
「良も来は6です。せめて勉できる所くらい作ってやりたいんです」
隣で良が、聞の余に鉛をらせていた。
「何描いてるの?」
枝が聞くと、良はを隠した。
「別に」
あとで見ると、しい団らしい角い建物が描かれていた。窓のそばにさな机がつあり、そのにらしい丸いが描かれている。
机の横には、さく《ぼく》といてあった。
枝はそのを捨てられず、箪笥の引きしへしまった。
だから、になって通の封筒が届いた、じゅうがひっくり返ったような騒ぎになった。
「茂さん!」
から枝の声が響いた。
「これ、公団からよ!」
会社から帰ったばかりの茂が封筒をき、を目で追う。その顔がしずつ変わっていき、やがて信じられないように枝を見た。
「当たった」
「え?」
「当選だよ。俺たち、入れるぞ」
良が最初にびがった。
「団? 本当に?」
「本当だ」
美代子はも分からず兄と緒にね、までを叩いた。
枝は通を何度も読み直した。
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