"昨日まで正しかった教科書" 第3話
「そういうことじゃない」
「じゃあ何なんだよ」
誠の声がきくなった。
「兄ちゃんが信じてたことが違いなら、兄ちゃんは何のためにったんだよ」
部ののたちが誰も答えられなかった。
静子の目にも涙が浮かんだ。
「母ちゃんにも分からない」
誠が顔をげた。
「分からないままなんだよ。健が今どこにいるのかも、最に何を考えていたのかも、母ちゃんには分からない。でも、分からないのに分かったふりだけはしたくない」
その言葉を聞いた瞬。
は胸の奥を突かれたような気がした。
昨、自分が言えなかった言葉。
分からない。
それを、この母親は息子へ正直に言った。
静子はもう度教科へ線を落とした。
すると、何かをいしたように提げ袋へを入れた。
「先」
取りしたのは。
茶く汚れたさな封筒だった。
封筒の表には、鉛でこうかれていた。
《先へ》
は瞬、息を止めた。
「これは……」
「健からです」
誠も目を見いた。
静子によれば、昭20のに届いた健からののに、その封筒だけが別に入れられていたという。族宛ての便りには「元気でやっている」「誠は勉しているか」とい言葉しかなかったが、こちらには「学へくことがあれば先に渡してほしい」とかれていた。
「どうして今まで……」
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が尋ねると、静子は封筒を見つめた。
「渡そうとっていました。でも、健が帰ってきたら本から渡せばいいってってたんです。これを先に渡したら、本当にあの子が帰ってこないような気がして」
誰も静子を責められなかった。
は封筒を両で受け取った。
はく、指で挟むとに便箋が枚だけ入っているのが分かる。
「ここでけてもいいですか」
静子は頷いた。
「健が先へいたものです。でも、誠に関係することなら、この子にも聞かせてください」
は封を切った。
つ折りになったをく。
最初のを見た瞬、の表が変わった。
《先。ていくに、つだけずっと気になっていたことがあります。》
誠はの顔を見た。
「何ていてあるんですか」
はすぐには読まなかった。
指がわずかに震えていた。
静子が配そうに尋ねた。
「先?」
は度く息を吸った。
それから声にした。
《昔、僕が学にいた、「先が違うこともありますか」と聞いたことを覚えていますか。》
の胸に、何もの教がよみがえった。
健がまだ12歳だった頃。
授業ので教科の説と父親から聞いた話がい違い、健はを挙げた。
「先、どっちが正しいんですか」
は教科が正しいと答えた。
健は続けた。
「じゃあ、教科が違ってることはないんですか」
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その質問に、は苛った。
子どもに問い詰められたようにじた。
「教師は正しいことを教えるんだ。そんな余計な配はいらない」
言い切った。
それでも健は納得しなかった。
「でも先もでしょう」
教の何かが笑った。
は顔を赤くし、健を放課に残した。
「教師の話を疑うような態度は改めなさい」
そう叱った。
健は謝らなかった。
「分からないから聞いただけです」
最までそう言った。
はその、学級記録に、
《坂井健、授業の反抗発言につき指導》
といた。
の続きを読む。
《先はあの、教師は正しいことを教えると言いました。僕もそのは、そういうものなのかなといました。でも今になって、先にも分からないことはあるんじゃないかといます。》
誠は母のを握った。
の声はしずつかすれていった。
《僕は先を責めたいわけじゃありません。先に教わったことはたくさんあります。弟にも先の言うことを聞けと言いました。でも誠には、が言うから正しい、それだけで何でも決めるにはなってほしくありません。》
はそこで読むのを止めた。
誠が言った。
「続きは?」
は便箋のへ線を落とした。
《帰ったら先に直接話します。そのは、昔のことを笑ってください。誠が先を困らせていたら、しだけ話を聞いてやってください。
》
最に、さく付けされていた。
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