"昨日まで正しかった教科書" 第6話
と押しつければ。
形が変わっただけではないか。
「何を教えればいいんでしょう」
が尋ねると、岸は窓のを見た。
「それこそ、私にも分からない」
はしばらく黙っていた。
やがて、が笑った。
「先も言うようになりましたね」
「誰のせいですか」
岸もしだけ笑った。
その頃。
には復員した兵士がしずつ戻り始めていた。
駅へ列が着くには、族が集まった。
痩せた男がりてくるたび、誰かが名を呼び、泣いた。
坂井にも何度か「今度のに健がいるかもしれない」という噂が入った。
静子はそのたびに駅へった。
度、誠も緒についていった。
夕方まで待った。
りてきた男のに、健はいなかった。
帰り。
田んぼの向こうへ夕が沈んでいた。
誠が言った。
「母ちゃん」
「ん?」
「兄ちゃん、帰ってきたら教科黒くしたことるかな」
静子はしばらく歩いた。
「るかもしれないね」
「やっぱり?」
「でも説すればいい」
「何て?」
「兄ちゃんを忘れたから塗ったんじゃないって」
誠は黙った。
「それに、健だってにいてたでしょう。分からないことばかりだって」
「でも兄ちゃん、本当は何をってたんだろう」
「それは本に聞くしかないね」
静子は笑おうとした。
けれど、その笑顔はすぐ消えた。
「帰ってきたらね」
その夜。
誠は黒く塗られた教科をいた。
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《誠、ここテストにるぞ》
兄の字を指でなぞった。
兄が帰ってきたら。
何を聞こう。
何を説しよう。
それを何度も考えながら。
誠はいつのにか眠っていた。
11の終わり、への復員兵が戻った。
瀬栄吉。
坂井からをつ越えた集落ので、は28歳。健と同じ部隊ではなかったが、方へ送られる途の補で期同じ所にいたという話を、静子はづてに聞いた。
翌。
静子と誠は瀬のを訪ねた。
瀬は30歳にもならないはずなのに、髪にはいものが混じり、頬はくこけていた。族から聞いたのか、坂井という名をすと、すぐに健をいした。
「ああ、野の坂井か」
静子のが膝のでく組まれた。
「ごじなんですか」
「しだけ。同じ所にいたことがあります。本をよく読んでた男でしょう」
誠がを乗りした。
「兄ちゃん、元気でしたか」
瀬はすぐには答えなかった。
「俺が最に会ったは元気だったよ。だったかな。そのは別々になった」
きているとも。
くなっているとも。
言えない。
それでも族にとっては。
何かぶりに聞く、健のきていた姿だった。
瀬はし笑った。
「あいつ、弟の話ばっかりしてたな」
誠は驚いた。
「僕のこと?」
「うん。勉嫌いじゃないかとか、気になってないかとか。俺がくの面倒だって言ったら、『弟に勉しろって言ってる、自分がかないわけにはいかん』って」
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静子は顔を伏せた。
唇を噛んでいた。
「学の先の話もしてました」
瀬が続けた。
誠は顔をげた。
「先?」
「たぶんそうだ。昔、先を困らせたって笑ってたよ」
「何したんですか」
「そこまでは聞かなかった。ただ、帰ったら度ちゃんと話したいって」
誠は兄のをいした。
「瀬さん」
静子が尋ねた。
「健は……怖がっていませんでしたか」
瀬はい、答えなかった。
その沈黙だけで。
静子はし何かを悟ったようだった。
「怖くなかったなんて、いなかったといます」
瀬はゆっくり言った。
「でも、そんなこと族にはけないんですよ」
誠は初めてった。
兄は怖かったのかもしれない。
自分へはいつも、
「ちゃんと勉しろ」
「母ちゃんを困らせるな」
といてきた。
音は度もなかった。
だから。
怖くないのだと。
勝にっていた。
瀬は最に、つだけ付け加えた。
「坂井は、何度か『帰ったら先に謝らないといけない』って言ってました」
「先に?」
「『昔、しつこく聞きすぎた』って。でもそので、『やっぱり先も謝るべきだ』って笑ってた」
誠はわず笑いそうになった。
兄らしいとった。
翌。
学へくと。
誠は放課にのところへった。
「先、兄ちゃんが先に謝りたいって言ってたそうです」
は驚いた。
瀬の話を聞くと、古い学級記録を取りした。
何もの帳面。
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