"昨日まで正しかった教科書" 第9話
「それでいい。ただし、分からないと言ったら、そのは調べろ」
「先より厳しい教師になりますよ」
「それならだ」
帰り際。
は冊の古い教師用教科を渡した。
昭20に使ったもの。
何ページも。
真っ黒に塗られている。
「先が持っていてくださいよ」
「おが持ってろ」
「どうするんです」
「いつか使うがあるかもしれない」
「授業で見せろってことですか」
は首を横に振った。
「見せるかどうかは自分で決めろ。ただ、捨てるな」
誠はそのをすぐには理解できなかった。
自宅には。
兄の字が残る。
もう冊の墨塗り教科がある。
教師の教科。
徒の教科。
同じページが。
同じように黒い。
その冊は。
何も。
誠の元に残った。
いが流れた。
誠は何も教師として働いた。
若い頃。
のような先になりたいとったこともあった。
けれど齢をねるほど。
誰かと同じになる必はないと分かってきた。
にはの失敗があった。
自分には自分の失敗があった。
何度も違えた。
徒へ言いすぎたこともある。
保護者とぶつかったこともある。
から「あの説は違った」と訂正したこともある。
それでも。
つだけ。
守り続けたことがあった。
分からないことを。
分かったふりをしない。
教師活の最の。
授業。
の徒が聞いた。
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「先は、教えてること全部正しいとってるんですか」
昔の自分なら。
困っただろう。
誠は笑った。
「ってないよ」
教がざわついた。
「じゃあ、何で教えてるんですか」
「今の点で、こう考えられているということを教えてる。しく分かれば変わるし、先が違うこともある」
別の徒が笑った。
「先、頼りないですね」
「そうだな」
誠も笑った。
「だから自分でも考えてくれ」
卒業を控えた最の授業。
誠はから冊の古い本を持ってきた。
昭20の墨塗り教科。
は黄ばんでいる。
角は擦り切れ。
黒い墨もしくなっていた。
徒たちは珍しそうに集まった。
「これ、先が12歳のに使った本だ」
「何で黒いんですか」
「終戦の、それまで読んでいた文章の部を墨で塗るよう言われた。昨まで覚えろと言われていたものを、次のから見えなくしたんだ」
「先も塗ったんですか」
「最初は拒否した」
教から笑いが起きた。
「先、昔から面倒くさかったんですね」
「担任にもそうわれてた」
誠はページをいた。
黒く塗られた本文。
その横。
さな鉛の字。
《誠、ここテストにるぞ》
「これは?」
が聞いた。
「兄の字だ」
誠は健の話をした。
8歳。
征。
帰らなかったこと。
最まで詳しいことは分からなかったこと。
「黒く塗ったところは読めない。でも、この字だけは残した」
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徒たちは黙った。
「昔の先はね、これを塗ることで兄まで否定されたような気がして腹をてた。でも、になって分かった。違った考えを直すことと、それを信じていたそのものを否定することは同じじゃない」
しを置いた。
「それから、消せば終わりでもない。昔の違いを消すなら、なぜそう信じたのかまで覚えておかないと、また同じように何かを信じ込むかもしれない」
の徒が聞いた。
「じゃあ先、お兄さんが信じてたことは違いだったんですか」
その質問を聞いた瞬。
12歳の自分が。
教で。
へ。
問いかけたのことをいした。
昨まで正しかったものが。
今になったら違いなんですか。
あの。
は。
答えられなかった。
誠は徒を見た。
「全部は分からない」
迷わず答えた。
「兄が何を信じていたかも、最に何を考えたかも、もう聞けない。分からないことを、先が勝に分かったことにはしたくない」
徒たちは静かだった。
「ただ、兄が俺に勉してほしかったことだけは分かる。こんな字まで残ってるからな」
また笑いが起きた。
授業が終わり。
徒が帰ったあと。
誠はで教に残った。
窓から夕方のが入っていた。
はもうくなっている。
母の静子も。
父も。
健も。
いない。
それでも。
がいなくなったに。
残るものがある。
誰かが教えた言葉。
誰かが違えた記憶。
誰かが質問したこと。
誰かが余にいた。
。
誠はもう冊。
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